#15「Fクラスと戦いに向けて」
「"シュトナ"ッ!」
昼過ぎのグラウンドに、ジャージ姿の焚火の詠唱が響く。
「よっと」
紫の光の玉が、同じくジャージの正宗に向かって高速で迫る。だが正宗が横っ飛び一つで軽く回避すると、光の玉は明後日の方向へ飛び去り、そして消えた。
「悪いな、そんな速さじゃ当たんねえよッ!」
正宗は反撃と言わんばかりに、地面を強く蹴って焚火との距離を詰めた。長年繰り返した喧嘩で覚えた、自分の拳が最も強く相手に響く距離。そこへ強く踏み込み、右手を引いて構える。
「くっ……!」
だが焚火の方も、正宗の戦い方は何度も見てきた。故に、近寄られた際の危険性もわかっている。だから彼女は瞬時に飛び退き、距離を置いた。後に残るのは、空を切る正宗のフックだけ。
「「…………」」
互いに技を外し、両者は仕切り直しと言わんばかりに睨み合う。友人とは思えぬ本気の戦い。
「ん〜。やっぱり二人ともセンスが良いのですっ」
だが彼らの担任教師であるキリカは、その戦いを止める気配がない。それどころか、周囲を取り囲んで見守るFクラスの生徒らは、全員二人を応援するムードである。
「それにしても、皆さんがちゃんと"演習"の授業に出てくれるようになって、先生嬉しいのですよ」
演習。この山倉高校の魔法カリキュラムとして、座学とは別に開設されている、もう一種類の授業だ。
その授業内容は魔法教育という目的からの過度な逸脱が無い限り、担任教師に一任されている。キリカの場合、今回はクラスでトップの強さを誇る正宗と焚火、彼ら二人の戦闘演習とその見学を授業内容とした。
「ま、私の人望あってこそね?」
「調子のんな天使。あたしらが声かけた結果だっつの」
特に何もしていないのに自慢げな天使の横で、すっかり真面目で明るい模範生となった槙野がツッコんだ。
「まーさん頑張ってたもんねー。来年Aクラスになって、田辺を見返してやるーって」
「余計なこと言うな」
林の言葉に対し、槙野は彼女の額を軽く小突く。
「そーそー。なんか"もうちょい頑張ろっかな"って気にさせられたよな」
「バカにされっぱなしじゃ、つまんないしね」
クラスメイトの面々が、あちこちで言葉を漏らす。みな、先日までは無気力だったサボり生徒達である。彼らを変えたのは、槙野らの言葉か、更生した態度か、はたまたその両方か。
「あ、なんか動くっぽいよー」
それはさておき、相変わらず眠そうな林だが、前と違い一応授業に集中はしているらしい。そんな彼女の声に従い、槙野と天使も正面に視線を戻した。
仕切り直しの後、先に動いたのは焚火だ。胸ポケットから素早く取り出したライターに指をかけ、着火する。その口から噴き出した火柱は、10センチ以上の巨大な豪火。自作の改造ライターである。
「"紅の迷い子"ッ!!」
そして炎は焚火の右手に集まっていき、彼女の支配下に置かれた。自らの体内マナと炎を融合させることで、糸で操るように熱の行方を操作する"紅の迷い子"である。
「ちょ……先生! 小道具使うのはアリなのか!?」
「マーリン杯の規定では"武器の使用は禁止。ただし、固有魔法に必要ならば、ポケットに入る程度の小道具の携帯は可"とあるのですよ〜」
「そうかよッ!」
正宗は諦めをつけると、一目散に横へ駆け出した。とにかく、立ち止まって炎の的になるわけにはいかないからだ。
だが当然、焚火の炎が彼を追いかける。熱操作の固有魔法により、蛇のように細長く伸びた炎は空気中を高速移動し、正宗の首元に迫った。
飛び退いてもジャンプしても、正宗の動きをトレースしたように、炎は延々と付き纏ってくる。
「やべっ、足が……」
「今度は逃しません!」
やがて、焚火にとっての絶好機、正宗にとっての窮地が訪れた。炎の揺動で隙を下がり続けていた焚火は、正宗がジャンプの拍子に足元から体制を崩したのを見逃さなかった。
正宗も回避しながら焚火に接近していたが、まだ拳が届く距離ではない。パンチを当てるより、焚火の炎の方が早い。
("シュトナ"……いや、炎がこっちに迫ってくるんなら……!)
正宗は回避するでもなく、拳を強く握りしめた。
「はああああああッ!!」
一か八か、正宗は右の拳に体内のマナを集中させ、炎に向かって渾身のアッパーを放った。
「何を……えっ!?」
正宗にとっては、アッパーのつもりだった。
だが拳に纏ったマナは、鋭く尖って白い光の刃となり。
「……炎を、切った……!?」
天に突き上げられた"それ"は焚火の炎を切り裂き、跡形もなく消滅させた。
彼女が炎の中に込めたマナそのものを、掻き消したかのように。
「ッ!」
正宗にとっても、"ダメ元でやったらできた"といった所。しかし確かに生まれた隙を逃さず、彼は立ち上がって一気に焚火に迫った。
「しまっ……」
「貰ったッ!!」
回避の間に合わない焚火目掛け、正宗は拳を振りかざし。
(…………や、駄目だろこれは!!)
寸前で止めた。
「? "シュトナ"ッ!」
「だわあああああっ!?」
そして絶好の機会を逃した直後、焚火の"シュトナ"が腹部にクリーンヒットし、数メートル転がってダウンするのだった。
「そこまでっ! 焚火さんの勝ちなのですっ」
決定打が入ったことを確認すると、キリカは大きな声でそう告げた。
「ってえ……」
「大丈夫ですか? あのまま殴ってれば、浅井くんの勝ちだったのに」
倒れた正宗に手を差し出しながら、焚火はそう問いかけた。
「そのー……女子の顔とか腹とか思いっきり殴るのは、どうかと思いまして」
「もう、良いんですよ。先生に"マーリン杯"のトロフィーを持って帰るって、決めたじゃないですか」
だから、本気でやりましょう──焚火の言わんとすることを、正宗は先に悟った。
「だな。んで、どうなんだよ先生」
「はい?」
ぐっと立ち上がると、正宗はキリカの方を向いて尋ねた。
「"マーリン杯"、俺達勝てそうなのか?」
「そうですね〜……では、改めて大会の概要から説明するのです。皆さーん、集まってくださーい」
キリカのゆるい号令を、しかし今では生徒はみなきちんと聞くようになった。その最中、林がとんがり帽をつんつんつついたり、焚火が近すぎる位置からキリカを凝視しようとして、正宗に連れ去られたりしたが。
ともかく、16人のクラスメイトが整列し体育座りをしたのを見ると、キリカは口を開いた。
「"マーリン杯"は、クラスの全員が出場してぶつかり合う、2クラス対抗バトルなのです。試合会場は山倉市の街の一角を使用し、その会場から出てしまうか、あるいは戦闘不能となった生徒が退場となります」
それから、とキリカは続ける。
「クラスには"リーダー"を一人設定します。そしてそのリーダーが退場した場合、残り人数などは関係なく、そのクラスは敗退となります」
「なるほどな。じゃ、俺か焚火が手っ取り早くリーダーをぶっ倒しちまえば、それで勝ちってわけか」
「理想を言えばそうなのです。このクラスの主力はやはり、正宗くんと焚火さんの二人。Fクラスのリーダーも、この二人のどちらかが良いと思うのです……ただ」
「ただ?」
焚火が問いかけたのと同様に、Fクラスの面々はみな、その接続詞につづく言葉に注目し、場は沈黙に包まれた。
「っと、その前にご報告しなきゃなのです。ついさっき、"マーリン杯"のトーナメント表が確定しました。君達の初戦は5日後。相手も決まったのです」
そう言うと、キリカは持参したプリントを広げた。大会のトーナメント表である。
「えっと、Fクラスの相手は……2-A!?」
真っ先に2-Fの対戦カードを見つけ、そして声を上げたのは槙野だった。直後、他の生徒たちの間にも動揺が走る。
その理由は明白だった。
「かたじけないのです……先生くじ運がダメだったのです」
山倉高校の2年以降のクラスは、成績や素行に応じて振り分けられる。
つまり、最弱クラスたるFクラスの初戦の相手は、よりによって2年最強のAクラスなのだ。
「へっ、だから何だよ。話が早えじゃねえか。初戦に勝っちまえば、俺らはもう2年生最強ってことだ」
だがそれは、正宗の心の火を消してしまうほどのニュースではなかった。
「能天気ね。そんな簡単に行くものかしら」
「んだよ天使? ビビってんのか?」
「ふふっ、舐めないで。今すぐ帰りたいわ」
「ビビってんのかよ……」
「……それで先生、さっき"ただ"っておっしゃったのは……?」
正宗と天使のやり取りの傍ら、焚火はキリカに問いかけた。
「はい。さっきも言ったように、このクラスは正宗くんと焚火さんが"エース"として活躍できれば、勝機を見出せます。Aクラスといっても、戦闘より座学の優秀さで振り分けられた人が多く、二人ほどの強者はそうそういないようですから」
「"そうそういない"……ってことは、少しはいんのか?」
「はい、そこが問題でして。正宗くん達と同じか、あるいはそれ以上とも言えるAクラスの"エース"……それが、三人いるのです」
こちらが二人のエースを擁するのに対し、あちらは三人。まだ見ぬ詳細不明の強敵達。
「こっち一人足りないじゃん。浅井分身して」
「できるかい」
「林さんの言う通りなのです。このままだと正宗くんか焚火さん、二人のどちらかが向こうのエース二人以上を同時に相手取る、という状況が起こり得ます。そうなると、かなり厳しい戦いになるのです」
「焚火レベルが二人、三人か……情けねえけど、確かに正直苦しいな」
「そうなのです。ですのでっ!」
「?」
クラスの面々が首を傾げる中、キリカはぴしっと腰に手を当て、こう言った。
「あと5日で、このクラスのうち誰か一人を、今からエース級に仕上げるのですっ!」




