白雪姫は目撃する
「これ出したらはやく帰ろっと」
廊下を歩きながらぽつりと独り言を漏らす。本当なら今日のお昼休みにでも出そうと思っていた数学のプリント、科先生に頼みごとをされたせいで結局出すのが遅れてしまった。休み時間に行こうかなとも考えたのだが、クラスの人に話しかけられ、その人たちとお話しをしていたせいで行くことが出来なかった。まぁお話と言っても私は基本聞くことがほとんどで話すことは少ないのだけど。
それにしても今日は拓人に会えるとは思っていなかったからちょっとびっくりしたなぁ……。
お昼休み、廊下でたまたま拓人と鉢合わせた時のことを思い出す。図書室以外で話すことは滅多にないため少し新鮮だった。運が良いことに、周りに誰も人がいないという状況だったため白雪姫モードを解除して話せたが、もし周りに人がいたら敬語で他人行儀な振る舞いをされていたと思う。もしそうなったとき、敬語で話す拓人の違和感に耐えられるか心配である。途中で吹き出してしまいそうで怖い。
図書委員会で同じ当番。たったこれだけの関係値だったのに今となっては唯一本当の自分を曝け出せる、白雪姫ではなく白雪凛花として振舞える存在。自分でも彼との関係が少し歪だなとは思う。
この関係を生み出した張本人であるからこそ、この関係を受け入れてくれた彼にはとても感謝している。ただ口に出して感謝するのは恥ずかしいし、「急になんだ?」とか思われそうで怖いから黙っておくことにするけれど。
「あ……拓人…!?」
拓人が女の子と話している姿を見て思わず物陰に隠れてしまった。
拓人が……女の子と喋ってる!?というか拓人って女の子の知り合いがいたの!?あ、これはちょっと失礼か。拓人にも女の子の知り合いくらいいてもおかしくない。それでも驚きは隠せないけれど。
「というかなんで私物陰に隠れちゃったんだろう……」
とっさに物陰に隠れてしまったが、別に隠れる必要はなかったのではと今になって思う。どうしてこんなことをしたのか自分でも理解できないが今から何事もなかったのように出ていくのは、それはそれで違う気もするので少しの間隠れておくことにする。
「あれは……嶋村さん?」
小豆色の髪と紫色の瞳を見て気づく、拓人と話しているのは同じクラスの嶋村若菜さんだ。とても元気な女の子という印象が強い嶋村さんがどうして拓人と話しているのだろう。拓人とはかなり逆の性格をしているのに……いったいどういう関係性なのだろうか?
「も、もしかして……つ、付き合ってたりとか!?いやさすがにそれは……いやでも絶対にないというわけでは……」
嶋村さんとは話したことはあるが軽い世間話だったり、そもそもあんまり話す機会が無かったりと彼女のことについては知らないと言っても過言じゃないほどに情報がない。ただ元気で明るい女の子という印象しかない。そもそも私が人に深く干渉しないからというのもあるかもしれないが。
拓人と嶋村さんがどのくらい仲が良くて、一体どのような関係性なのか自分の頭の中で想像することしかできないのだ。
さ、さすがに付き合ってるとかはない、と思う。だって拓人本人が恋愛には興味がないって言ってたし……。でももし仮に嶋村さんと付き合っているから他の人には興味がないというニュアンスだったら……?
絶対にないと言い切れない。その可能性は十分にありうる。だってあんなに楽しそうに話してるし……それになんかちょっと距離が近い気がしなくもない。
「付き合ってたりする……のかな?」
小さな棘が刺さったような痛みを感じる。本当にちょっとした痛みだ。爪楊枝を指に軽く押し当てているくらいの微量の痛み。その程度の痛みなのにその痛みからは想像もできないほどの苦しさを感じる。
分からない。何なのだろうこの痛みは?今までの人生で感じたことのない痛みだ。もやもやとした気持ちでもあるし、悲しいような切ないような気持ちでもあるし、ほんの少しむかむかする気持ちでもある。私の中に存在するバラバラの感情が一気に溢れかえり、どう形容していいのか分からない感情に襲われる。
ただその中で一つだけ分かることがあるならば、良い気分ではないこと。むしろ少しだけ不快な気分であるという事だけだ。詳細不明な感情が込み上げてきた私は楽しそうにしている二人から視線を外し、自分の心へと意識を向ける。
私は自分の容姿が優れているということは知っている。そのため男子からそういう目で見られる時があるのも感じている。でも拓人からは一切そういうのを感じなかった。だからこそ私は──って今はいいや。私のことをそういう風に見なかった理由が彼女がいたから、なら確かに納得がいく。
拓人と嶋村さんの関係性について持ちうるすべての情報を生かして考察していく。
嶋村さんは確かにかわいいし、いい人だもんなぁ……あれ?でも拓人彼女いないって言ってたような、言ってないような……。ど、どっちだっけ?もう、どうしてこの重要な情報だけ抜けちゃってるの!私のバカ!
一番知りたい内容が頭からすっぽり抜けてしまっている自分に怒りをぶつける。前に絶対聞いたことあるはずなのに……!!
で、でもこの前私のこと可愛いって言ってたし、だとしたら彼女いないのかな?ただ恋愛に興味がないだけ?嶋村さんとはただ友達ってだけかもしれない……でもあんなに距離が近いんだよ?うーん……もうわかんないよ!!
あれこれ考えるも最終的に分からないという、なんとも頭の悪い結論に到達してしまう。
というかそもそもなんで私拓人の人間関係でこんなに頭を悩ませてるの?別に拓人が誰と話してようが誰と仲が良かろうが私には全く関係ないじゃん!それに私さっきも思ったけどなんでこんな物陰に隠れてるの?誰かに見られたら変な噂が流れちゃうかもしれないのに。はぁ…私何やってるのかなぁ……。うん、多分脳が疲れてるんだよきっと、そうに違いない。
深呼吸をして自分の頭と心を整理する。今日は多分疲れているだけ、早くこの数学のプリントを出して帰ろう。そう思い、隠れていたところから一歩を踏み出すと目の前に小豆色の髪が現れ、視界を覆う。
「あ、ごめん!白雪さん!!大丈夫?」
拓人と話し終わったのか、こちらへと歩いてきていた嶋村さんと顔を突き合わせることになる。
「だ、大丈夫です。こっちこそごめんなさい、ちょっとぼーっとしてました」
「ううん、こっちが悪いから気にしないで!」
「……あの」
お互いに謝罪し、一件落着。そう思い、職員室へと向かおうとしたが、こちらをじーっと見つめる嶋村さんに耐え切れず思わず声を出してしまう。
「あっ、ごめんね?急に見つめちゃって。それじゃあね白雪さん」
「あ、はい。それでは嶋村さん」
え、何々!?なんでそんなにじっと見てきたの?も、もしかして拓人に私のこと何か聞いたりした!?え、本当につきあってたりするの!?牽制の眼差しだったの!?
嶋村さんとの間に生まれた謎の数秒間に私は混乱した。
若菜「白雪さん間近で見たけどめっちゃ可愛いかった〜」




