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騎士王子ミゲルレッド




石造りの城を若い騎士が歩いている。

通い飽きた廊下を滑るように速足で駆け抜ける。

途中、何人もの使用人たちが彼を見つけると黙礼を捧げて仕事の手を止めた。


そして彼は、最高級のマホガニー材で作られた扉を開け、入室した。

そこは、城主の執務室である。


目につくのは巨大な暖炉。

部屋に並んだ多くの本棚と豪奢な家具類の数々、絵画などの美術品。

どれも城主の財力を物語るものだ。


それらのずっと奥の机に向かった初老の男がいた。

若い騎士は、黙ってその男の傍まで近づく。


「………。」


二人とも、むっつりと黙っていた。

息子は直立不動で待ち、机に向かった父は、手を動かしている。

猛然と手紙を仕上げていた。


いつも話しかけるのは、父親からと決まっていた。


「………来たか。」


父は、机の上にあった書類や本から手を放して息子を見上げる。

息子の年齢の割に老けた父親だった。

苦労の跡が見て取れる。


「父上。

 セパントスとの同盟の噂が広がっています。」


そう黒髪に青い瞳の美青年がいった。


がっしりとした体格は、恐るべき破壊力を秘めているハズだ。

だが美麗な顔は、社交界で貴族令嬢たちをうっとりさせるだろう。

それでいて未完成の子供の面影が残っていた。


父親は、目を細める。


「まだ決まった訳ではない…。」


「しかし条件から言って既に決まり切っているのでは?」




ベルンフォーンとセパントス。

宿怨深まる両国は、ざっと80年以上、殺し合って来た。

互いに父を、兄を、友を殺されている間柄ばかりだ。


また互いに騎士団領国家という似通った歴史を歩んで来た。


騎士団領国家とは、辺境の蛮族、異教徒を改宗。

占領した土地の領有を皇帝、教皇に認めさせた国家である。


騎士団領国家の指導者は、騎士団総長(グランドマスター)である。

名目上は、騎士だが実際は王様のように振る舞っていた。


騎士団領国家は、自由に領土を広げることが認められ、かつ辺境に位置する。

これは、国王にとって異教徒や蛮族の侵攻を防ぎながら周辺地域とのトラブルを起こさない利点がある。

また騎士団に寄付することで信仰心をアピールできる。


騎士団領国家とは、宗教が歪に支配する前時代で地域政治の問題が産み落とした代理戦争国家だった。


ベルンフォーンとセパントスは、共に騎士団領国家だ。

共にガリシア大陸の辺境に成立し、異教徒や蛮族への改宗を行った。


同時代、他にも騎士団領国家は、かつて数多く存在した。

どの国も深い森や草原の蛮族を平定。

その布教活動は、鉄と血で塗り固められた侵略だった。


外部の異教徒や蛮族との戦いで滅亡する騎士団領国家があり。

内部で皇帝や教皇に目を着けられ、解体される騎士団領国家がある。

様々な困難を乗り越え、ベルンフォーンとセパントスは、しぶとく生き残った。


しかし両国は、広げられる領土の限界に達した。

天地あめつちに限りがあるように異教徒にも限りがある。

敵がいなくなった騎士団は、どうすればいいのか?


23代目ベルンフォーン総長ブランヒルダは、皇帝に上奏。

既に騎士団が布教済み地域で略奪を繰り返す野獣になっていることを報告する。

ブランヒルダは、改宗の標的を蛮族から東方教圏に切り替えさせた。


ガリシア大陸には、二つの宗派が存在する。


ベルンフォーンは、万国派(カトリック)聖ウルス教。

カトリックとは、世界的、普遍的という意味だ。


対するセパントスは、正統派(オーソドックス)ウルス正教。

こちらは、自分たちが正統な宗派だと主張していた。

ガリシア大陸の東に信者が集まっているため万国派は、東方教圏とも呼ぶ。


お察しの通り、どちらもウルス教の宗派である。

そしてあくまで自分が()()のウルス教だと主張していた。


ベルンフォーンは、この東方教圏を改宗すると提案したのである。

対してセパントスは、ウルス正教が主流となる東方教圏に属していた。


二つのウルス教は、互いに異なる皇帝をウルスの代理人、全信者の庇護者と定めて推戴していた。

西の聖ウルス教は、ゼイル皇帝を。

東のウルス正教は、ガリシア皇帝を。


つまりこの一件で、二つの帝国が争うことになったのである。


以来、80年以上。

ベルンフォーンとセパントスは、両帝国で常に先陣に立って戦って来た。


しかし時代が変わった。

戦争は、全く異相の局面を迎える。

宗教革命であった。


民衆は、ウルス教が貴族や聖職者の支配を正当化する政治の道具だと気付き始めていた。

民衆に必要なのは、神だけであって貴族や僧侶ではない。


大陸の各地で反乱の狼煙が上がる。

反皇帝、反教皇を掲げる反乱分子は、革命軍とゼイル共和国の樹立を宣言。

自由民主制と宗教革命、開明的な社会の樹立を掲げていた。


ベルンフォーン、30代目総長アゼルレッドは、この事態を危険視。

二つの帝国の二人の皇帝、万国派(カトリック)ヌダル教会の教皇に働きかけた。


民衆の中に湧き出した革命という病巣こそ、真っ先に根治するべきである。


民衆を導くのは、貴族と僧侶の役割であり、民衆に必要なのは神だけではない。

彼らは、邪悪な指導者に誤った思想を植え付けられたのである。

ただちに彼らを征討することで、その誤りを是正する必要がある、と。




「………だが連中の考えも分かるのだ。」


アゼルレッドは、薄目を開いたまま低い声でそう言った。


「と言いますと…?」


若干の驚きを隠せずに息子は、父に訊ねた。

信仰の守り手である騎士が革命に賛同したのだ。

若い騎士にとって少なくない衝撃だった。


「騎士団領国家など、所詮は成り上がりの口実に過ぎぬ。

 我々の先祖は、上手くやって国を手に入れたのだ。

 全員が私欲ばかりと言わんが大半は、出世の手段だったろう。」


確かに元を辿れば騎士団は、貴族の次男三男の集まり。

食い扶持のない農民や商人の掃き溜めだ。


「革命軍も、それと同じだ。

 私も庶民なら革命を支持しただろう。

 貴族制を否定しない限り自分たちが権力を握ることなどないのだから。」


「意外です…。

 父上は、革命など認めないと思っていました。」


そう答えた息子だが、我が父らしいと感じた。

しかしここまで開明的だとは、思っていなかった。


「お前もまだまだ甘いな。」


父アゼルレッドは、席を立ちあがった。


彼が騎士団総長になって20年。

彼は、国家の権を馬上の物とした。

ベルンフォーン騎士王と人は、彼を讃え、陛下と呼び掛ける。


もっとも彼が実際に騎乗するのは、移動する時だけだったのだが。


息子のミゲルレッドは、父を尊敬していた。

騎士らしからぬ政治屋だがそれが自分には、出来ない生き方だと思った。

他人ひとは、良く言わないが決して卑劣な人ではない。


「私は、騎士団領国家は、終わりだと思っている。

 周辺の蛮族を改宗し終えた辺りで限界に来ていた。

 セパントスと戦うべきではなかった。


 騎士団を解体する時期が近い。

 作戦を終えればチームは、解散するモノだ。


 だができれば王国、せめて公国として自立の道を探したい。

 今の我々の姿は、名誉と歴史で偽装した農園を所有する傭兵団に過ぎないからな…。」


ベルンフォーン王国。

実現できれば歴史の転換点となる。


人は、父を騎士ではないと揶揄する。

しかしただの騎士に王国を興すことなどできない。

そうミゲルレッドは、静かに感激に震えた。


しかし夢を口にする父は、冷めていた。


「今なら降りることもできる。

 お前は、革命軍に移り、そこで地位を望む道もある。」


「私は………。

 そこまで器用な生き方は、できないと思います。」


そんな息子に父王は、寂しそうに微笑む。


「そう、決めつける物ではないぞ。

 だが、そう思うのなら無理なのだろうな。

 何事も決めつけてしまう人間には、運命を受容するだけの弾力がないのだ。」


「……そうでしょうね。」


もし父が10歳若ければ本当に革命軍に転向しただろう。

ミゲルレッドは、内心で舌を巻いた。


こんな柔軟な王だからこそ、宿年の敵国と同盟を結ぶという発想が出てくるのだ。


アゼルレッドは、二つの宗派が協力する契機を作ろうと考えた。

それがベルンフォーンとセパントスの婚姻同盟である。


さて。

セパントスとベルンフォーンは、同盟を結ぶ。


しかしこれは、初めてのことではない。

だがそれも敵が異教徒や蛮族の侵入だった頃は、何度も手を結んだという意味だ。

この80年で両国は、相手を完全に敵と見做している。


今回は、より強固な関係を結びたい。

そこで婚姻同盟という方法を選んだ。


しかしここに問題がある。

騎士団領国家は、世襲制の君主国家ではないからだ。


元首である騎士団総長は、騎士団幹部から選ばれる。

婚姻同盟は、国家の主宰者同士の婚姻だから成り立つ。

このため婚姻による同盟は、騎士団領国家には成立し得なかった。


しかしベルンフォーンは事実上、ヴェスカステル家による世襲が慣例化されていた。

つまり23代目総長ブランヒルダの子孫だ。

そしてこの30代目総長アゼルレッドもヴェスカステル家当主である。


勿論、あからさまにヴェスカステル家の独占にならないよう間に他家からも総長を選んでいる。

しかしヴェスカステル家がベルンフォーンでは、圧倒的な権勢を占めていた。


正統派オーソドックスの改宗を提案したブランヒルダの子孫が両国の同盟を提案する。

これも歴史の皮肉だろうか。


アゼルレッドは、息子のミゲルレッドを候補に立てた。

彼は、問題なく次期総長となれるし、権力基盤も安定している。


何より自分と違い、常に戦場を駆け、信仰心の篤さも知られている。

典型的な騎士だと父親は、息子を値踏みしていた。

セパントスも自分なら嫌がるだろうが息子なら嫌わないと踏んだ。


では問題は、相手である。


セパントスは、厳格に騎士団幹部から総長を選出していた。

おまけに当代の総長エルリッヒは、独身。

女を寄せ付けない徹底した修道士ぶりだった。


そこで有力な家から花嫁を立てることになる。


ここで互いに申し合わせた条件が幾つかある。


まず若い男女であること。

これは、婚姻同盟を長く続けるため。

そして世継ぎたる子を儲けるためだ。


世代を重ね、両国の同盟を硬く結びつけるためだが。

これは事実上、19歳のミゲルレッドを指名している。


次に姉か妹がいること。

これは、一方が花嫁を出すのでは、対等ではない。

互いに花嫁を送るべきだという条件である。


それにもし結婚した両名に何かあっても、もう一組結婚していれば同盟を続けられる。

その夫婦も血族であれば結び付きは、二重に強固な関係性と成り得る。


これも妹がいるミゲルレッドを念頭に置いている。


最後に余計だが。

名実ともに騎士国の象徴に相応しい騎士であること。


これもミゲルレッドを指名していた。

ベルンフォーンからミゲルレッドが選ばれるのは、完全な出来レースだ。


この条件でセパントスの有力な家系から5つか6つは、候補が浮かんでくる。


「思い当たるのは…。

 プロイルニア伯サルゴン家

 バザロン伯キュヒル家

 マントリヨ伯ツェレニア家

 リーダ伯ロンスカステラ家

 ザーク伯ラングゴルサ家

 ルスムマーチ伯コベルセロナ家…。」


ミゲルレッドは、思い当たる家名を述べ上げる。

どれもセパントスで屈指の名家である。


しかしその途中で父は、怪訝そうに


「ん?

 …ロンスカステラ家に娘はいないぞ。」


そう唸るように言ってアゼルレッドは、眉間にしわを作る。

しかしミゲルレッドは、真面目に答えた。


「いますよ。」


「……イザベラは、四十しじゅうだぞ。」


父が呆れたように口を真一文字に結ぶ。


「しかし列記としたリーダ伯令嬢です、父上。」


そう言って息子が胸を張って答えるので父は、失笑した。

困った息子だ。


「ふふ、そうだな。」


セパントスの有力者は、ベルンフォーンとの政略結婚に乗り気だった。

あわよくば自分の家がセパントス騎士団総長を世襲できるかも知れない。

きっと彼らは、この機会を巡って暗闘しているだろう。


だがアゼルレッドは、全く違う考えを巡らしていた。

ベルンフォーンもセパントスも滅びるかも知れない。


彼に言わせてみればセパントスの時間は、止まっている。

騎士団領国家は、とっくに時代の役目を終えている。

それどころか教会や貴族制すら民衆は、見限っている。


そんな時代に世襲制が確立するかも知れないと湧きたっているのだ。

まったく呆れた話だった。


「まあ、相手がどうであっても今、利用できればそれでよい。

 後は野となれ山となれだ。


 革命騒ぎを乗り切れば、騎士団領国家の存続もあり得る。

 今後は、市井の民衆を異端審問することになるだろう。」


異端審問や魔女狩りは、中世より近代の方が激しい。

中世は、形だけの改宗で済んだからだ。

信仰心は、蛮族や異教徒の頭に鉄剣を叩きこめば証明できる。


しかし全員が同じ宗教に入信していると人はどうなるか?

誰が不信心で誰が異端かを探り合い、暴き合う。

そして恐怖と猜疑心が社会に広がっていく。


アゼルレッドは、そのことを見越していた。


「……しかしお前、相手は誰でもいいのか?」


アゼルレッドは、息子に訊ねる。

父親として当然の疑問だ。


「私の予想では…。

 プロイルニア伯サルゴン家のエリザギース。」


とミゲルレッドは、答える。


サルゴン家は、セパントス騎士団領国家でも最有力の大貴族と考えられている。

上記の条件も満たしているし、まず順当な選択と言えた。


息子の返答に父は、顎に手を当てて考える。


「むう?

 ………あまり良い噂は聞かんが、それでよいのか?」


「はい。」


ミゲルレッドは、胸を張って平然と答える。

しかし父は、納得しないのか首を左右に振った。


「うむ。

 だが彼女だとエステの相手は、キュンバルト。

 既に結婚しておるが?」


エステゲルドとは、ミゲルレッドの妹。

まだ14歳の身である。

父にとっても兄にとっても溺愛の対象だった。


しかしこれは、政治の問題。

そうミゲルレッドは、確信していた。


「政略結婚ですよ、父上。

 サルゴン家は、セパントスでは屈指の名門貴族です。

 やはり最有力候補になるのでは?」


息子がそう主張すると父は、首を横に振る。


「私とて不本意な結婚を強要したくはない。

 同盟を確固にするにもな。」


意外にも我が子たちの結婚に心を砕く父。

ミゲルレッドにとって普段見られない父の姿だった。

彼の父に対する冷徹な権謀術数に長けた君主というイメージは、正しくなかったらしい。


はじめ自分を試しているのだと思った。

だが父王は、本心から利益だけのために結婚を進める気がないようだ。


「では、父上は誰が良いと?」


「ルスムマーチ伯コベルセロナ家のチェーザリアだ。」




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