12:賢者と略奪乙女
夜の砂漠には月明かりしか道しるべがない。
足下も不安定な環境だ。それに夜になった影響で魔物の活動も活発化。
探すのには不利な環境。
だけど私と時雨さんは師匠がくれた万年筆に宿った魔力残滓を頼りに、アリアを追っていた。
追わなければ、いけないから。
「ふっ!」
「お見事」
魔弾を飛ばし、襲撃してきた魔物を倒す。
数は少ないが堅い。
…甘めの魔弾生成だと、装甲を貫通出来ない。
私は攻撃特化の魔法使いではない。攻撃魔法の威力はそこそこな部類。
しっかり、魔力を込めないと。
実のところ、私は誰かを守りながら戦うという経験が非常に浅い。
いつも単体戦、師匠を相手に魔法訓練。
それぐらいだった。
アリアには言わなかったけれど、あの商団護衛が護衛として初めて戦った日だったりする。
彼女の戦闘経験の薄さに口出ししていたが、私だって大して変わらない。
「せっかくの機会ですので、練習台として付き合ってください」
「嫌です」
「詳細を述べていないのに断らないでくださいよ。護衛の練習ですよ」
「あら、そんなものは必要ありませんよ。貴方は十分戦えています。貴方の稽古をつけた男は誰だと思っているんですか?」
「そりゃあ、師匠だけど」
「あの人に仕込まれたのならば、何も恐れることはありません。譲さんは修行中、実戦形式の訓練しか行っていません」
「…マジかよ。道理で殺意高いわけだ」
「そういうことなので、自信を持ちなさい。二番弟子」
「そういうの、師匠の言葉じゃない?」
「譲さんなら、そう言います。それに自信を持つことは悪いことではありません」
その瞬間、地鳴りと共に魔物が時雨さんの背後に現れる。
大蛇の魔物。鋭利な牙を向き、時雨さんを丸呑みにしようとするが、一瞬で目が白くなった。
口は開いたまま、細かい砂を夜空に飛ばしながらそれは倒れ込む。
「———過ぎた自信は、命取りになる時もありますがね。今は抱くべきものですよ」
「…は?へ?」
砂埃はすぐに血の雨に変換される。
時雨さんの手には、これまた真っ赤な月。
それが蛇の心臓だということを理解するのに、そう時間はかからなかった。
「の、能力…使用中、何も出来ないって…」
「確かに、能力使用中は他のものを奪い取ったり、追うことは出来ませんが…中断したらその限りではないので」
「中断したの!?見失ったらどうすんの!?」
「今回は譲さんの魔力が込められた万年筆を追うので…探しにくいですが、見つけられないことはありませんから…多分」
「そういう不確定事項が発生している中でホイホイ奪星をオンオフするな!」
奪星———それがこの女の星紋。
永羽ちゃんが持つ能力と同系統である、願いを具現化した力。
彼女のように武器化している訳ではなく、時雨さんの場合は左手に宿っているらしい。
…一体どんな願いを抱けば、こんな滅茶苦茶な能力を手に入れられるんだか。
「もしかして、譲さんから聞いていますか?」
「何を」
「私、これでも能力操作が下手な部類なんです。だから左手の手袋を「スイッチ」として機能させています」
「一気に信用を落としてくるなよ」
「あら。元々底でしょう?」
「それはそう」
「もちろん、手袋は能力制御の魔方陣が組み込まれた特注の魔具。これを外せば自然と能力が使えます。加減は必要ですがね」
「能力の詳細は理解した。ところで、時雨さん」
「なんでしょう」
「その砂に投げつけたの、何?」
「何って、その蛇の心臓ですよ?」
「はい?」
前々から「この人何言ってんの?」と思うことはかなりあったけれど、今日のは群を抜いて酷い。
何言っているんだろうか、この人は…。
「魔物相手なら、容赦はせずに済みますね」
「待て待て待てい!」
「なんですか。再び万年筆を探すために能力を発動させたいのですが…」
「いや、なんでナチュラルに心臓奪ってんの?あんたの能力凶暴すぎるでしょ。てか初めて見たんですけど」
「あれ?見せたことありませんでしたっけ?」
きょとんと小首をかしげる仕草が可愛いと思っているのだろうかこの女は。
頬に血がついている影響で、可愛いどころかその絵面は恐怖心を煽られるよ。
「ないよ!強いて言うなら、あんたの二つ名が「略奪乙女」だって事ぐらい…」
「え、そんな臭いあだ名をつけられているのですか…?誰がつけたのでしょうか…」
「普通の人間は二つ名なんてつけられないよ…誇れば?自分の凶暴さを」
「やだ、譲さんに比べたら私なんて全然ですよ」
ああ。確かに、一瞬で死なせてくれる分、温情がある方…って。違う違う。
「比較対象がおかしいけど…まあ、多少はってところかな」
「それに譲さんは無差別に攻撃できますが、私が能力を行使できるのは「格下」だと認識した相手のみです。貴方には危害を加えられるかどうか…」
「そこをぼかすなよ。怖いだろ」
つまり、あの大蛇も格下扱いか。
彼女がこうして表で戦っている光景は初めて見たと思うが、なかなかに強かったらしい。
護衛とかいらないだろこの人。なんでさっきまで「私、能力を使っている間は無防備なので…」みたいなオーラ出してたの?
いつでも余裕で戦えるじゃん。
あー…だから師匠もこの人を送り込んだのか。
この人なら単独でどうにかなる。
鈴海ならともかく、この世界に彼女より格が高い人間は存在しないだろう。
つまり、つまりだ…。
「凶暴通り越して凶悪ですね。星紋なのは確かだけど、奪う願いって、どうしてそんな面倒な力を…」
「…小さい頃に出会った男の子。彼との未来を切望しても、周囲がその道を壊し、奪い、私から遠ざけました」
「…」
「他にも色々とありましたが、とにかくもう二度と、何も奪われないように…そう願った力がこれです」
「奪われる前に奪うってこと?」
「それが一番しっくりくる答えですね」
彼女は私に顔を向けず、淡々と語る。
そうでもないと語れないことだというのは、空気で感じ取れた。
家族も、約束した先の未来も、普通の女の子としての暮らしも全て奪われ…それでも彼女は、師匠と生きる未来だけは諦めなかった。
その結果が、あの力か。
「師匠も罪作りな男だね」
「ええ。その通りです。本当に、罪作りな方ですよ」
ある意味約束一つで、こいつはとんでもない能力を手に入れた。
師匠は師匠で、あの約束で人生を縛られた。
あんな、口約束で。
忘れてしまう、軽い約束なのに。
どうしてこいつは、師匠はそれを果たそうとして、大事に抱き続けるのだろうか。
馬鹿馬鹿しいにも程がある。約束なんて、片方が忘れてしまったら何も意味を成さないことにどうしてここまでかけられるんだ。
私には、全部落とした私には、理解しようがない。
「しかし、その奪星と糸の関係性がいまいち見えないんだけど、どういうこと?」
「私の左手は、手袋を外している間に限りますが常に魔力を放出している状態なのです。放出した魔力をソナーのように使用することで、魔力の「たどり道」を認知、触れられるようになります。このたどり道に存在している糸を引くことで、私は対象から物を奪えるのですよ」
「なるほど。今回の場合は師匠の魔力の流れを辿っているわけだ」
「そうなりますね」
しかし、あえて指摘しないが…手袋がないと魔力を放出し続けるって能力者特有の病ではないか?
けれど、まあ、彼女の場合は師匠と支え合える病だから嬉しがっていそうだけどね。
「…」
「何かあった?」
「いえ、魔力の流れが撹乱で薄くなっている分、途中でどちらに進むべきか迷うこともありますから…」
「相当ヤバいの?」
「状況としては。今回の場合は譲さんの高濃度魔力なので、想定よりは追いやすいです。東方向へ進みましょう。こちらに形跡が残されています」
「了解」
長丁場を覚悟しつつ、砂漠の北東方面を歩いて行く。
どこまで遠くに連れて行かれたんだアリア。
そもそもパシフィカが関係ない今。一体何のために、彼女は連れ去られたんだ?
それも精霊…この時間に動いているとなれば…太陽ではない事は確かだ。
背後に昇った満月を横目にしつつ、周囲への警戒を続ける。
アリアが連れ去られた理由の答え。私は護衛中に辿り着くことはなかった。




