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#29「正宗とかっちょいい刃」

「……もう良いだろッ!!」


「ッ……」


 ハルのそんな叫びと共に、キリカの形成した天秤は儚く砕け散った。心の声を打ち明ける、という制約が失われ、黒い巨大な獣が再び歩み寄ってくる。


 そして、残滓となって舞い散る光の粒を挟んで、キリカの前に歩み出た正宗とハルが向かい合う。


「ハル……お前、ここで諦めんのか? 強くなろうって、変わろうって踏ん張ってたのを全部、無かったことにする気か?」


「君に、何が──」


「分かんだよ。病院で会った時、お前言ってたろ。お前が傷つけちまった幼馴染に会いに行こうとして、でもビビってできなかった、って」


「……それを、笑いたいの?」


 制約から解き放たれてもなお、ハルは言葉を続けた。


「答えろよ。会えたはずなのに、ビビって会えなかったってことで良いんだろ?」


「そうだよ……でも、今は会わなくて良かったんだと思うさ。ウタだってきっと、笑いながら自分を傷つけた僕になんて──」


「だったらなんで、お前に"会う"って選択肢が残されてた?」


「……?」


 曖昧な言葉に当惑したハルの足が、ぴたりと止まった。


「言い方を変えるぜ。お前の幼馴染は……ウタって奴は、なんでお前との面会を拒否しなかった? お前のこと嫌ってんなら、そもそも面会そのものを許すはずねえ。お前が病室を教えられて、その手前まで通してもらえるわけがねえ」


「……!」


「違うか?」


 表情は見えずとも、驚愕するような仕草を見逃さなかった正宗は、畳み掛けるように尋ねた。


「俺にはソイツが、何考えてるのかは分かんねえよ……だけどそれは、ソイツなりにお前を心配してるってことじゃねえのか? お前と話したいことがあるんじゃねえのか? その真意も確かめずに、お前は一人で思い悩んで一人でいなくなる気か!?」


「浅井、くん……」


「楽な方に逃げてんじゃねえ! お前の周りにあるものから、目を背けてんじゃねえよ!!」


「ッ……だけど!! それでも僕はもう、彼女に会っちゃいけないんだよ!! 人を傷つける化け物だから……生まれた時から今日まで、これからもずっと、僕は変われないんだからッ!!」


「変われるッ!!」


 血まみれの獣が漏らした、嘆きの怒号すらも掻き消す、強い声が響いた。


「俺を見ろ。お前と同じ、気に入らねえ奴を殴って憂さ晴らしする、最低な不良だった。だけど変わって、今ここにいる」


 そうさせてくれたのは、ここにいる──つい出かけた続きの言葉を、気恥ずかしくなって、すぐ胸の奥にしまった。


「ビビりだった焚火も、ひねくれてた槙野や林も! そうだろ!? いつだって、誰だって、人は変われるんだよッ!!」


「……!」


 変われる。その言葉に彼女が息を呑んだことに、彼は気づかなかった。


「でも……でも、僕はみんなとは違う!! 僕は怪物なんだから……うああああああッ!!!」


 震える声と共に、慟哭のような叫びと共に、ハルは地面を蹴って飛び出した。かけられた言葉から目を背けるように、無理やり否定するように。


「……違わねえよ」


 だからそれを、正宗は正面から叩き伏せる。


「お前は、俺達の仲間だろうが」


 正宗は、右の拳にマナを集中させ。


「一か八か……やるしかねえよなッ!! うおおおおおおおおおッ!!」


 勢いよく駆け出しながら、右手に左手を添え。


「アイツを貫く刃に、なりやがれーーーッ!!!」


 叫びと共に、添えたその手を勢いよく離した。


「それは……!?」


 ハルが驚愕の声を漏らす。その隙を逃さず、正宗はその懐に飛び込んで行く。


 その右手に濃縮されたマナは、左手の動きによって形を変えられ──それは、長い刃のように変貌していた。


「届けええええーーーッ!!!


 二つの影が重なり。


 刃と化した右腕を、正宗は強く前に突き出した。






「っ……砂埃が……」


 反射的につむった目を、キリカはゆっくりと開いた。


「…………あっ!」


 つい声が漏れてしまった。


「……ははっ。敵わないな……本気を出して負けたの、初めてだ」


 そこには、ドス黒い力から解放された教え子と、彼に肩を貸して支える、一番弟子が無事に立っていたから。


「正宗くん! 渡会くん!」


「おー、先生。アドリブだけどなんとかなったぜ。先生が言ってたの、ああいうことだろ?」


 ボロボロの顔で、しかし優しい笑みで、正宗はそう尋ねた。


「はい。マナの扱いに長けた正宗くんなら出来ると思ったのです。"消虚"の応用……マナを長い刃の形に変化させ、差し込むことで、あの黒い獣の外郭を突破する……言わば、"バニッシュエッジ"なのです」


「バニ……長えな。なんかしっくりこねえ」


「なっ!? 先生がかっちょいい名前を考えてあげたのにー!」


 不満を露わにするようにぴょんぴょんと跳ねるその姿を見ていると、正宗も疲れが飛んでいくような気がした。


「……ごめん、浅井くん。それに、朧木くんも」


「気にすんなよ。死んじゃいねえし」


 申し訳なさそうな表情のハルとは対照的に、正宗はすんなりとそう答えた。


「ああ。俺に関しては敵なんだ、徹底的に攻撃することは間違いではない」


 鉄砕もまた、レンズの一部が欠けた眼鏡を掛け直しながら、気にしていないという素振りでそう答えた。


「ただ、そちらの先生の介入に関してはな……」


「え……あっ」


 正宗ははっと口を開いた。さっきまで必死すぎて忘れていたルール。


「……はい。この大会中、先生が試合に介入して戦うことは、もちろん禁止されているのです。これは先生の独断であり、全て私に責任があります。正宗くん、渡会くん……ごめんなさいなのです」


「先生……」


 つまり。


 2年Fクラスは、ここで反則により敗退となる。


「それなんだけどッ!!」


 はずだった。


「僕達Aクラスは、そちらの先生の介入によって別段被害は受けてないッ!! むしろ、浅井くんと先生は、僕が鉄砕を守るのを手助けまでしてくれたッ!!」


「だから声でけえってお前」


「だから、僕個人の感情としては、こんなことでFクラスの人達を敗退させたくはないッ!! ちゃんと戦って倒したいんだッ!!」


 まさに勇者という言葉が相応しい、少しの陰りも無い笑顔と共に、勇真はそう語る。


「だから、今のは見なかったことに──」


『冗談じゃないッ!!』


 だが、そんな勇真の言葉に介入する怒号があった。勇真の持つ、Aクラス用の通信デバイスから聞こえてきた、担任教師の声。


『担任の介入はどう考えても反則! "マーリン杯"の規約では、ルール違反をしたチームは即敗退とある! そいつらは問答無用で敗退! そうだろう勇真、朧木!』


 自らの保身のためか、負けるのが怖いのか──ともかく、彼は容赦するつもりなど毛頭ないようだった。


『あの……私も、許してあげて欲しいです』


「? みなも?」


 だけど通信機の奥から聞こえてくるのは、否定の声ばかりではなく。


『私がFクラスの人達に倒された時、彼らは気を失った私のことを気遣ってくれて……他のみんなもやられた時に、強く攻撃しすぎたことを謝られた人が何人もいました。そのくらい、Fクラスの人達は誠実に戦ってくれていて……だから、その人の暴走や先生の介入がわざとじゃないなら、私達も許してあげたいんです』


『だ、だが──』


『なにこれ? Fの人らと繋がってんの?』『ねね、天使さんっている? いない? まいいや! 戦った後、私のこと治してくれてありがとねー!』『先生、別にうちらが何かされたわけじゃないんだからさ』


 むしろ、Fクラスのことを肯定する言葉の方が、そこには遥かに多かった。


『……あークソ、分かった分かった! 黙認すれば良いんだろッ! 良いさ、どうせ勇真はFクラスの連中如きには負けん! 勇真、私の昇し……や、Aクラスのためにしっかりやれよッ!』


「はい!! ありがとうございます、先生ッ!!」


 勇真はそう言った後、通信機のスイッチを切った。それを見た正宗達は、なんとか許してもらえたことを知り、肩を落とし。


「浅井、探したわよ! 無事だったのね!」


「? おう、天使!」


 後方から声が聞こえてきて、正宗はそちらへと振り返った。


「って、先生!? どうしてここに……?」


 天使の隣に付いてきた焚火は、本来いるはずのないキリカの姿に目を丸くした。


「あー、これはかくかくしかじかでして……でも大丈夫なのです! 先生、これからすぐにいなくなりますからっ」


「それより天使、頼みがあるんだ。アイツを……万丈を、治療してやってくれ」


「? 良い、けど……敵でしょう? というか、彼よりあなたの方が……」


「俺は良いんだ。ほら、頼む」


 困惑しながらも、正宗の真剣な表情を前にして、数秒考え込んだ後、天使は分かったわ、と頷いた。


「ちょっと失礼。"癒天使(ラファエラ)"」


「む? おーっ!! 傷が治っていく!! だけど良いのかい、浅井!?」


 青い光に包まれ、傷を癒やされながら、勇真は正宗に尋ねた。


「まあ、俺らがルール破っちまったのは事実だからな。その分の詫びってことにさせてくれ」


「ちょっと。あなたの詫びにこの私を使ったの?」


「なるほど!! ありが──」


『残り試合時間、5分を切りました。繰り返します、残り試合時間、5分を切りました』


 上空から響く、機械的なアナウンス。


「はっ……そういえば、この大会には制限時間もあったのです! うっかりしてたのですよ」


 空を見上げながら、キリカは焦った様子でそう言った。


「時間切れの場合、両チームの残存人数で勝敗が決まるのですが……試合後半で逆転されて、Fクラスの残存人数は今、Aクラスより3人も少ないのです。このままではどの道、こちらの負けになってしまうのですよ」


「マジか……クソッ、ここまで来て」


「いや!!」


 顔を伏せかけた正宗に対し、勇真は強く言った。


「それは、両チームのリーダーが残存したまま時間切れになった時の話だ!! どうだろう浅井!! その前に僕ら二人きりの決闘で決着をつけるというのは!!」


「万丈……けど良いのかよ? お前、今すぐ駆け出して5分逃げ切るだけで、勝てるのがほぼ確定してんだぞ?」


「ああ!! だけど、そんなのは勇者の勝ち方じゃないからね!! 良いかな、鉄砕!!」


「いや、流石にソイツは良いとは言わね──」


「良いぞ」


「言った!?」


 勝ち確定の状況から逆転負けすらあり得るその提案に、鉄砕はあっさりと乗ってみせた。


「俺は勇真を信じているからな。思う存分やれ」


「ありがとう、鉄砕ッ!! 大好きだッ!!」


「……お前のそれは聞き飽きた」


「ははっ、そうか!! よーし、それじゃ浅井!!」


 そう言うと、勇真は銀の剣の切先を正宗に向けた。それに呼応するように、正宗も右の拳を彼に突き出し。


「「最後の勝負だッ!!」」


 二人は、同時に言い放った。

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