しほさんと空模様
「やあ。買い物帰りかい」
土手沿いを歩いていると灰色タートルネックシャツに群青ジーンズのお姉さんに話しかけられた。
「ええ、今日は天気がよくて気分がいいので、少し遠回りを」
「……一面の曇り空だけど?」
「俺は暑さが和らいできた頃のよく風の通る日が好きなんです。過ごしやすいですからね」
「ふーん、そんなもんか」
しほさんは探し物をするように辺りを見渡す。
人の通りでも眺めているのかもしれない。
すぐに飽きて、僕が提げていたビニール袋を漁り始めた。
「何してんスか」
「目ぼしいもんでもないかと思ってね」
やがてブドウ味のグミを取り出すと、勝手に封を切って、紫色の粒を口に放り込む。
「んむ、ウマい」
「勝手に食いやがった……」
しほさんは「わっはっは」と感情のこもらない声で云った。
そのまま、もう一粒取り出して、僕の口に無理やり押し込んだ。
「どうだい。アパートの外の空気はおいしいかい」
「ブドウ味です」
「今日は雨でも降りそうだねえ」
「夕方かららしいですよ」
「今何考えてる?」
「世の中って、結構勝手に回ってるもんだなあ、と」
むぐ、そうかい。
しほさんは絶えず人が買ったグミを食べ続けながら応えた。
「孤独ってのはなんなんだろうね。一体なんの使命があって、人間をこんなにも苛むのか」
「神様の悪戯か試練……とでも答えればいいですか? 俺からすれば、どうだっていいですけどね。そんなノスタルジィは」
「野暮」
「暇人が暇であることを自分に隠そうとしてるってだけのことじゃないですか。『孤独』と書いて『非充実』と読みます」
「ヤボヤボヤーボ」
「投企――自分の可能性の追求、でしたっけ。それこそ暇人に対する処方箋みたいな考え方ですよね」
「ああ、前に話したね。君は本当に記憶力がいいな」
「前にしほさんからその言葉を教えてもらって、いろいろ考えたんです。思うのは、『可能性』ってやつがそんなに大事なんだろうか、ってことです」
「どういう意味だい」
「よくある表現じゃないですか。『未来を変えるために』っての。こんだけ科学が宗教みたいに信奉されてる世界で、結果に対して必ず原因が存在する自然観の中で、それでも人は『未来』に対する自由と意志を信じてる」
「ああ、そうか。君は運命論者だもんね」
「ええ。とかく、俺は自分の過去にしか興味がない人間なんですよ。未来ってのはどうなるかは分からないけど、どうせどうにかはなる。そんな自分の意志と関係のなさそうなものよりも、既に自分の中にあるものの解釈をこね回していた方が、楽しくて自由って感じがするじゃないですか。なんのために、と云われたら、俺は自分の過去を変えるために今を生きてんです。俺の人生がどんなものでも、終わりがよければ、全部よかったように思えるんじゃないかって。そのために地に足を付けて生きようとしてるんですよ」
「いいことじゃん」
「ええ。いいことです」
「でも、君の云う『過去を変えられる』人間というのは、得てして『未来を変えよう』としている人間かもしれないよね」
「そういう野暮なことを云うんなら、この話はここまでで」
しほさんは「きゃははは」と笑った。先ほどのとは違って心底楽しそうな笑みだった。
「そうそう。ちなみに天気の話だが、私は嵐の日に外へ出て雨に打たれるのが好きだ。『ショーシャンクの空に』ごっこすんの」
▲▲~了~▲▲