6:何よりも好奇心を満たすために
「さて、ここがヴァジュウェギュシェミュミョです」
「やっと到着かぁ…」
うん。やはり想像していた娼館と呼ばれるものとは大違い。
何で異世界ものなのに和建築なんだよ。どこから伝わってきたんだこの文化。
しかしなんだろう。蘇った記憶の中にあるお爺ちゃんの家に似ているから、少しだけ安心感がある。
立派なお屋敷風の家だったな。庭があって、池には鯉が泳いでいた。
相当金と手間が動いたんだろうなぁ…と思わされる家。
若い頃のお爺ちゃんが必死に働いて建てた「理想の家」なんだよって、お母さんが言っていた記憶までしっかり思い出させて貰っている。
そう思うと、非常に申し訳ないな。
…頑張って建てたらしい祖父の理想を、娼館扱いするのは流石にね。
「ところで、ノワ・エイルシュタット」
「んー?」
「こ こ の 名 前 は ?」
出たよ。絶対にこのタイミングだろうなとは思ったけど。
エミリーの手には万年筆どころか彫り用の針とインクまで握られている。
間違えたら私の身体が大変な事になるのは確定らしい。
ちなみにだが、この世界の温泉も入れ墨が入っていたら利用禁止だ。
万が一、万が一にでも間違えてみろ。
ヴァジュウェギュシェミュミョなんて、娼館の名称を身体に刻まれる屈辱と、私とアリアの温泉ライフの剥奪。
最悪の未来が今、目の前まで迫っている。
…ここは「インチキ」しようか。
「あ、魔法は使用禁止ですからね。記憶力、または滑舌をよくしようなんて甘い考えは捨ててください」
「滑舌がよくないと言いにくいって自分で言うなって」
「いいえ、何も言っていません」
魔法を禁じてきた時点で、それは滑舌がよくないと言えない名称ということなんだよ、エミリー。
しかし、そうなると…何食わぬ顔ですらすら述べる彼女は、毎日毎日ご丁寧に家の名前を覚える為に練習をしていたということになる。
「あ、ああ…ええっと、ヴァ、ジュ、ウェ、ギュ、シェ、ミュ、ミョ…だったかな?」
「早さに不安はありますが、一応言えているのでお咎めなしとしましょう。残念ですが」
「おい」
「では、そろそろ入りましょうか。ただいまー。まだ皆寝てる?」
娼館にそんな勢いで入るのか!?
…いや、思えば彼女にとってここは家!マイハウス!このノリが当たり前であるべきだ。
「…誰も出てこないね」
「まだ寝ているのかもしれませんね。今は昼間なので」
「昼間に寝てるって」
「仕事は夜ですから。わかっているでしょう?」
「そうだった」
誰も出迎えてくれない玄関で立ちんぼをしているわけには行かない。
とりあえず上がろうかという話になり、私とエミリーは靴を脱いで、館内に入り込む。
「そういえば、エミリー」
「どうしました?」
「よくこの場所の名称、すらすら言えるよね」
「言えるようになってください」
「いや、君も相当時間をかけたでしょう?それぐらいは見逃してほしいよ。ってそうじゃなくてさ。君、なんで店の名前を覚えようと思ったの?」
「それは、簡単なことです。家の名前がわかれば、そこに帰れるではないですか」
「…ふむ」
そういえば、ここは一応娼館街という扱いだったな。
普通ならば迷子は保護される。
けれどここでは、身元がわからない子供が行き着く先は…考えたくもないな。
「なるほどね。生きるためには必要だったということだ」
「そういうことです」
「住所を覚える感覚に近いのかな」
「住所?」
「す、住んでいるところや、所在地の事だよ。例えば、アリアの実家がメルクリア王国の農耕都市リーア、緑の屋根の大きな家…みたいな感じで、都市と場所と家の特徴を並べたもの。師匠が言っていたんだ」
うっかりしていた。アリア…永羽ちゃんと話すノリで口が滑った。
この世界に住所という概念はない!
だからこそ、名称を覚えるという行為が重要なことなのに…あはは。またうっかりやらかした。この世にいないライオンを言っちゃって私に疑念を抱かれた永羽ちゃんのことをもう笑えない。
とりあえず、全責任は師匠に押しつけておこう。
師匠とエミリーが会うことは絶対にないし、師匠が言っていたということにしておけば、大体のことは解決する…はず!
「へぇ…本当に、貴方の師匠は知らないことばかり言いますね」
「わ、私も師匠のことは知らないことが多いからさぁ…どこでその知識を仕入れてきたのかわからないし、なんで私に吹き込んだのかすらわからないけれど、まあ…面白いことばかりだから」
「そういえば、貴方の師匠ってどんな方なんですか?」
一瞬、その場の空気が凍った。
いつもなら「そうですか」と済ませるはずなのに、何故今日に限って踏み込んでくる。
暇なのか?暇なのか、エミリー・エトワンス!
「ど、どうしてそれを?私や、私周辺のことは君、興味がないだろう?」
「いえ、貴方のことが気になるだけです」
少しずつ、少しずつ歩み寄る彼女からは嘘を感じ取れない。
魔法での判定も…白だ。彼女は嘘を吐いていない。
それでもなんだろうか、この違和感は。
本当に知りたいだけなのか?
「それともなんですか?話せないような、不都合なことがあるのですか?」
「いや、そんなことはないよ。何が聞きたいのさ」
「貴方の師匠は、どんな方のですか?」
「…師匠は、どこにでもいる魔法使い。攻撃魔法が得意で、様々な書物や歴史を学ぶのが好きな人」
「へえ、貴方とは真逆の人のようですね」
「性格悪いよ?」
「貴方よりはマシでしょう?性別は?」
「…男。容姿は男に見えないって言うか、よく言えば中性的な部類。見間違う可能性はあるかも。私も最初間違えたし」
師匠との出会いは病室だったけれど、実際に知ったのはテレビがきっかけだったな。
綺麗な女の人だと思ったのに、実際は男だと知り落胆した。その記憶は無駄に消えることなく残り続けている。
「名前は?」
「なんでそんなことまで教えないといけないんだよ。師匠の個人情報だよ。プライベート!勝手に教えたら、雷が落とされちゃうよ」
「まあまあ、すぐ側で聞いているわけではないのですから。純粋に、気になるだけなのです。後で私の師匠のこともお話ししますから」
「龍族の…だっけ?まあ興味はあるね。龍族は滅多にお目にかかれないし…」
好奇心を満たすために師匠を売るか…。
うん、売ろう!師匠の個人情報、プライスレス!
どうせメディアに露出しまくった師匠の個人情報なんて安いって。実家の住所も現住所もしっかり特定されていたし。売ってしまおう。私の好奇心を満たす方が優先だ。
「師匠の名前は椎名譲。まあ、なんていうか…大海の先から来たのは確かっぽい。それ以上はわかんないや」
メルクリア王国等が存在し、私たちが住まうこの大陸は周囲を海で囲まれている。
その先のことは何も知らない。
大海の先と呼ぶそこには誰も到達しないし、その先から何かが来ることはない。
だからこそ、カモフラージュとしてはちょうどいい。
「言語は通じるっぽいけど、綴りもこの国で使っているものとは全然違うもの。漢字とか言うものを使うから」
「へぇ…」
「師匠の話は終わり。今度は君の」
「あら、エミリー。帰ってきてくれたの?」
ふと聞こえてきた声は、耳に届いた瞬間に「その人物へ視線を向ける」ように指示を脳に届けてくる。
一言一言が甘く、脳に溶けて、操ってくる魔声の持ち主。
なるほど、これが夢魔。
初対面なのに、些細な仕草の一つでも好感を覚えてしまう。
全てを委ね、捧げたくなる。
…意識を保て、私。ここでこいつに取り込まれる訳にはいかない。
「ええ。貴方こそこの時間帯に起きているなんて珍しいですね、リラ」
「エファルが手紙を出していることは知っているもの。貴方がいつ帰ってきても出迎えられるよう、ここ最近は昼も起きているようにしていたの。来てくれて嬉しいわ。あら」
「…エミリー、彼女は?」
「もしかして、お友達?」
「ま、まあそんなところです。今回の依頼を手伝ってくれる、同級生。ノワ、こちらが先程話していた今回の依頼人。リラです」
「初めまして、ノワ。エミリーと共に遠路はるばるこんなところまでありがとう。あら、貴方…もしかしなくても、勇者と一緒にいるノワ・エイルシュタット?」
陶器のような白い肌は薔薇色の熱で彩る金髪の女性。
彼女がリラ。本来なら「敵」として対立するはずだった存在。
想定していたよりも早い登場だ。対策はまだできていない。
こっそり、精神保護の魔法を自分にかけて、改めてリラと向き合う。
これから彼女とは長い話をすることになるだろう。
彼女は私たちに依頼内容を話す必要がある。
私は彼女の目的と企みを探らなければならない。
…彼女が持つ声に意識を奪われないよう、気をつけないと。




