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#14「せんせーの願いごと」

「これ、先生の字ですよね……?」


 焚火が呟く。この数週間、キリカの授業を一番前の先で一番真面目に受けていたから、すぐに気が付いたのだろう。気が付きたくはなかった事柄に。


「…………」


「待って浅井。読むの?」


 表紙の次のページを開こうとした正宗の手に、天使の白い手が覆いかぶさった。


「お前らも思ってるだろ。あの歳であの強さ。それにこのファイル……あいつの力は、何と引き換えにしたものなのかって」


「あ、浅井くんっ!」


「何だよ!? こんなもんが出てきたら、調べるしか──」


「そうじゃ、なくって」


 焚火が振り向いた先。


「……その資料は」


 寝巻きに着替えて戻ってきたキリカが、部屋の入り口に冷や汗を垂らして立っていた。


「先生……」


「………………大学時代の研究資料なのです。ネズミさんを使って卒業研究をしてまして……それは、103匹目の個体のっ」


「実験動物のこと"私"って呼ぶのか? お前は」


「…………はあ。迂闊でした。ちょうどカーペットをクリーニングに出していたのです」


 苦笑いと共に、壁にもたれかかる。人形にでもなったかのように、呆然としながら壁に沿って腰を落とし、床に座り込む。


 そうしてしばらくすると、キリカは黙って俯いた。


「お前の強さは異常だって、前から思ってたよ。お前がただ超天才だってだけなら良い。でも"実験"って何だよ? お前がここに来るまでに何があった!? 俺達は何に魔法を教わってる!?」


「……それは……」


「答えてくれ! 俺はお前を信じてやりたくて──」


「浅井くん」


 問い詰めようとする正宗の視界に、少女の腕が入り込んだ。


「焚火?」


「任せてください」


 正宗の言葉を遮ると、焚火はキリカのとんがり帽を拾って立ち上がり、彼女の元へ向かった。幼い少女の腕がぴくっと震えたのが見えたが、構わず焚火は歩き、彼女の横に座った。


「私達は先生の教え子ですけど、その前に先生より歳上の人間です。本当なら寧ろ、先生が私達に頼って欲しいところです」


 とんがり帽をその白い髪の上に被せてやると、俯いていた視線が焚火の紅い瞳と向かい合った。


「話して頂けませんか? 確かに私達は先生より弱いですけど、お話を聞いてあげるくらいは出来ますから。私達は先生のことが大好きで、いつだって大切に思ってます」


 焚火はそう告げると、キリカの隣に座って待った。微笑んで、ただ待って。


 そして数十秒後に、小さな少女が立ち上がった。


「……はい」


 とんがり帽を被り直して、少女は前を向き。


「お話しするのです。先生は、生まれた時から人体実験を受けてきました」






 カプセルの中の緑の海。そこに漂う自分。それが、先生が持っている一番古い記憶です。


 デザイナーベビーというのは、生まれる前から遺伝子操作をされて生まれる子供です。先生はある違法な研究施設で、過去最高の魔法使いを作り出すための実験体として生まれました。


 親の顔は分かりません。きょうだいがいるのかも……ただ、隣のカプセルに入っていた顔も見えないあの子が、そうだったのかもしれないのです。


 体には血管の他に、マナが循環する回路があることをこの前教えましたね? 先生はその回路をより太く、より速くマナが作られ循環されるように調整されました。他にも脳の魔法操作を司る部分や、筋肉も手術で操作されました。


 それ以外の時間は、研究者の大人達と魔法の練習をするか……あとは、同じような実験体の子供達と試合をしました。普通の子供が、公園を走ったり、本を読んだりして日々を過ごしていた間、私達だけ違う日常を生きていたのです。


 私と何度か試合をした男の子は、会う度に顔や体の縫い跡が増えて、怖い目をするようになって……それでも先生が勝って、その後はもう一度も会うことはありませんでした。行方を研究者に聞いたら、「自由を与えてやった」とだけ返されました。


 7歳くらいになると、実戦も始まったのです。世界各国の戦地や、テロリストの拠点で、彼らの命を……いいえ。この話はやめましょうか。


 正宗くん、ベッドの上にティッシュ箱が……あっ、それなのです。焚火さんに一枚あげてください。焚火さん、辛いのなら………………そうですか。ありがとうなのです。


 先生はそんな希望の無い日々を、何とも思っていませんでした。強がりじゃありません。当時の先生にとってそれは当たり前でした。希望や幸せという概念そのものを、先生は知らなかったのです。


 ですが8歳の時のある日、魔法官の方々が研究施設に突入し、先生達実験体を助けに来てくれたのです。


 その時ある人に頭を撫でてもらうと、先生の目から涙が溢れ出してきました。泣いたことなんてありませんでした。涙は自分が倒してきた弱い人達にしか無くて、自分はもっと冷たい、人形のような存在だと思っていたから……。


 その時、先生は"感情"を知りました。自分が愛されたかったことも、自分が他者の命を奪ったことを悔やむ気持ちも、本当は外の世界で見た人々のように、普通に生きてみたかったという気持ちも。


 その日のその出会いが、カプセルの中と戦場しか無かった先生の世界を広げてくれました。その日は先生にとって、奇跡の一日だったのです。






「……正宗くん?」


 全てを語り合えた直後、正宗が自分に向けて頭を地に伏せたのを見て、キリカは困惑の声を漏らした。


「詮索して悪かった。んなことがあったなんて、想像もしてなかった」


「い、良いのですよっ。先生が話すと決めたことなのです。焚火さんも、もう泣かないでください」


「…………はいっ……!」


 天使に身を支えられながら、焚火は掠れた声でそう答えた。


「……それなのに、先生になったの? 今まで他人に自由を奪われてきたのに、これからも自分の時を私達生徒に捧げると言うの?」


 天使は視線を焚火からキリカに移して、そう問いかけた。


「先生の生き方に文句を言うわけじゃないわ。だけどもし先生が、罪滅ぼしか何かのためにそういう奉仕的な生き方をしてるのなら──」


「あっ、違うのです天使さん。先生は望んで先生をやっているのです」


 そう語るキリカの顔にはもう、不安げな色はなく、微笑みだけがそこにあった。


「昔の先生はずっと孤独で、どこにも幸せが無かったから……だから、今の日々はとても楽しいのです。人と関わることも、生徒の皆さんと一緒に頑張ることも、その全てが愛おしくて、幸せなのですよ」


 だから──キリカは言葉を続ける。


「先生はこんなに変われました。だからFクラスの皆さんも変われると、信じているのです。みんなで強くなりたいし、みんなで"頑張って生きて良かった"と、言えるようになりたいのですよ。その全てが、先生の幸せな思い出になってくれるのですから」


 そう言って微笑む少女の顔に、嘘は無かった。


 血まみれの過去の先に"これ"があるのなら、自分は十分幸せだ。彼女は本気で、そう思っているのだ。それは歳も生まれも関係ない、一人の人間の、人生への讃歌とも言うべき笑みだった。


 そして、それを知った今、少年の胸には疑念も後腐れも、何一つ無いから。


「……焚火、天使」


 彼は、友の名を呼んだ。


「"マーリン杯"、絶対に勝つぞ。負けたら許さねえし、俺も俺を許さねえ」


 涙を拭いた友も、泣くことも折れることもない強き友も、きっと同じ気持ちなのだろう。


「桜キリカの、人生最初のトロフィーだ。でっけえのを飾ってやろうぜ」


「はいっ!」


「当然よ」


 根拠の無い自信は、しかし確かに3人の心を結んだ。


「皆さん……!」


「キリカ先生」


 正宗の手が、キリカの真っ白な髪に触れた。


「この一年でたっぷり教えてやるよ。この世にはお前の知らない幸せが、いくらでも転がってるってこと」


「むふっ……生徒が教えてやるとは、よく言うのです」


「うるせぇ」


「では早速、一つお聞きしても良いですか?」


 そう言ってキリカは、テーブルの上の鍋を指差し。


「真っ黒になったお肉って、どうしたら良いのでしょうか……?」


「やべっ、神戸牛様がッ!!」


 正宗の慌てふためく顔を見て、またくすっと笑うのだった。






 同日、山倉市の別の場所では。


「ご覧ください! 先日東京の銀行を襲撃した魔法犯罪組織『イルマギア』が、今日この山倉市に襲来し……」


 朝を額に浮かべながら、ニュースキャスターは地震でもあったかのようにボロボロになった街路をバックに話している。


「……たった今、あの少年によって鎮圧されたようです!!」


 信じられないと言った声色で、キャスターは瓦礫の山の上に立つ学生服の少年を指差した。


「さあ、君達ッ!! 観念するんだッ!!」


 茶髪のツンツン頭の少年は、彼によってボコボコにされ、グロッキー状態の黒服の男達に呼びかけた。


「ゃ……もう、観念、するんで……勘弁してぇ……」


「そうかい!! 分かれば良いんだ!!」


 はーっはっはっはと高笑う少年と対照的に、『イルマギア』の戦闘員達はまともに声も出せない。


「ちょっ、勇真! テレビの人来てるから、あんまり悪目立ちしちゃ……」


 代わりに彼に声をかけたのは、すたすたと駆け寄ってきた同じく制服の少女。


「おおっ、みなも!! 心配して来てくれたのかい!? ありがとうッ!! そんなところが大好きだッ!!」


「ばっ、だっ、好き、って…………私も、すき、だけど……」


 少女──みなもは、青白いツインテールで赤くなった顔を隠し、勇真から顔を逸らしながらそう答え。


「……じゃなくてっ! 勇者ごっこは程々にしないと……」


「違うよッ!! ごっこじゃないッ!!」


 そして、彼女にそう言われた勇真は、瓦礫の山の上に刺さった一本の剣を引き抜き、肩に乗せてぐっと笑った。


「僕は、本物の"勇者"だからねッ!!」

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