表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
賢者様、貴方をパーティーから追放させてください!  作者: 鳥路
第一章:水上貿易都市「ウェクリア」/勇者と賢者の始まり
25/365

20:穏やかな心音と共に

目が覚めると、頭が凄く柔らかかった。

宿の枕はこんなに柔らかな物だっただろうか。

いいや、どちらかと言えば固かった。


家の枕?いや、それもここまで柔らかくはなかった。

この世にこんなに柔らかな感触を持つ枕なんてあっただろうか。

こんなにも柔らかくて、暖かくて、ふわふわで、むにむにで、心音が聞こえるような。


「…」


恐る恐る、二つの山を作る枕に手を伸ばす。

それを思いっきり掴むと、その持ち主に反応があった。


「ひゃうっ!?」

「お、おぱ!おぱぱぱぱぱ!?」

「何その鳴き声」

「おぱぁ!」

「驚きすぎて語彙力がなくなっているよ、アリア…」

「おぱっ!」


何度も確認するように、彼女の胸を揉む。

こんなに柔らかい感触があるの?毎日触れるの?

なにこれほしい!


「そんなに好きなら、あまり強く掴まないで貰えると…優しく扱いなさいってお母さんも言っていたでしょう?」

「さりげなく私の胸に手を伸ばさないでくれるかしら」

「先に胸を揉んだのはアリアだよ。私だけお預けなんて、不平等だと思うな…」


ノワの手が私の胸に伸びてくる。

さわさわと探るように触れるそれは、私の胸に触れた瞬間。

何かを探すように強めにあてがわれた。


「え、え…?アリア今十五歳だよね?」

「そうだけど、何が言いたいのかしら」

「かなりまな板だよ。これ!むしろ壁!」

「うるさいわね!」


頭に一発入れると、ノワの頭に小さなこぶが出てくる。


「いてて…とてもじゃないけれど、十五歳の女の子がしていい体つきじゃないと思う」

「成長には個人差があるのよ。今から貴方みたいに大きくなるかもしれないわ…!」

「いや、ここまで大きくなると苦労するよ。人の視線とか、肩こりとか、なんかもう色々嫌になる」

「なに自慢?」

「無い者には自慢に聞こえると思うけど、私からしたらそっちが欲しいぐらい。今度さ、一週間ぐらい意識交換魔法で互いに入れ替わってみようよ。私の苦労は知るべき」

「変なことしそうだから絶対にしないわよ…」

「それは残念」


本当に残念そうにしているあたり、入れ替わりたいのは本当のようだ。

その目的がどうなのかはわからないけれど。


「まあ、貴方が苦労をしているのは理解しておくから。あのローブもそういう理由?」

「あ、気がついていた?」

「嫌でも気がつくわよ。あんなぶかぶかのローブ。手も出ていないような服なんだから」


食事をするとき、手を上手く出せずに汚さないだろうかとか。

どこかに引っかかったりしないだろうかとか。

気になる部分が多すぎるのだ。


「私としてはきちんと体格にあったローブを着たいけれど、それだと「ここ」が目立つから」

「視線を逸らしたい。その為だけに、あの不便そうな服を着ているの?」

「うん。それほどまでに嫌なんだよ。周囲から変な目で見られるのはね」

「大変なのね」

「そうそう。あ、アリアは変な目で見ていいよ」

「許可されても見ないわよ」


なんだか、少しこの茶番に安心している自分がいる。

短い間だったし、不信感を抱くことの方が多かったけれど、彼女との会話は割と日常的なものになっていたようだ。

それに、昨日は慌ただしくて、普段の日常とはかけ離れていたから。


「そういえば、昨日は」

「ああ、色々あったけれど問題なく解決しているよ。アリアは神父を倒した後、疲れて倒れちゃったんだ」

「…倒したということは」

「ストレートに言っていいのなら、君は神父を殺した」

「っ…」

「仕方のないことだよ。あいつは討つべき悪だった。理由はそれだけで十分さ」

「でも、私は」


人を殺した。その事実はやはり胸にのしかかる。

覚えていない分、尚更だ。


「気に病むなとは言わないけれど、こんなことでいちいち落ち込んでいたら旅は続けられない。世界を救うためなんだ。これからも命の奪い合いは絶対に起こる」

「…」

「それでも嫌だというのなら、私が君の前に立ち塞がる敵の命を全て奪い尽くそう」

「それじゃあ私は、貴方だけに殺しの業を背負わせることになるじゃない」

「うん。君が望むなら私はその業を背負うよ。生きるための殺しだ。私はなんとも思わないし、やらなきゃ死ぬのはこっちだからね」


一瞬、冷えた空気が周囲を包んだ気がした。

その凍てついた空気はどこかで感じたことがある。

それは体だけでなく、心でもなんとなく覚えていて、一瞬で嫌悪感を示してしまう。

ノワが生み出す冷気は…味わいたくはない。

彼女が冷気を出したことなんて一度もないはずなのに、不思議な感覚だ。


「…確かに生きるために必要なことね。でも、貴方に一人には背負わせないわよ。私は勇者。世界を救う大義があるのだもの。その道を阻む者はきちんと切るわ」

「その時が来たら、また誰かの首に聖剣を向けられるかい?」

「それはまだ、わからない」


できれば殺したくない。

甘いことを言っている自覚はあるけれど、いきなり今までの認識は変えられない。

誰かを殺して成り立つ世界で生きていた訳ではないのだ。

誰かの言葉を借りるのなら、私は今まで普通の女の子だった。

こんな世界に唐突に放り込まれて、聖剣を渡されて「じゃあ今から命の奪い合いをしてきてください」と言われても、できるわけがない。


「慣れたくはないし、できる限り命は奪いたくない。それでも命を奪わないといけない状況になったら…きちんと覚悟を決めるつもりではいるわ」


それが今、私に出せる最適解と言っていいだろう。

ノワも思うところはあるようだが、納得はしてくれたようでこれ以上この話を広げることはなかった。


「あのさ、アリア」

「まだ何か?」

「そういえば、伝えるのを忘れていたなって思ってさ」


私を抱きしめていたらしいノワの腕に、力が込められる。

さらに彼女の胸に顔を押しつけられ、少しだけ呼吸が苦しくなる。


「ちょっ、なにを」

「昨日の君は戦いの後、意識を失ったんだ」

「え」

「昨日は大丈夫か心配で、回復魔法をかけ続けていた」

「そう、なの」

「…元気になってよかったよ、アリア」


一晩、回復魔法をかけ続けるなんて大変だっただろう。

寝落ちするまで、かけてくれていたのかな。


「…ありがとう。貴方だって、疲れていただろうに」

「いいんだよ。これぐらい。だって私は君のパーティーに属する仲間なんだから」


安心する声音で「まだ疲れているのなら眠るといい。今日はゆっくりしよう」と声をかけてくる。

本当は起きないといけないとわかっているのに。

体に残る疲労が、眠気が「もう少し」と私に訴えかけてくるのだ。


「じゃあ、少しだけ」

「うん」


胸に顔を埋め、ノワの小さな心音を聞きながら、再び眠りの世界へ誘われる。

夢は見なかったけれど、実家にいたときよりも快眠できたことは、誰にも言うつもりはない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ