#31「ハルと新しい日」
「うあああああああ〜!! もう世界は終わりだ〜!!」
試合がFクラスの勝利という決着を迎え、数刻後。万丈勇真は、真の勇者らしからぬ慟哭を挙げていた。
「もう、落ち着いて。そんなんで世界終わらないから」
そんな彼を横で介抱するのは、古くから親しい間柄の龍川みなもであった。
「だって、勝手にハンデをつけた上に負けて……みんな怒ってるに決まってるじゃないか〜ッ!!」
(勝負事に負けると素が出るんだよなー、いつも……)
彼の本性が存外ナーバスであることを知るのは、そんなみなもともう一人。
「それだけで怒るようなら、皆お前に頭など任せないさ」
幼稚園からの彼の幼馴染、朧木鉄砕である。
「顔を上げろ。皆のことを思うなら、皆のために一生懸命ないつものお前で帰れ」
「鉄砕くん、メガネバキバキだけど大丈夫……?」
「む。視界が悪いと思ったらヒビか、これ」
かくして、優勝候補であった彼らの戦いは、早くも終わりを告げてしまったが。
「ほら、立てる? 帰ろっ」
「うああああ、みなも〜!! ありがどぉ!! 優しいところが大好きだぁ〜ッ!!」
「な、だ、だ……そういうのやめてって!!」
「む、赤いな」
「うるさいっ!!」
彼らには彼らの物語が、この先も待っている。
そして、浅井正宗の物語は。
「……んん」
「正宗く「浅井k「「「浅井〜っ!!!」」」」」
「だー、うっせ……頭いてぇ」
まどろみから目を覚ました途端、そんな騒音と共に再開された。
「みんな心配したのですよ〜。帰ってきた途端、疲れて寝ちゃうのですから」
「先生、焚火、天使……みんな」
自分が寝転がっていることに、またクラスメイト達がそこへ集まってきていることに、正宗は今更気がついた。そして頭上には、今名を呼んだ三人の覗き込む顔。美少女三人に囲まれて介抱されるその構図は、概ねほとんどの男子にとって天国とも呼ぶべき光景。
「……なのですチビと、変態と、ナルシスト……ちぇっ」
だが正宗は、この女神達がワケアリ品だと知っているわけで。
「紫織。コイツ不敬じゃないかしら」
「"紅の迷い子"♪」
「だああ待って待って!! ごめんって!!」
ライターに指をかけた焚火を視認した途端、正宗は謝罪しながら高速で包囲網から逃げ出した。
「まあ、失礼なのは置いといて……渡会くーん! 正宗くんが起きたのですー」
「! そうだ、ハルッ──」
正宗は立ち上がり、キリカが視線を向けた方を見た。何やら朧木鉄砕に勝負を挑んでいるところを見かけたが、決着は──
「や。お疲れ、正宗」
「……おう」
投げかけようとした質問を、正宗は喉の奥にしまった。屈託のない笑顔を見れば分かる。"それ"は尋ねるまでもない。
「では、正宗くんも起きたので改めて……皆さん、今日はほんとーに良く頑張ったのです! まさにみんなで掴んだ勝利です。役に立ってない人なんて、誰1人としていないのです」
キリカはそう語りながら、クラスの全員と目を合わせて行った。
「……はい。本当に」
「僕一人じゃ、きっと勝てなかった」
前線で戦い抜いた、焚火やハルと。
「まあ、私をリーダーにすればもっと楽だったかもね」
「よく言うわ〜。途中泣いてた奴が」
「へ? 天使泣いてたの!? 見たかった〜」
それを隣で支えた、天使や林や槙野と。
弱い魔法を工夫して使い、格上を追い詰めた建川や飾と。
魔法すら使えなくとも、囮になることも厭わず必死にバトンを繋いだ、他の全てのクラスメイト達と。
「胸を張ってください。少し前まで落ちこぼれだった君達が、ここまで来れたことに。ね」
そして最後に、一番の期待を寄せる生徒と目が合うと。
「……そうさせてくれたのは、あの日俺に声をかけたお前だろ」
正宗のその言葉に、キリカはふと口元を緩ませた。
「ええ。もし先生が、君達が変わるきっかけとなれたのなら……君達の未来を、ちょっとだけ良い方へ変えられたのなら……先生は先生として、役目を果たせたのだと思います。先生がいなくても、皆はきっともう大丈夫なのです」
「えっ」
当たり前のように口にしたキリカとは裏腹に、正宗は声を漏らさずにはいられなかった。
いなく、ても?
「先生……いなくなってもって、どういうことですか……?」
「焚火っ」
自分が言葉を発する前に、横からした声。正宗は彼と同じように動揺する、焚火の顔を見た。
「あ……いえいえ、まだ先の話なのですっ! 卒業したらお別れですし、そもそも先生が3年生の最後まで君達の担任とは限りませんからね。そういうことなのですっ」
「ああ、そういう……」
どうやら杞憂だったらしいと、正宗は安堵感に肩を落とした。
「ねー。ずっと立ち話もなんだし、さっさと教室戻らない?」
しんみりとした雰囲気になりかけた場を、槙野の明るい声が引き上げた。
「あっ、てか今日これで学校終わりだよね? 打ち上げいこーよ」
林もそれに続いて提案すると、クラスの大半がそれに賛成する流れとなっていった。
「良いですね。先生、どこが良いですか?」
「えーっと……あ、しゃぶしゃぶが食べたいのですっ!」
「え、だいじょぶ? あそこお子様メニュー無いよ〜?」
「むか〜っ!!」
林にいじられながら怒りに飛び跳ねるキリカを見送りつつ、正宗は仕方ないなと伸びをした。
「勝手に決めやがって……ハル、俺らも行こうぜ」
「あっ……うん。ごめん、先に行っててもらえる?」
「? 忘れもんか?」
何やらそわそわした様子のハルに、正宗は尋ねる。
「そうじゃなくて……行きたい場所があるんだ。今すぐ、どうしても」
そう言いながら、ハルは斜め後方に視線を向けていた。
山倉市総合病院の方角に。
クッキーが好きなのは、今も変わっていないだろうか。
お菓子屋の紙袋を片手に、病院のエレベーターに立ちながら、ハルはふとそんなことを思った。
3階でエレベーターが止まる。ドアが開く。廊下を少し歩くと、1人部屋の小さな病室が連なる道に出た。301号室。302号室。303号室。
そうしてワンステップずつ"あの部屋"に近づくたび、ハルは自分の心臓が高なっていくのを感じていた。残念ながら、悪い意味合いで。
覚悟を決めたつもりでも、自分の性根はなかなか変わらないものか──胸中でため息をつきながらも、ハルは前を向いて。
そして、304号室にたどり着いた。立て札には"蘆名ウタ"の文字。中から話し声はしない。患者以外は誰もいないようだ。
「………………っ」
ノックする。扉を開ける。それだけでいいはずなのに、この手が凍りついたように動かない。
「……変わるんだ」
それでも。そう呟いて。
コン、コン、コン。
それは、止まっていた時間がまた動き出してしまう音。運命が変わるかもしれないし、今よりもっと最悪になるかもしれない。
「……はい? どうぞ〜」
「!」
知っている声。幼い頃から、何度も聞いた声。もう逃げられないことを意味する声。
口の奥が渇く。胃がグルグルとして気持ちが悪い。それでもハルは、震える指をドアにかけて、それを横に開けた。
「…………!」
ハルは、驚きに目を見開いた。
一つ。遠い昔にそばにいた彼女が、あの頃の桜色の髪のまま、あの頃の可愛らしい表情のままでいたから。片目に眼帯をしていても、それは変わっていなかったから。
「……よ。久しぶりじゃん」
二つ。呆然とするハルとは裏腹に、蘆名ウタは平然としていたから。まるで、ハルが来ることが分かっていたかのように。アポなど取っていなかったのに。
「……ウタ……え、と………………入っても、良いかな」
「ん」
穏やかな笑み。それをみながら、ハルは震える足で病室に踏み入り、ベッドへと近づいた。
迎え入れる彼女の笑み。それがかえって怖かった。彼女をああしたのは自分なのに、なぜ笑顔を向けられているんだ、と。
「こ……これ。クッキー、好きだったから……いや、違う……そうじゃなくて……」
謝らないと。謝らないと。謝らないと。どうやって? 最初の言葉は? "ごめん"は何に対して? どんな顔をすれば──
「……あっ」
服が擦れる音。
抱き寄せられる体。
伝わる、互いの体温。
カーテンを揺らす風。
「…………もっと、早く来いよ…………ばか…………!」
不安で涙ぐみそうな彼にかけられた、涙ぐんでいる彼女の言葉。
「……嫌じゃ、ないの……? ウタのこと、そうしたのは、僕で……」
「ばか……どんだけ心配したと思ってんだ! 昔からオドオドしてるくせに、急に暴力振るいだして、ほんとは優しいのに血まみれになっちゃって、また泣いて……そんなめちゃくちゃで壊れそうなやつ、心配になるに決まってるだろ!!」
瞳が震える。涙が溢れる。
そんなこと。僕に、そんなことが許されて良いのか。
真実が、そんなに優しくて嬉しいものだなんて、そんなこと。
「……ご、めん…………!!」
吐きそうだ。罪悪感で押しつぶされそうだ。
それ以上に、自分を想ってくれる心がここにあることが、とてつもなく幸せだ。
「そう思うなら、毎日来いよ……絶対来い! 勝手にいなくなるとか、もう絶対許さないから……!」
この関係は、壊れてなんていなかった。
壊れないように繋ぎ止めてくれていたのは、他ならぬ僕が傷つけてしまった、彼女だ。
そんな想いが涙となって、溢れ出して止まらない。
「絶っ対……絶っ対もう離さない!! 絶対、僕が、今度こそ、守るからっ……!!」
「……うん。おかえり、ハル」
そして、曇り空が晴る時。
二人の幸せの歌が、再びこの街に響き始めた。
「じゃあ、先生! 7時に集合だかんね〜!」
「はーい、なのですっ」
校門で槙野と約束を交わし、手を振って彼女ら生徒を見送ると、キリカはふうっとため息をついた。
「……屋上、ですね」
独り言。そしてキリカは、マナによる身体強化で空高くジャンプした。十数メートルの高さを。
「よいしょっ」
そして着地する。普段は教師も生徒も立ち入りを禁じられている、学校の屋上へ。
「うまく痕跡を隠しているつもりのようですが……"獅子座ノ流星"!」
固有魔法を詠唱した直後、キリカの両目が金色に輝いた。そして、屋上の床に目をやると、次々情報が文章となって、彼女の頭脳にインプットされていく。一年前の塗装工事の痕跡。これは違う。1週間前の大雨の痕跡。これも違う。
「……1時間前、2人の人間の痕跡。これなのです」
獣の眼光で見つめれば、どんなに入念に隠匿された事象も白日の元となる。さっそくキリカは、ここに潜伏していた二人──おそらく魔法使いと思われる者達の、マナの痕跡を分析し。
「これは……!?」
その片方を見て、驚きの声を漏らした。
「……彼、なのですか……?」
何かが動き出そうとしている。
そんな嫌な予感に、彼女はごくりと息を呑んだ。




