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#1「不良少年と144センチのせんせー」

 理系。文系。体育会系。


 そして、魔法系。


 この4つが、現代の日本人をカテゴライズする枠組みの一種である。


 空気中の"マナ"を用いて、超常的な力"魔法"を使える人間がいると、科学的に立証されてから約50年。


 魔法は現代科学に匹敵する新たな技術として発達し、全国各地には魔法の専門学校が作られた。


 魔法使いは、現代において当たり前の存在となったのだ。


 そして、令和となった今。


「ふあぁ…………」


 この『山倉市立・山倉第一魔法高校』に通う、一人の少年がいた。


「見て、2年Fクラスの浅井よ……」


「うわっ、あれがあの"マジックモンキー"? 初めて見たわ」


「先輩三人ボコってFクラス行きだっけ? おっかねぇ……行こうぜ」


 後ろに流してヘアピンで留めた黒髪に、左耳のピアス。前を開けた学ランの内側から真っ赤なシャツが顔を出しており、制服のズボンには金のチェーンが付いている。


 その容貌から分かるように、"猿のように喧嘩っ早い、魔法高校の不良"──"マジックモンキー"という彼への評価は、間違ったものではなかった。


「ちっ……るせェな」


「正宗くん!」


 ゆえに、彼を色眼鏡で見ず、一人の人間として見て向き合うのは。


「おはようございます、浅井正宗くん。ピアスは校則違反ですよ」


 今傍から飛び出してきた、彼女くらいのものだろう。


 白髪の上から黒いとんがり帽を被った、12歳くらいの小柄な少女。絵本に出てくる魔女っ子のようなその服装は、とても現代日本には似合わない。


「……んだよ、今度はお前か」


 自分の胸までの背丈しかない少女に対し、政宗はめんどくさそうにそう言った。


「いけない言葉遣いですね。担任の桜キリカ先生、なのですよ」


 そして子供である彼女が、自分のことを正宗の担任教師だと言うのは、もっと似合わなかった。


「うーい。桜センセ」


「ところで。ピアスの話は昨日もしたはずなのですけど?」


 ごく普通の校庭を抜け、これまたごく普通の昇降口で靴を履き替えながら、キリカは正宗にそう問いかけた。


「るせェな。俺がピアスしてて困る奴はいねえだろ、別に」


「いいえ。あなた個人の素行も、間接的に私たちのクラスのイメージを悪化させてしまうのです。だから先生は何度も……あっ!」


「ンだよ」


 何かに気が付いたように、口に手を当ててはっとしたキリカ。見当のつかない正宗は、すぐさま聞き返して。


「もしかして、先生に構ってほしくて悪い子ぶってるんですか〜? すなわち若い教師と生徒の禁断の……やぁ〜ん♡ 先生ったら罪な女……♡」


「正気か?」


 お尻を無駄に強調し、貧相な体でセクシーポーズをとるキリカに対し、呆れたような憐れむような目で見つめながらそう尋ねた。


 分かりますよ? 悩殺されてしまいそうなのですよね? そんな彼女の痛々しい視線が、正宗には心底虚しいものに見えてしまう。


 幸い胸だけは歳の割に大きいから、それで何か盛大な勘違いをしてしまっているのだろうか、などと勘繰りってみたり。


「はぁ……」


「とにかく、先生は……っとと、わあっ……!?」


「ん? あ、おいっ!」


 廊下が濡れていたのか、急につるりと靴先が滑って転びかけたキリカを、正宗がとっさに掴んで支えた。


「ふぃ〜……ありがとうございます、正宗くんっ」


 安堵感と共に、助けてもらった喜びを覚え、キリカは笑顔で正宗には告げる。


「…………転んで泣かれたら、面倒くせェからよ」


 一方の正宗は、無理やり作った理由を並べて、なぜか自分の善意を隠し。


「いいから行くぞ、ガキ」


「ガっ……!? せ、先生はきみの担任なのですけどっ!」


「良いこと教えてやる。先生ってな、"先に生まれた"って書くんだぞ」


「むあーっ!! 先生の一番のコンプレックスを!!」


 そそくさと、また歩き出すのだった。






 山倉第一魔法高校には、各学年A〜Fの6つのクラスがある。


 まず、一年生のクラスの割り振りはランダム。受ける授業も共通で、国数英理社体育エトセトラ、加えて魔法に関する座学と実技。


 そして普通の学校と同じように通知表が出され、成績上位者は2年に上がるとAクラスに割り振られる。同じく、Aクラスに次ぐ成績の者達はB・Cクラスへ、その少し下の成績の者達はD・Eクラスとなる。


 そして更に下、著しく成績の悪い生徒と問題児を集めたのが。


「おはようございます、皆さん! 今日も元気に頑張りましょうね!」


 桜キリカを担任とした、落ちこぼれ2年Fクラスである。


「……なので、かつて魔法の存在が科学的に証明されていなかった時代に、悪霊を祓う陰陽道や神様と交信する神道として、魔法は認識されていました……」


 今日もいつも通り、授業が始まった。水曜1限は、担任のキリカが担当する座学の魔法史B。


「他にも中世ヨーロッパでは、いわゆる魔女や吸血鬼なんかが、魔法を行使していたと推測される人間の例で……っと、と、届か、ない……!!」


 身長144cmの子供には位置が高すぎる黒板に、持参した登り台で対応して板書していたが、それでもなお黒板の上部には届かない。


 上の方に書いた図を完成させることができず、キリカはチョークを握った指先をぷるぷる震わせながら歯痒い思いをした。


「ま、まあいいのですっ……皆さん、ここまで大丈夫ですかー?」


 観念して腕を下ろすと、代わりにキリカは後ろで授業を受けている生徒達の方を振り返った。


「って……」


「でさー、ウィンスタで知り合った男が魔法アンチでー」


「こら、槙野さん林さん! 授業中の私語は慎んで欲しいのですがっ!」


「えー」


 ネイルをいじりながら、左前方の席のギャルっぽい女子生徒達は不満げな声を上げた。


「もう。他のみんなを見習うのですよっ」


 キリカは登り台の力を拝借して教卓にぴしっと立ち、教室全体を見まわした。


「見、習…………」


 音楽鑑賞中の者。教科書で隠すとか、そんなことすらせず漫画を堂々と読む者。中高生のド定番、シンプルに居眠りをかます者。見てみると、真面目に板書を取って話を聞いているのは、右奥の赤髪の女子生徒ただ一人であった。


 要は、落ちこぼれクラスたるこの教室の面々は、ほぼ全員這い上がる気もなければ、キリカの話に興味もなかった。


「……う、うぅ……うえええぇ……!!!」


 そしてその事実は、数ヶ月前から授業のプロットをノートに綿密にまとめ、脳内授業(リハーサル)を繰り返し、ワクワクしながら教師生活に臨んだ12歳の少女に、えげつないほどに突き刺さった。


「あっ! まきのんが先生泣かせたー」


「はー? あたしのせいじゃないでしょ! てか何で子供が先生やってんの? 謎じゃね?」


「うああああああー……!!」


 学級崩壊である。しかも、その発端は担任の号泣である。目も当てられない担任崩壊である。


「……くっだらねえ」


 そんな様子を最後部の席で見かねた正宗は、財布とスマホをズボンのポケットにしまうと、こっそり教室を後にした。






 1限の終わりのチャイムを小耳に挟みながら、正宗は校庭のテニスコートわきを散歩していた。


 魔法の専門学校と言っても、普通の体育もあるし、部活動もある。確か今月から体育はテニスだったか──そんな正宗のどうでも良い思考は、ジュースの自販機の前にたどり着いた瞬間にかき消された。


「……ん?」


 自販機の品揃えを確認しようとしたのだが、その前にその横に転がっているものが気になった。空のジュースのペットボトルが2本。植木の下に隠すようにポイ捨てされていた。


「チッ……当たり前のこともできねえのかよ」


 悪態をつきながら、正宗は何の抵抗もなくゴミを拾い上げ、自販機から少し離れた所のゴミ箱へ投げ入れた。


「ふう……」


 さて、じゃあコーヒーでも飲むか。いや、苦味の気分じゃないな。もう少し甘いカフェオレ、いや乳酸菌飲料でも行こうか──


「正宗くん!」


「どあぁっ!?」


 そんな物思いから急激に現実へ引き戻され、正宗は驚きながら声のした方を振り返った。


「先生は見ました! 正宗くん、ゴミを拾ってくれたんですね! ご褒美に先生からの撫で撫での権利をあげるのですよ!」


 キリカがそう言った。目元が赤くなっていることに関しては、言及しないであげた方がいいのだろう。


「うるせぇ。需要ねェよ」


「にしても、正宗くん」


 彼からのちくちくした物言いにも耐性が付いてきたのか、キリカは一切たじろがずに話題を切り替えた。


「きみは怖い見た目の割に、根っこはいい子なんですね。さっき転びかけた先生を助けてくれた時も思いましたが、君は優しいのです。その割には、その善意を自ら嫌がり、無かったことにしたがるのですね」


「……本気で言ってんのか」


 自販機に硬貨を入れようとした手を止め、正宗は振り返ってキリカに向き直った。


「お前が担任やってるFクラス、どういうクラスか分かってんのか?」


「えーっと……残念ながら、去年あまり良い成績を取れなかった子達のクラスで……あ、でも先生は皆さんの成長を信じてるのです!」


 笑顔で答えるキリカに、正宗はあのな、と続けた。


「そういう無能だけじゃねェよ。俺みたいな素行不良生徒もブチ込まれるんだ……知ってるか? 去年は先輩と同級生を合わせて十五人殴って、校内一の不良の称号を──」


「いじめられていたクラスメイトのために、いじめっ子を殴った。女子に卑猥な写真を要求した上級生と喧嘩し、骨折の重傷を負いながらも倒した」


「……!」


 自重を浮かべていた正宗の顔は、すぐに驚愕に変わった。


「きみの過去の暴力はどれも、私欲以外の理由によるもの。ビックリしましたか? 君の先生ですもの。君の頑張りは、ばっちり把握しているのですよっ」


 ねえ、正宗くん──キリカはそう続けた。


「もしかすると君は、悪い子なのではなく、正しさに迷って──」


「……るせェな! ガキに何が分かんだよ!」


「あっ!? わっ、ちょちょ……何をするのですか! あーっ!! 先生は高所恐怖症なのですけどーっ!! 児童虐待ですー!!」


 咄嗟のことに抵抗できず、気がつくとキリカは、正宗によって近くの木の枝にぶら下げられ、身動きが取れなくなっていた。


「ほっとけよ……安っぽい正義も善意も、くだらねェ」


 慌てふためいてわめくキリカをよそに、正宗はジュースを買い忘れたまま、その場を後にした。

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