実験都市
「本当によろしいのですね」
口頭で三回、文書を含めれば七回目の確認。
これが正規の手続きだと分かっても流石にウンザリしてくる。
「えぇ、もちろんです。僕はこの実験都市のモルモットになることを希望します」
23世紀、地球上を長らく支配してきた資本主義は遂に決定的な破綻を迎えた。
人類の下位50%を合わせた以上の金を上位0.1%が独占するような社会が上手くいくわけないと
子供でも分かりそうなものだが僕たちの祖先は想像以上に頭が悪かったらしい。
しかも彼らは「もしも資本主義がダメだったら次はどうするのか」すら決めていなかったのだ。
いくつかの提案がなされ実行に移された。当然のようにそれは失敗した。
人類の幸福な存続に関する問題が一夜漬けでどうにかなるわけもない。
一部の国は「やはり資本主義は正しかった」と時計の針を戻したがこれも失敗。
針を戻した資本家たちは時計塔の上から吊るされた。
この未曾有の危機に対処するべく建設されたのが実験都市だ。
都市の住民はモルモットになることを希望した志願者たちで構成され
24時間のモニタリングを受けながら都市の指定したルールに従った実験的人生を送ることを強制される。
与えられるルールを拒否されることは出来ず、一度入れば死ぬまで解放されることはない。
まさに実験動物だが市民には代償として日々の生活に困らない保証が与えられる。
この条件が割に合うかどうかはその人の生まれ育ちや考え方によって変わるだろう。
僕は断然ありだ。だって働かなくていいんだぜ。
この絶望的な時代に遊んで暮らせる以上の幸福があるものか。
もちろん色々と不便に見舞われることだってあるだろう。
「健康な生活を送る人生」ではジャンクフードは食べられないし
「生涯独身を貫く人生」なら結婚も出来ない。
だが構わない。自慢じゃないが僕は怠け者なのだ。
他の連中のようにブラック企業で夜中まで働くなんて真っ平ごめん。
「それではこれで手続きは完了です。実験都市へようこそ」
オペレーターに案内されて入った部屋は流石は実験都市というべきか風変わりなものだった。
四方全てがコンクリートの壁で窓がないのだ。
何となく不安な気持ちになるがこの程度は想定の範囲内。
物寂しさはあるがそれは調度品などを飾って補えばいい。
それに夕食の時間になると不安は喜びで完全に吹き飛んでしまった。
ボタンを押すだけで好きなものが食べ放題なのだ。
おまけにベッドもフカフカ。何て幸せなんだろう。
僕は未だかつて味わったことがない柔らかな布団の感触を楽しみながら明日からの新生活に心を踊らせた。
翌日。身の回りのものを揃えに出かけようとしたところドアが開かない。
おいおい、初日から故障かよ。
僕はセンターへの連絡ボタンを押した。
「すみません、部屋のドアが故障して開かないんですが」
「あぁ大丈夫ですよ。それは故障ではなく仕様です」
「え?どういうことですか」
「今日からあなたがこの実験都市で行う実験的人生は何もしない人生です。
食事と睡眠以外は何もしないでお過ごしください。それではよい1日を」