19:アリア羽毛100%
「…いやぁ、あのデブ鳥は枕やってるだけあるね。羽毛だけでもふわふわだわ。最高級だわ〜」
『ちょっ、ノワ。もにょもにょしないで。くすぐったいを通り越して痛い。痛い』
「ちなみに譲さんはピニャ君を抱き枕にして寝ています」
こう、だいのじにして!と両手を大きく広げてイメージをさせてくれる。
あの体勢だと…背中に抱きついているのかな。
「あ〜。師匠身長低いもんね。あの鳥にも抱きつけるわけだ」
「ちなみに譲さんの身長はインチキブーツで172cmです。なければ約170cmですよ。正確には169.9cmですが」
「師匠身長コンプ持ちでしょ!?時雨さん鬼過ぎでは!?」
「身長コンプは言い過ぎですよ。譲さんの周りにいる男性の身長が軒並み高いので…普通ぐらいはあるはずの譲さんがさらに身長を望んでしまう悪循環を生んでしまっているのです」
『ちなみに参考は』
「紅葉君が184cm、夜雲さんが181cmですね。和夜君も178cmはあったはずです」
「親友と悪友がでかいのは知っていたけど、時雨さんの双子の兄も育ちすぎでしょ」
「本当です。無駄に育ちやがったなと思っています。贖罪として和夜君は譲さんに身長を削り、与えるべきです」
それは与えられた椎名さんも、削られたお兄さんも悲しいのではないだろうか。
お兄さんの扱いも酷いし。
「時雨さんはお兄さんのこと何だと思っているの?」
「そうですね。私が小さい頃から築き上げた譲さんとの関係を、和夜君は颯爽といいとこ取りしたんですよ。二人で譲さんに償う人生を送ろうねって約束したのに和夜君は抜け駆けをして一足早く一人で大社の入社試験を受けて、譲さんの秘書官にまで上りつめていたんですよ。これを裏切りとしてなんと言うべきか…」
ノワと顔を見合わせる。
どうやら特大の地雷を踏んでしまったらしい。
「あまつさえ私でも知らないような譲さんのうたた寝、お仕事中、生着替え、お風呂、執務室に入っている謎のゴミとか一人で堪能して!ふざけているとしかいいようがありません!あいつは裏切り者なんです!」
『ど、どうしようノワ。これ以上うるさくされると困ったことになりそう』
「…ヒートアップしてるもんね。ここは私に任せな」
ノワは小さく咳払いをして、颯爽と時雨さんの側に寄る。
そして耳元でそっと小さく呟くのだ。
「…でも、師匠からの好感度は時雨さんの方が上ですし、それにお兄さんは師匠と子作りできませんよ?」
「…!」
「師匠と理想の家族計画ができるのは時雨さんだけの特権ですよ。世界で一人だけの特権…言ってしまえば、時雨さんの立ち位置は得すぎなのです。それぐらいは許してやるべきですよ。なんなら副産物で兄が自慢してきた光景も得られるのですから…まあ、時雨さんの努力次第ですけどね」
「ノワ…いいえ、一咲さん。貴方は図書館訓練時代も性格クソで態度も横暴だと思っていましたが意外といい人ですね」
「その発言は聞かなかったことにするから…とりあえずこれで満足したでしょ?黙ってくれる?」
「ええ。気が落ち着きましたので…お騒がせしました」
「恋愛馬鹿は扱いやすくて助かるわ〜」
ぼそっと呟いた声と、哀愁漂う顔は私の心の中に留めておこう。
「それと、誤解があるようなので一応述べておきますと、譲さんは私にあわせて身長が低めなのです。神は私に理想を与えてくれました」
「話を戻すな」
椎名さんのコンプレックスをどうでもいい物のように、時雨さんは満足そうな笑みを浮かべていた。
「いいですか、ノワさん。アリアさん。キスをするのに理想の身長差は15cm。私の身長は155cm。理想中の理想なのです」
「また始まったよ。恋愛脳モード。そろそろまともに戻ってくんない?声につられて出てきた精霊を潰すの、そろそろだるくなってきた」
『いるの!?』
「あ、目はよくみたらボタンだ。これは目の代わりを成せないね…視界もぼんやりしているのかな。ごめん、うん、精霊いるから。身体に変な感覚があったら言うんだよ。ひっついてるかもだから」
『わかった。ありがとうね、ノワ』
「いいって。気にしないで。それよりもまずはこのおバカから対処しよう」
『う、うん…』
「そういえば、貴方たちの身長差も15cmではありませんでした?」
「永羽ちゃん、生前何センチだった?」
『立てた時代に測ったのが…151cmだったかな。一咲ちゃんは?』
「私、周囲よりは若干高くて165cmだったんだよね。身長差は14cm、惜しいね」
「いや、私が言っているのはアリアとノワとしての身長差です」
ふと、自分たちの身長を思い出す。
私は一応まだ性徴期がまだという設定だったはず。
『私は今…1cmもあるのかな』
「砂状態よりは、ぬいぐるみの高さで考えた方がよくない?20cmかな」
『多分それぐらい』
ふわふわの羽毛100%で作られたらしいこのぬいぐるみ。
使い魔ということは魔力を持っている存在だ。
おかげでなぜか体中が魔力に満ちていて、永羽の身体以上に…アリアとしての身体以上に過ごしやすい。
「おほん」
「ああ、すみませんね。確かに、アリアは150cmですし、私は165cm。確かに身長差は15cmですね」
「そうですそうです。大事なことだからしっかりメモを取って覚えてください。キスをするのに理想的な身長は15cm!復唱!」
『き、キスをするのに理想的な身長は…15cm』
「鱚を捌くのにちょうどいいのは刃渡り15cmの包丁…っと」
「なぜ全く違う変換が行われているのですか。ご丁寧に誤訳をメモに取って…」
「覚える気がないからでーす」
頬を膨らませた時雨さんからのパンチを、ノワはにょろにょろと避けつつやり過ごす。
…真面目に復唱したけれど、なんだかやらない方がよかったかもしれない。
でもまあ、変な知識だけど、新たな知識を得た?のかな。
二人がおかしなやりとりをしつつ、奥へ進む姿をぼんやりと眺める。
私は今、ぬいぐるみ。
自分で身体を動かせない。名実ともに「お荷物」だ。
『うぅ…』
「どうしたの、アリア」
『今、私…全力でお荷物だなって』
「いやぁ。お荷物じゃないよ。多分これ、流れは違うけどパシフィカ加入イベントだし」
『え』
「本来なら、パシフィカの性質に合わせて昼間に進行していたようですが、今回は夜間にもイベントが発生するショート版みたいなものですね」
そうなんだ。私、一応これでもパシフィカ加入イベントを発生させることができているんだ。
ミリアとエミリーは残念なことに「ご縁がなかったことに」なってしまったけれど!
パシフィカこそ!パシフィカこそ…!
「まあもちろんイベントだけ無事に終了させて、パシフィカの加入は阻止するからね。今後も私だけに頼ってくれたまえ!」
『追放の為にちゃんとパシフィカをパーティーに加入するんだから、邪魔しないで』
「…」
『どうしたの、ノワ?』
「いやぁ。追放ってワードを久しぶりに聞いた気がして…やっぱりいいね。追放。これがないと、話始まった感じしない。実家のような安心感ってこんな感じかな〜」
確かに、賢者ノワの開始も追放からスタートだけれども…。
私が追放追放言う度に、ノワは懐かしさを覚えたり、物足りなさを覚えたりしているわけなのだろうか。
今回はさらに追放で気合いを入れ始めた。もう駄目だ。
『追放じゃ足りない…追放を超える追放を用意しないと…』
「追放を超える追放って何?」
私の危機感を尻目に、ノワと時雨さんは黙って奥に進んでいく。
開けた場所に辿り着いた瞬間、私たちの前には、大きな砂の壁が現れた。




