21:砂中の取引
「な、なんで…?なんで?」
「いやぁ、時雨さん。人まで手中に招くことができるんですねぇ」
「心臓を奪えている時点で察してください。格下相手ならば、私に奪えないものはありません」
「で、その子誰?」
ナイフを突きつけられている砂の精霊。
少女のような身なりをした精霊は、砂色の瞳に大粒の涙を浮かべ、怯えた表情でナイフと時雨さんへ交互に視線を向ける。
そして時折正面を向いては、仲間たちに助けを請う視線を向けていたのだが、ノワがそれを杖で妨害した。
「アイコンタクトなんていい度胸してんじゃん」
「———っ!」
「下手な事はしないでね。私もさぁ、あんまり殺生とかしたくないわけ。理解してくれる?」
「…」
精霊は俯き、目を伏せる。
ついでにノワから口枷もされていた。
念には念をと言わんばかりの拘束だ。
それもそうか。術を使う精霊を捕獲した可能性だってある。
人質に暴れられないようにするのは、当然のことだ。
「時雨さん、なんでこの子選んだの?」
「偶然ですよ。身なりがよく、高貴な雰囲気を持つ…抵抗されても問題ない無力な子供を選んだつもりです」
「なんかお偉い人だったりするかな」
「勿論ですが、私はこの子が誰なのか存じませんね」
「私も存じないよ。アリア〜、知ってる?」
ぬいぐるみを精霊の前に持って言って貰い、顔を確認する。
ぼんやりとした視界だが…近くで見るとその容姿を鮮明に捕らえることが出来た。
砂色の髪。それと同じような瞳。
幼子のような姿を取る精霊に、私は見覚えがあった。
『た、確か…その子、いやその精霊は』
これは原作の知識ではない。アリア・イレイスとして生きてきて得た知識だ。
お父様が本で教えてくれたこと。
精霊の種族は多岐に存在し、それぞれが異なる事象を司る。
しかしその精霊たち全てに共通していることがある。
それが…「母の直系」であり、母の子である精霊の統率者。
『貴方は、砂の精霊女王ピリカ…よね?』
「…驚いた。まさか私の正体を見抜く者がいたとは」
その名前に反応した精霊は、作っていた表情を一気に崩す。
見破られるなんて露ほどにも思っていなかったのだろう。
「力を抑えて油断をさせ、隙を見て…全員始末するつもりだったのだがな」
「そんな上手くいくわけないじゃ〜ん」
「出来るかどうか試しますか?」
『二人とも、煽らないで…』
精霊たちは母と呼ばれる原点…例えば太陽の精霊であれば、太陽神フレアルテが生み出す陽光から。
砂の精霊であれば、大地の女神グラウシュペリアから生み出された砂から…と言うように、司る対象から誕生する。
司る対象を母とする精霊たちは種族によって異なるが、基本的に無性である。
どこからともなく産まれるが、一体だけ、明確に女性として産まれる個体がいる
それが精霊女王。母の次に偉い存在であり、母に代わり精霊たちを束ねる存在だ。
実際に見たことはなかったけれど…砂の精霊女王の肖像は精霊に関する書物で見た覚えがあった。
ちょうど、目の前にいるピリカと同じ。数百年前の肖像画と何ら変化がない。
…今回は彼女が演技をしてくれていてよかったと思う、
彼女はか弱い少女の演技から、この状況をいかに脱するか。統率者らしい面立ちを浮かべていた。
肖像画とは異なる、鋭い顔つき。
その顔をされていたら、きっとわからなかった。
「うへ〜大物じゃん。どこがか弱そうなんだよ〜。判定ガバガバじゃん!」
『とんでもない精霊を捕獲しましたね…』
「あら。奪えている時点でこれも「格下」…ですよ?」
「『怖いこと言うなぁ…』」
「さて、ピリカと言いましたか。貴方の心臓はいつだって私が握りつぶせる。つまり、生殺与奪の権利はいつだって私の中にあるということです。後は、どうしたらいいかわかりますね?」
「っ…!ぶ、武器を収めろ…。こいつらに危害を加えるな」
時雨さんが何かをピリカに耳打ちすると、彼女は怯えた声で周囲の精霊に指示を出す。
彼女の声に従い、精霊たちは武器を収めてくれた。
「慕われているんだねぇ」
『精霊女王は母の次に偉い存在だもの。殺される事があれば、それは種族崩壊の危機』
「どうして?死んだら内乱が起きるとかそういうの?」
『精霊女王は二度誕生しない。精霊女王が滅べば、統率を失った精霊たちは数年もしないうちに死に至るわ』
「なるほど。アリみたいなものか」
『…まあ、そういう感じではあるけれど』
「その例えを張本人たちの前でするのは悪手でしょうに…」
一応、一応だけれども…この世界にはアリが存在している。
もちろん、砂の精霊である彼らもアリの存在は認知しているだろう。
…つまり。
「…我々があの下等生物と同等であると?」
「だって習性アリとほぼ一緒じゃん。違いは喋るぐらいでしょ」
「…下等生物は飛ばないが」
「羽蟻のことを、忘れないであげてほしいな…?」
アリと似ていることを訂正させるために異なる部分を述べたが、さらにそれが悪手を生む。
…そういえばこの世界、羽蟻がいた。
これまたお父様から教えて貰った。
前世とは異なる性質を持つ羽蟻が…生物の糞を集めて巣を形成するらしい、羽蟻が。
『ノワ、それは流石にまずい』
「ん?」
「貴様っ!我々が他種族のクソを集めて!巣を形成している下等生物と同等だと!?」
なぜピリカが怒っているのかわからないノワは助けを求めるように私に視線を向ける。
…知らないか、忘れてしまっている事象らしい。
『ピ、ピリカ様!』
「…なんだ、賢き者よ。私は今すぐこの無礼者を始末したいのだが」
『む、無知は罪ではありますが、学ぶ機会がなかった者を無知と貶めるのはよろしくないかと!今一度、知恵を享受し、彼女に己の過ちを悔やむ機会をください!』
「…いいだろう。待ってやる」
『寛大なお心!ありがとうございます!ノワ!耳!』
「あいあいさー」
とりあえずピリカに止まるように進言し、ついでに襲いかかろうとしている配下の精霊も抑えて貰う。
それからノワにこの世界の羽蟻に関する話をしておいた。
『と、いうことです。この世界の羽蟻はそういう性質があります』
「うわぁお。そういうのは先に言ってほしいな!」
『言うなんて思っていなかったもの!』
「でも、私にとって君たちは下等生物であり、滅すべき害虫だと思っているよ」
ふざけた態度から一変。魔方陣をさらに主張するように輝かせた彼女は、周囲に水滴をさらに浮かばせる。
「私たちはいつでも「働き蟻の駆除」および「女王蟻の頭を狩る準備」が整っている」
「何が望みだ、愚者。仲間が手に入れた機会でさえも無駄にしたお前は、どれほどまでに我らの誇りを踏みにじる気だ?」
「…魔術職の精霊を出せ」
「理由は」
「足りない脳みそでひねり出して見せろ」
ピリカはその言葉に一瞬おののきつつも、静かに思考を巡らせる。
しかし、彼女に答えを出すことはできない。
「…わからない」
「私の相棒が、お前たちに砂へと変えられた」
「本望だろう。母の砂へと還ることは、数多の生物の幸福———」
だから、と言う前にピリカの頬へ何かが飛来する。
彼女の頬を切り裂き、緑の血を滴らせた。
それが水鉄砲として形成された水滴であることは、あらかじめ魔法を見ていた私と時雨さんしか認識していないようだった。
「…なんだ、これは」
「無駄な事は言わなくていい。それにアリアはまだ生きている。還るべき日は今日でも一年後でもなく、もっと先だ!」
「っ…」
『…ノワ』
「さっさと戻せ。次はお前の頬じゃ済まさない。配下の首を順に落とすからな!さっさとしろ!」
「なぜ…私ではなく家臣を狙う」
「お前は気高いだろう?自分が傷ついても泣き言すら言わない。そんなお前を苦しめる行為としては、お前ではなく家臣を嬲るのが一番だと思ったからさ」
「もしも、お前が誤って…術者を殺したら、どうする気だ?」
「その時は私が責任を持って術を解除するまでだよ。私はできる」
「…太陽の精霊を守るような、愚かな人間の娘を?」
「まだ減らず口を叩くか。私がここを襲ったのは相棒を砂に変えたお前たちの報復だ。皆殺しにしてもいいんだぞ?」
「…いいだろう」
「賢明な判断は、できたらしいね」
「あの女には、お前のような厄介な相棒が存在したのだな…」
「その厄介な女をお前はさっきまで「賢き者」と称していたよ。賢いんだぞ、うちのアリアは。だからこんなことになるのさ」
「ほう…。じゃあその鳥の形代の中に」
「お前達が砂にした女の砂が入ってまーす」
『なんだか、ごめんなさい…』
「そうか。あーあ…狙うべきではなかったな。ピルシェゴール」
「お呼びでしょうか」
「前に出て術を解除してやってくれ。この人間の望みは、あの少女が人に戻ることだそうだから」
「御意」
ピルシェゴールと呼ばれた精霊が前に出てきて、ノワを見上げる。
「砂は、お持ちか?」
「もちろん。アリア、背中裂くね〜」
『痛くないといいけど…』
「大丈夫。魔法解除してから裂くから。痛くないよ」
魔法を解除した瞬間、私の意識はぬいぐるみから空中へ漂い始める。
ノワはそのままぬいぐるみを引き出し、羽毛の中から砂の入った小瓶を取りだした。
それを預かったピルシェゴールは不思議そうにそれを四方から眺めた。
「この砂、少女の身体であることは間違いない。しかし、なぜ先程まで会話を?砂なのに」
「このぬいぐるみの中に憑依させていたんだ」
「長年生きて来たが、初めて見たぞ」
「砂化の術を教えてくれるのなら、後で憑依魔法を教えてもいいよ」
「いいぞ」
『いいんだ…』
二重の意味で、だ。
ピルシェゴールは重要そうな術の仕組みを教えていいのかと思うし…。
ノワは、一応今後対立するはずの砂の精霊にとんでもない魔法を教え込もうとしているし。
…今後、大丈夫なのかな。
「いいのだ。知識は貴重なものだからな」
「楽しみだね、砂化の魔法。改良したら他の物質にもできるかも…ふへっ」
技術の事は横に置き、新しい知識の開拓に興奮を隠せていない賢者と術者を横目に、私は大きなため息を吐いた。




