30:空の覇者
買い物を終えた私達は、それぞれ居候先が決まっている面々と共に帰ろうとしたのだが・・・
買ったものの事もあるし、せっかくだからミリアとパシフィカが居候先に移動できるようになるまでは一緒に過ごしたいという申し出を受けて、七人は夜雲と有紗に連れられ・・・大社へと戻っていきました
紅葉は今から千早のところ。本当に、マメな男なのですから
そして、私達はというと・・・
「お疲れ様、優梨ちゃん。光輝君」
「お疲れ様ですわ、伊依。今日は、出てきた形跡はありますの?」
「今日は出かけていたみたい。時雨ちゃんのお墓参りじゃないかな」
「珍しいな」
「外に出る理由としては、もう少しいいものであって欲しいけれど・・・でも、もうそれしか理由がないからねぇ」
「そう、ですわね」
大社の寮から出てきた伊依に挨拶をした後、私達は三階の角部屋まで移動する
プレートに記載されている名前は「江上和夜」
・・・あの入社試験をクリアするのに手を組んだ同期であり
司令の右腕を務めていた秘書官
インターホンを鳴らす。相変わらず、反応はない
「和夜、今日も来ましたわよ」
『・・・毎日、毎日面倒にならないんですか』
珍しいこともあるようだ。いつもなら会話すらしてくれないのに
今日は、話をしてくれるらしい
「面倒だなんて思いませんわ。貴方が帰ってくるまで、光輝と二人こうして待ち続けますわ。今日のご飯、ノブの前にかけておきますわね」
『ありがとう、ございます』
「和夜、ちゃんと食ってるか?ちゃんと、部屋の中綺麗にしてるか?」
『その辺は心配ありません。毎日持ってきてくれる優梨さんと光輝さんの厚意を無下にはしたくないですし・・・後、部屋が汚いと落ち着かないので。ゴミ捨てはちゃんと、行っていますし。掃除もしています』
「ほんと、マメな奴だなお前は。この調子で、大社の職員として復帰とか考えていないのか?」
『・・・ごめんなさい』
「謝ることはありませんわ。貴方にも、色々と考える時間が必要ですものね」
「けれど、このままでいいとは思っていないよな?」
『・・・はい』
「一つ、お前に伝えておく」
あの話をするのだろう
きっと彼も食いついてくれる話を
雪辱を、やり残した事を果たす為の、機会を得た話を
「昨日、大社は異世界人を七人保護した」
『・・・はあ』
「そいつらは、うちの「青鳥」様の手引きでここに来ている」
『譲の、手引きで・・・?』
「ああ。道案内役にお前の妹もいる。その七人の最終目標は第零区域にいる譲との対面だ」
『時雨まで・・・?それに、譲との対面って』
「その話は出てきてからな」
『ズルいです、光輝さん。けれど、いつやるかは教えてくれるんですよね?』
「ああ。計画立案に必要な千早が落ち着くまで半年。けれど、どんな作戦であれ・・・第零区域を越えるためにお前の力が必要不可欠なのは理解しているよな、和夜」
『・・・そう、ですね。第零区域には上空からしか入れません。最低でも一人、あの渦に挑む能力者が必要です』
彼はきちんと理解している
自分が最後に戦った戦場の構造も、きちんと覚えてくれている
だから第零区域に向かうと言っただけでこの反応だ
・・・流石、司令の片腕ですわ
作戦指揮もいくつか任されていたし、やはり彼が最適だ
第零区域に向かう一咲達について、司令と赤城時雨の遺したものを回収する
その目的を果たす為に、私達を指揮するのは・・・彼でなければいけない
『でも、俺じゃ不相応です。この能力だって借り物なのですから、純粋な飛行能力を持つ方に任せるべきです』
「今の大社に貴方を超える飛行能力者はいませんわ、和夜」
『買いかぶりすぎですよ。優梨さん。そんなこと言われたって、俺が弱かったのは事実です。俺がもう少し速く飛べていたら、俺がもう少し強くて光城に重症を負わされていなければ、地下に落ちた譲と時雨を探しに行く時間を作ることができていれば・・・俺は、大事な二人を失わずに済んだのですから』
そこで通話は途切れてしまう。それからは一切反応をしてくれなくなった
「・・・帰りましょうか」
「そうだな。また来るからな、和夜」
「食べたいもの、リクエストがあったら連絡してくださいまし。勿論、何もなくても、雑談したいときだって・・・いつでも連絡待っていますから」
私たちの説得が限界だというのは既に理解している
和夜を救い出す為に、私達は全力だけれども・・・これ以上は踏み込めない
もう少しだけ、彼の気持ちがわかる人が
彼を無理矢理でも引っ張ってくれる存在が必要なのだ
弱さを受け入れて、いじいじと悩んでいる彼の背中を「前に進め」と容赦なく蹴ることができるような・・・心の壁を無遠慮に壊せるような存在が必要なのだ
・・・そんな都合のいい存在、司令しかいませんのにね
「なあ、優梨。このままでいいと思うか?」
「全然よくないですわ。でも、私達はあの子の手を引けない。寄り添うことしかできませんもの」
「・・・一咲たちに任せてみるか」
「そんなの無茶ぶりですわ!?」
「無茶でも、今のあいつには新しい刺激が必要だと思うんだ。もしかしたら、あいつらの中に和夜の気持ちを理解できる奴がいるかもしれない」
「・・・気持ちはわかりますが、あの七人で和夜と似たような経験をしたような存在がいるとは思いたくないですわ」
「そう、だけど・・・」
理性的に場を収める光輝と、勢いで話を進める私
普段とは真逆の行動から察するに、彼もこのままではいけないと・・・焦りを感じているのかもしれない
けれど、紅葉でも夜雲でも為し得なかったことを、あの七人が為し得るのでしょうか
私達ができなかったことを、あの子達に押しつけていいものなのでしょうか
『可能性は否定してはいけない。いつでも信じてみるところから始めるものだよ、優梨』
そうですわね。司令
可能性は、信じるところから・・・始めないといけませんわね
あの子達なら為し得る可能性があるのなら
・・・賭けてみるところから、やってみなければいけませんよね
「9日が落ち着いたら、話してみましょうか」
「いいのか?」
「ええ。可能性に賭けてみましょう、光輝。解決はしなくとも、いい意見が出るかもしれませんからね。それに第零区域侵入に和夜の存在は必要不可欠ですわ。それに私達自身が和夜が再び外に、そして空を飛ぶ姿をみたいもの」
けれど、為し得なかった可能性も同時に考えなければなりませんわよね
大社の職員で、和夜と同等の耐久力を誇り、飛行能力を持つ存在なんていない
陽雪は箒があるけれど、同時に彼の結界は展開できない。彼ではあの渦を攻略できないのだ
逆に、和夜みたいな耐久力がある存在には心当たりがある
羽根はあるのに、飛べないけれど
「・・・パシフィカ、飛べるようにできませんかしら」
「それこそ無茶ぶりじゃね」
「・・・まだ時間はありますわよね」
「あ、ああ。どうした、優梨」
「・・・千早に会ってきますわ。帰りは遅くなりますので、夕食は一人で」
「俺も行く。情報収集は俺の仕事だろ?」
「ええ。貴方が一緒なら心強いですわ。一緒に行きましょう、光輝」
一日が終わっても、私達の仕事は終わらない
普段は、定時で帰っていますのよ
ただ今は・・・頑張り時だから
司令がいなくなって五年
私達の時間も、ゆっくりと動き出す




