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#23「焚火と突破口」

 20メートルを裕に超える、巨大な体躯。


 大岩のような爪を備えた手足は太く、胴体では硬い鱗が煌めいている。棘のついた尻尾の鱗に反射して見えた焚火の顔は、額から汗をこぼしていた。


 細い首の先に備わった頭には、尖った角と牙が生えており、厳かながら幻想的な美しさがそこにはあった。


「これが、学年トップクラスの固有魔法……!!」


 先ほどの悪寒は気のせいではなかったと、焚火は確信した。対峙しただけで分かる。今までの相手とは格が違う、と。


「2人とも、一旦下がりましょう──」


 焚火は振り返り、林と天使の方を見た。


「すっご! ドラゴンにもおっぱい付いてる!」


「え……あ、ホントだ! でかいおっぱい付いてるわ!」


「……あの、2人とも……!」


 外殻に覆われた胸部の膨らみを見て騒ぐ2人のせいで、焚火は脱力のあまり転びかけるのを堪えた。


「へ、変態みたいなこと言わないでください!」


((ロリコンに言われた……))


「!?」


 何故『おまいう』的な視線を向けられたのか分からずにいる焚火の元へ、やがて新たな足音が聞こえてきた。


「おーい、焚火!」


 次いで、聞こえてきた声。ふと左を振り向くと、槙野と数人のFクラスメンバーが、廃ビル群の方からこちらへ駆け寄ってきていた。


「え……うわ、何の魔法かと思ったらドラゴンじゃん!? 焚火、これって──」


「危ない!!」


 呆然とする槙野の背後から迫る黒い影を見て、焚火は反射的に叫びを上げた。


 直後、巨木のような尻尾が地面を薙いだ。


「うわあああああああっ!?」


 みなもの尻尾の直撃を受けたFクラスの生徒達が、数十メートル彼方へと吹き飛ばされていく。地面を転げ回って壁にぶつかり、そのまま行動不能となった。


「……っぶね……!」


 唯一攻撃から逃れたのは、咄嗟に体を伏せた槙野一人だけ。今やってきた他のFクラスメンバーはみな、たった一撃で無力化された。


「天使さん、みんなを!!」


「わかってるわ!」


 天使は頷いて、すぐさま倒れた仲間達へと駆け寄った。甚大なダメージで皆動けないようだが、力を加減されたのか、命まで危険な者はいないようだった。


「金髪の人は治療が出来るんだよね? 怪我した人には攻撃しないから、治していて大丈夫だよ」


 ドラゴンの身のまま会話できるらしく、エコーがかかったようなみなもの声が場に響いた。


「……っ!」


 焚火は緊張で胸が高鳴るのを感じながら、息を飲んだ。尻尾ひとつで敵を制圧できる破壊力。敵を気遣いながら戦える余裕。


 彼女が自分より格上かもしれないという可能性が、確信に変わった。


「ただ──」


 みなもの巨大な鉤爪が、コンクリートの地面を激しく叩く。そして、ヒビの入った地面の隙間から何かが溢れ出す。


「水っ!?」


「しおりん!」


 蜘蛛の巣のように広がったヒビから、次々と激流が吹き出していく。そうして作られた水のカーテンは、焚火と林と槙野を分断した。


「焚火紫織さん。あなたがFクラスの数少ない戦闘要員の一人だって、みんなから報告があった。あなたさえ倒せば、他の人を余計に痛めつけなくて済むから、ごめんね」


 そう言いながらみなもが睨みつけたのは、水に挟まれて真ん中に孤立した焚火だった。


 そして彼女の頭上を、ドラゴンの前足が作る黒い影が覆い尽くす。


「しおりん、これ!」


 突如として聞こえた声の直後、水のカーテンを貫通して、焚火の元に1つの容器が投げ込まれた。


「林さん……"紅の迷い子"!!」


 一瞬の判断で、焚火は手元のライターに火をつけ、その日を操って上空へ押し上げた。


「燃えろッ!!」


 火が容器を溶かし、中の油に着火した。途端に火は巨大な豪炎となり、迫り来るみなもの前足へと押し上げられる。


「熱っ……!?」


 流石の巨龍も咄嗟の炎におののき、前足を引っ込めると、翼をはためかせて後退した。彼女の背中とぶつかった後ろの建物の壁が、がらがらと音と立てて崩れ去っていく。


「まだまだ!!」


 水のカーテンが消滅したのを見逃さず、焚火は巨大な炎をそのままみなもの頭部へと叩き込んだ。


 だが。


「え……!?」


 目を閉じて炎を浴びた龍の頭部には、傷も火傷もできていない。


「"シュトナ"!」


 今度は指先をみなもの前足に向け、基礎魔法を放った。だが紫の光弾は鱗に覆われた前足に衝突すると、そのままなす術なく消滅してしまった。


(ダメだ……足の裏には辛うじて攻撃できても、体は鱗に守られてダメージを与えられない……!)


 焦げ目すら付かない鱗を見て、焚火は意識がふらっとするような感覚に襲われた。なにせ、自分の最大の武器が通じないのだ。


「……先生! 浅井くんと渡会くんは、今どちらですか?」


 ならばと、焚火は通信デバイスのスイッチを押してキリカへと繋いだ。


『それが……正宗くんは万丈勇真くんと、渡会くんは朧木鉄砕くんと交戦中のようなのです! 二人とも強くて、通信する暇も無いみたいなのですっ』


「やっぱり……」


 だが、焚火の恐れていた通りの事態が起きていた。龍川みなもが出てきた以上、Aクラスの他の"エース"二人も出てくるとは思っていたが、こうも綺麗にこちらの"エース"を取りに来るとは──


「しおりん!」


 突如体を引っ張られ、焚火は無理やり動かされるようにして横へ走った。


「!」


「っぶねー。ぼーっとしないてよ、しおりんがやられたら詰みなんだから」


 直後、彼女がさっきまでいた場所を、みなもの口から放たれた激しい水流のブレスが襲った。地面は抉られ、アスファルトが土のようにバラバラに砕けて散っていく。


「水のドラゴンかー……(こっち)と相性悪いね」


「"シュトナ"で攻撃しようとも思ったんですが……あの鱗に攻撃を弾かれてしまって」


 正宗の高出力の"シュトナ"ならば、もしかすると通用したのかも──という無駄なタラレバを、焚火は胸の奥にしまい込んだ。今は、どうやって彼女の装甲を突破するか考えるのが先決だ、と。


「はあああああっ!!」


「おっ、まーさん!」


 声を上げながら奮起して駆け出したのは、大きなスコップを両手で握った槙野であった。つい先刻、とある建物跡の物陰に落ちていたのを拾ったのだ。


「どっか1箇所ぐらい、脆いとこあるだろッ!」


 背中側からみなもに近寄ると、槙野は右後ろ足の付け根に力強くスコップを叩き込んだ。


 ガンッ!!!


「痛ったぁ〜!?」


 だが、鱗にはヒビの一つも入らない。結果として、激しい反動のあまり槙野が涙目になっただけである。


「うあっ!?」


「近寄ってきたら、乱暴に追い払うしかなくなっちゃうよ」


 言葉とともに、みなもは細い尻尾を素早く曲げ、ぐるぐると槙野の体に巻きつけて彼女を捕えた。


「まーさん!」


 痛みを感じるほど強い締め付け方ではないが、しかしがっしりと掴んで離してくれない。必死に手足をばたつかせる槙野も、空中に持ち上げられてはどうすることもできなかった。


「くそっ……こんのぉ!!」


 火事場の馬鹿力と言うやつなのか、槙野は持っていたスコップを一振りで投げ飛ばした。巨大な矢のように飛んで行ったスコップは、みなもの首にまっすぐ突き刺さり。


「これもダメか……!?」


 否。鱗に弾かれ、突き刺さらない。みなもが避けるまでもなく、渾身の攻撃は全く通じなかった。


「わあああああっ!?」


「槙野さん!!」


 そして武器を失った槙野を、みなもは尻尾の一振りで投げ飛ばした。先ほどの水のカーテンが作り出した大きな水たまりに着地し、深刻なダメージは受けなかったものの、衝撃のあまりうずくまって立ち上がれなくなっている。


「っ……あたしの友達に、酷いことしないでよねッ!」


 それを目撃し、ここにきて初めて感情を昂らせた林は、とっさに地面に落ちた大きな石を2つ拾い上げると、またしても限界を超えた球速でみなもへと投げつけた。


 腹部に1発。だが、鱗と同等の強固さを誇る腹の外殻によって、虚しくもノーダメージで弾かれる。


 そしてもう一つは、胸部へと向かい。


「!」


 みなもはとっさに体を傾けて胸元を守り、さらに口からの激流のブレスを吐いて、尖った石を跡形もなく消し飛ばした。


(……あれ?)


 その様子が、焚火には不思議に映った。


 彼女のドラゴンの体は、全身が鱗あるいは外殻に覆われている。それは見れば分かる。そして、その頑丈さも嫌なほど思い知った。


「クソッ、そりゃ石なんて効かんか──」


「……効かないなら、どうして防ぐ必要があるんでしょう」


「へ?」


 焚火が気になったのは、その点だった。きょとんとする林の傍らで、焚火はまっすぐに、みなもの巨躯のある一点を見つめていた。


 両胸の間に突き刺さるようにして生えた、尖った青い宝石のような部位を。


「何の器官か分からないけど……あそこを守ったの……?」


「ちょ、しおりん! 考えてる間に次来るって!!」


 はっとして我に帰ったその時には、みなもが前足を上に上げ、彼女らを押し潰さんとしていた。


「まずいっ……!」




「"ポラリス・パレード"ッ!!」




 突如響き渡る詠唱。


「ッ、眩しい……!?」


 みなもは咄嗟に目を閉じ、前に出した足を引っ込めて体をうずくめた。目の前に突如出現した眩い閃光に、目がくらんだのだ。


「あの光は……飾くん!?」


 焚火は、少し離れた場所にある廃屋の屋上を見据えた。そこには、決めポーズを取る人影がひとつ。


「やあ、遅れてすまないね焚火さん! 僕が目を封じるから、今のうちに体制を整えるんだ!」


 お礼は良いさ、その代わり僕を称えたまえよ──なんだか天使に似ている人だなと思いながらも、焚火はその立ち姿に頼もしさを感じた。


「ありがとうございます!」


「まーさん立てる? 行くよ」


「お、おうっ」


 3人はすたすたとその場を去り、少し離れた建物の壁に身を隠した。


「そうだしおりん、さっき何を言いかけたの?」


「あっ、そうでした! 龍川さんの弱点を、見つけたかもしれなくて……先生!」


『はいっ。多分、先生も似たことを考えているのですっ』


 焚火らは、通信デバイスから聞こえる声に耳を傾けた。


『これは研究に基づいた、先生の予測なのですが……みなもさんがあの巨大な姿を保つには、膨大なマナを形質変化した状態のまま、その身に宿し続ける必要があるのです。そうして出来たマナの塊が、胸元にあった大きな石だと思われます。"コア"とも呼ぶべきものなのです』


「そのコアに攻撃が飛んできたから、スコップでも傷つかない自分の体を、わざわざ小さな石一つから過剰に守った……んだと、思います」


『恐らくそうなのです。ですので胸元のあの石を破壊できれば、みなもさんの変身を解くことができるかもしれないのですよ』


 キリカの言葉に補強され、自分の考えた勝ち筋が現実的になりつつある。焚火は、喜びのあまり跳ねる鼓動を抑え込みながら思考を続けた。


「でもどうするよ? あのブレスがあるし、なんか水を自由に操れるみたいだし、焚火めっちゃ不利だよね」


「んー……まーさんとあたしで惹きつける? 裸で踊るか!」


「は!? あんた真面目にやれって!」


 ごめんごめーんと謝る林と、全く……と肩を落とす槙野。


「……ふふっ」


「? しおりん?」


「あっ……!」


 そんな二人を目の前にして、焚火の口元は思わず緩んでしまった。


 だけど、仕方ないじゃないか──焚火はそう思った。


「……すみません。私、ずっと友達も仲間もいなかったから」


 ふと思い出した。一年生の時、過去自分の家に火をつけたトラウマから、魔法を封印していた自分を。自らの意思を胸の奥に押さえ込んで、黙っていた孤独な自分を。それを疎まれ、酷いことをされ、暴言を吐かれていた最悪の一年間を。


 だけど。


「私、嬉しいです。こうして、みんなで何かを成し遂げようと頑張れることが」


 そんな過去などどうでも良くなるくらい、今の焚火紫織は、幸せであった。


「行こう、みんな! 一か八かだけど、私に考えがあるの」


 だから──うっかり敬語も忘れてしまうほど、赤の魔女の心は燃えていたのだ。

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