#45「赤い魔女と青い博士」
『次のニュースです。人権を無視した人体実験を行っていた魔法研究機関への突入作戦で、魔法官の女性一名が命を──』
その現場に居合わせた幼い少女は、己の運命を呪い。
それを無機質なニュースで見た少年は、何も知らず、何も出来なかった己の無力を嘆き。
2人はそれぞれ別々の道で、悲しみと苦しみを背負いながら生きてきた。なぜ、どうして、と。
だけど、どちらも歩みは止めなかった。
だから。
「まだ言ってなかったな。おはよーございます、センセ」
「……はい。おはようなのですっ」
少女は、生まれた意味を知った。
少年は、今度はその手で救えた。
2人の歩みは、生き抜いた日々は、無駄ではなかったのだと分かった。
「ほら、さっさと立て。重たいんだよ」
「む! レディに対して、失礼なのですよ」
破壊された拘束具の破片の上には寝かせまいと、正宗はキリカの体を抱え支えていた。キリカは途端にむすっとして、彼を押し除けるようにして立ち上がる。だけどなんだかおかしくなって、2人はくすりと笑った。
だが。
「…………正宗くんッ!!」
「うわっ……!?」
突然キリカに体を押され、正宗は地面に倒れ込む。
「!」
直後、2人の頭上を紫の光弾がかすめた。それは、敵が──ヴォイドが立っている方向から飛来していた。
「"シュトナ"……けど、詠唱は聞こえなかったぞ!?」
正宗は困惑を隠せないまま、ヴォイドの方へ目を向ける。
「詠唱ってのは、魔法発動のために集中力を高める目的のルーティン、暗示だろ? ンなもんオレサマには必要ねェ」
そう語るヴォイドの顔には、普段の嘲笑的な様子は無かった。
「それよりなァ、なァなァなァなァなァなァなァなァなァなァなァ……なァァ!! テメェら何邪魔をしてんですかァ!? たのしいたのしい新世界作りをォ!!」
代わりに、憎悪を剥き出しにしながら、彼女は声がかすれるほどの、暴れ回るような怒号を上げた。取るに足らぬ相手に計画を台無しにされることは、彼女にとって最も腹立たしいことであった。
「あァァ…………もう良い」
空に叫んでいたその首ががくりと垂れ、魂が抜けたような様子で、ヴォイドはぽつりと呟いて。
「もう計画もクソもねェ。とことん潰し合おうや」
そして、右手を掲げた。
直後、急速に拡散していく。夜をも飲み込むほどの闇が。
「これは……!?」
自らの足元に生成された黒い穴を見て、正宗は言った。ダメだ、沈む。跳ぼうとしても跳べない、逃れようがなく飲まれていく──!
正宗だけではなかった。キリカも、仲間達も、ディーヴァやヴォイドやシルバーまでも、それぞれが異空間への切符を押し付けられている。
「先生ッ!」
正宗は咄嗟に手を伸ばした。冗談ではない、掴んだばかりのあの手を、再び逃がしてたまるものか。
その思いも虚しく、既に黒い穴の中に呑まれつつある正宗の腕は、キリカに届くことはなく。彼と同じく別の黒い穴に吸い込まれる彼女を、助け出すことはできなかった。
「正宗くん。先生はもう、へっちゃらですから」
それでも、彼女はそう言って笑って。
正宗の視界は、それを最後に、真っ暗闇に包まれた。
「っあ……!?」
正宗がキリカを助け出すのを見届けた直後、突然、体が闇の中に飲まれた。そして、視界が晴れた先で焚火紫織が立っていたのは、廃校の体育館跡であった。
カビが生えた床、ガラスが割れて風通しの良くなった壁。なぜヴォイドが自分をここへ飛ばしたのかは分からなかったが、とにかくキリカ達皆が心配であった。
だけどその心配のうち一つは、すぐに取り除かれることになる。
「紫織、大丈夫?」
「天使さん……」
背後から声がして振り返ると、天使は少し早くここに着地したようで、今だ足元のふらつく焚火の肩をそっと掴んで支えてくれていた。
「浅井達はどこかしら?」
「分かりません……電話をかけてみましょう。と言っても、皆が出られる状況なら良いんですが……」
焚火は冷静に、ポケットから取り出したスマホでチャットアプリを開いた。キリカが1番心配だが、きっと通信機器は取り上げられている、まずは正宗と──
「電話をかけている状況でも、ないと思いますが?」
「……!?」
突然の声に、焚火は思わずスマホを滑り落としながらも、即座に臨戦体制を取った。
「あなたは……!?」
刺客はすぐに見つかった。むしろ、彼は潜伏したり奇襲を仕掛ける様子もなく、体育館の前方の扉から、悠々と歩み寄って来た。
青の短髪に漆黒一色の外套、背中には無機質なガスボンベ、そして黒いガスマスクでその口を覆うその姿は、機械的で冷血な死神の雰囲気を纏っている。その一方で彼の背丈は、命を奪い合う宿敵としては意外なほどに物足りない印象だった。
「はじめまして、ですね。"L.A.S.T"のチタンです。まさか、見回り中に急に呼び出されるとは」
「……子供……?」
焚火が思わず呟いた通り、チタンの立ち姿はどう見ても、中学生ほどの子供でしかなかった。
「参ったわね……うちの教えじゃあ、自分より立場の弱い者を傷つけるのって、重い罪なのだけど」
「ご心配なく。飛び級で大学に行ってたので、歳下でもあなたより先輩ですから。"L.A.S.T"に入る時に辞めましたが」
戦闘は避けたい──焚火も天使も、共通してその意志を持っていた。敵に出くわすにしても、ディーヴァかシルバーならまだ話が通じるかも、と思っていた。そして目の前に、その2人より話ができそうな少年が現れた時、一瞬だけ希望を持った。
「ヴォイドさんってば、随分ご立腹でしたが……流石に良い判断しますね」
だが、チタンが足元のフローリングを強く踏みつけた直後、それが甘い考えだったと気付かされた。
「僕を1人でここに送ってくれれば、仕事がしやすいですから」
直後、フローリングの一部がシャッターのように開き、下から巨大な鉄の筒が飛び出してくるのを見るまでは。
そして、アニメやゲームに詳しい焚火は、それの名を知っていた。
「ガトリング!?」
「……? 何なの、それ」
一方で、困惑しながらそれを眺めるに止まる天使の方へと、チタンは抱え上げたガトリングの銃口を向け。
「逃げて!!」
「えぇ!?」
焚火がその腕を掴み、強引に駆け出した直後。
イメージ通りの激しい乱射音と共に、彼女らを追尾するように、何十発もの死の弾丸が放たれた。
「……!」
天使もようやく、自分があとコンマ数秒で死んでいたのだと認識したらしい。思わず心臓が凍り、息が止まったまま、焚火の腕力と生存本能に両足を突き動かされ、がむしゃらに駆け回った。
手を打たなければ。あの鈍重な銃口が、こちらに追いつくその前に。
「"紅の迷い子"!」
焚火は迷わずライターに火をつけ、詠唱した。途端に炎はばっと燃え広がり、薄い膜、いや壁のように、彼女らとチタンの間を横に広がっていく。
「こっちです!」
そして、焚火は小声で天使を促し、天井から落下し地面に刺さっていた、鉄骨の裏に隠れた。
「そういう魔法を使うんですか。巡り合わせの運が無かったです」
それは、炎による視界の妨害だった。数秒撃ち続けても当たった感触がせず、やれやれと言いたげな面持ちとともに、チタンはガトリングの発砲を止めた。
「止まった……?」
一方で、ひとまず脅威から逃れた焚火は、無傷ですんだことに安堵し。
「……なっ!?」
すぐに、己の意識の甘さを思い知った。
そうだ。敵は見るからに、兵器の扱いに長けている少年。ならば可能性は十分にあった。
「どうも。さっきぶりです」
予想すべきだった。彼の服が耐熱装備であり、この炎の壁も突っ切って接近できる──その程度のことは──!
「紫織っ……!」
(逃げ……無理……炎をぶつけ……駄目、良くて相打ち……!!)
接近してきたチタンが銃口を向けるまでのコンマ数秒、焚火の思考は急加速した。考えろ。自分だけではない、友の命も懸かっている。
だがダメだ。押しても引いても、目の前の死をひっくり返せない。このままガトリングを向けられ、あの回転機構が熱を帯び、銃弾が発射され──
(──熱?)
刹那にフラッシュバックしたのは、龍川みなもとの戦いで、熱湯を操ったあの瞬間。
「終わりです」
「"紅の迷い子"ッ!!」
「? 何を──」
直後、無惨にも弾け飛んだ。
「──!? バカなっ……!」
チタンがその腕に抱えていた、鋼鉄のガトリングガンが、その精密な機構部分が、粉々に。
「さっきまで撃ちっぱなしだった銃口……まだ熱いままで助かりました」
"紅の迷い子"。その能力は火炎操作にあらず、真相は"熱の流れの操作"。回転する銃口に溜まる熱を、デリケートな精密機構部分に逆流させ、見事に故障を起こして見せたのだ。
「これで終わりですっ!!」
言い放ち、焚火は周囲の炎を一点に集め、チタンに叩き込んだ。回避の隙も与えず、巨大な赤い渦となって彼を飲み込んでいく。
「少し可哀想ですが、これで……っ」
防火服を着ていようと、全方向から炎を直に叩き込めば、耐え切れはしないだろう──焚火は、自らの勝利にほっと一息ついた。
「さ、ささっ、さすが紫織ねっ!! この私が出るまでもなかったわ!!」
「天使さん、そんなに鉄骨にしがみ付かなくても……」
鉄骨の裏から半泣きで勝ち誇る天使に、焚火は苦笑いしながら言った。あれを"勝ち誇る"って表現するのは正しいのかな、と内心考えながら。
その時間が、彼女らに許された、束の間の休息となった。
「……? 炎の中に、何か……」
そして、その時間はすぐに終わりを迎えた。
「…………!?」
「危ないところでした。これを抱えておいて良かった」
突如として、炎は跡形もなく消え去った。
そして、その中から姿を現したチタンのその声は、とても炎で大怪我をした人間が発するような声色ではなかった。あまりにも余裕があった。
その理由を、焚火はすぐに知った。
「効いて、ない……凍ってる……!?」
白い花畑のようになった地面を見て、焚火はおののくように呟いた。
「"急変型特殊冷凍ガス"、僕の発明です。特許はまだ取ってませんが」
背中のガスボンベから伸びるホースを手に、チタンは冷静な様子でそう語った。
全てを凍り付かせる科学兵装──それは、焚火紫織と真逆の、絶対零度の王であった。




