5:私は貴方を守りたい
食事を終えた後、私は二人と別行動。
ヴェルは特製プロテインを飲み干した後、何故か気絶した。
ピニャが「問題がない。後は面倒を見ておく」というので多分、大丈夫なはずだ。
ベリアは今のうちに廃墟同然ではあるけれど図書館に忍び込んで来るらしい。
「メサティスってまだ調べたいことが沢山あるんだよ」
「不自然に思わなかったか?あたし達は椎名の小細工があるから反応しないけど、シフォル達はそうもいかない」
「それでも長期間の潜伏及び大聖堂まで牛耳って好き放題だ」
「…それでいて、「禁書庫」の存在も気になる。本も読みたいし、調査もかねて見てくるよ。幸いにしてあたしはお前らみたいに出歩いても問題はないからな」
そうは言っても、やはり彼女の戦闘面は不安しかない。
戦えない彼女を、残党が残る空間に一人行かせても問題ないのだろうか。
「そうだな。うん。心配ありがとう、アリア」
「これでも護身術程度は使えるよ。安心してくれ」
「でもまあ、護衛がいないのは不安だから、水あたりに頼んでみるよ。あいつなら引き受けてくれるだろうし」
そう言って彼女は、水さんを探しに別行動。
私だけこのテントに戻ってきたというわけだ。
「これからどうしようかな…」
流石にお風呂に入ってからかな、と考えながらテントの入口を開けると———。
「…」
「パシフィカ、どうしたの?」
挙動不審にミリアの周りを彷徨くパシフィカがいた。
彼女は私を見つけた瞬間、嬉しそうに駆け寄ってくる。
「アリア、お願いがあります!」
「な、何かな?」
「…お風呂、一緒に入ってください」
「構わないけど、あ」
なぜか、と聞こうとした瞬間に思い浮かぶ光景はただ一つ。
ナティ湖の一件。パシフィカは異様に水を恐れて、最終的にはベリアに蹴り入れられていたし、湖底にいた時もミリアにべったりだった。
「わかった。私もそろそろ行こうかなって思っていたし、一緒に行こう」
「はい!」
「そういえば、エミリーは?」
「ああ、ついさっきテントを出て行ったので食事ではないですか?」
「そっか」
着替え一式を抱えて、入口近くにいたピニャに声をかける。
「ピニャ、お風呂の場所はどこかな?」
「ぴにゃ〜(ここから右の道を歩いた先!)」
「ありがとう」
お風呂の場所を聞いた後、私たちはそこへ向かう。
「ぴにゃぁ?(あいつ、風呂の場所知ってるはずだよな…?もう忘れたのか?)」
「ぴにゃ(おい、お前。アリアとパシフィカに伝えたか?)」
「ぴにゃ?(なにを?)」
「ぴにゃあ(今、主達が入浴中だって。だからしばらく待って欲しいと)」
「ぴにゃ…(やらかした…)」
「…ぴにょぁ(伝えていないのか。これは参ったな)」
ピニャ達は遠くで何か、嫌な予感がする会話をしていたような気がするが…私たちの耳には、届いていなかった。
・・
お風呂に到着した私たちは、その作りに感嘆の息を呑む。
「…突貫にしては、しっかりしすぎですね」
「温泉ってこういうものかもしれないね」
「洗い場と浴槽でエリアが区分けされているようです。ここで身体を洗ってから、向こうの浴槽へといった感じでしょう」
「そうだね。でも、ドラム風呂だっけ?そこまで少し距離がありそう。人に見られないかな」
「このあたり一帯に結界が張られているようです。外側からは見えないような作りのようですし、安心ですよ」
「そっか。じゃあまずは…」
「アリアはじっとしていてください。私がしますので」
「うぇ?」
「お疲れでしょう?今日は私に背中を流させてくださいな」
「…じゃ、じゃあお言葉に甘えようかな」
「ええ。甘えてください」
スポンジを片手に、優しく背中を撫でてくれる。
「…傷、少しついていますね」
「すぐに治るよ」
「それでもです。本来なら貴方はこういう傷に縁がない女の子だったのに」
「ん〜。どうかな」
「それは、どういう?」
「私ね、もしも元気になれたら一咲ちゃんと椎名さん達と同じ職場で働いていたんだって」
「…あの、光の剣でですか?」
「うん。だから、多分こういう生傷には縁があり続けると思うんだ。だから」
「だから、気にするなと?」
「そういうことになるかな」
パシフィカは私に勢いよくお湯をかけてくる。
「ばぶっ」
「そういうのは、よくないです。そういうのに縁がある生活だとしても、貴方が傷ついていい理由にはなりません」
「パシフィカ」
「…私は、貴方が大好きです」
「ありがとう」
「だから、貴方が傷つくのは見たくありません。大好きな貴方が苦しむのは見たくありません」
「…」
「けれど、貴方はこれからも戦う道を歩くことになります。勇者として、この物語の完結という役目を背負って」
「…そう、だね」
「私は、貴方たちの事情をまだ上手く飲み込めていない部分があります。今も、考えるんです。疑問も答えもわからないまま。色々なことを考えてしまう。何を選ぶべきか、何をすべきか、何が貴方の為になるか…答えは未だに出ませんが」
彼女からしたら、わからないことばかりなのは当然だ。
椎名さんの話ぶりからして、記憶を読み取ったベリアを除き、私たちの事情にいち早く気がついたのはパシフィカのようだし。
今でこそ全員に周知されている情報ではあるが、彼女は彼女で一人悩んでいた時間があったのだろう。
「ごめんね、色々と」
「お気になさらず」
「沢山、不安にさせたよね」
「貴方たちの不安に比べたら、可愛いものです」
パシフィカは私にそっと抱きついた後、耳元でそっと思いを伝えてくれる。
「これからどんなことがあろうとも私は、貴方たちの、永羽の、アリアの力になりたいと思っています」
「…ありがとう。でもきっとこの道のりは」
「構いません。貴方は私が守り抜きます。道中死なせたりしません。もちろん私も死にません」
「ありがとう、パシフィカ」
「いいんですよ。さて、そろそろお湯に浸かりましょうか」
「いいの、パシフィカ。その、背中流してないよ?」
「実はお風呂、二回目なんです。お湯には浸かっていませんが、汗は流しています」
「そうなの?」
「ええ。これぐらいは一人でできるようになろうかと思いまして」
「水に触れるのも嫌がっていたもんね」
「飲む分にはいいのですが、あまり好きではないんです」
「種族的な問題だから仕方ないよ。飲み水もあまり?」
「ええ。周囲はココナッツミルクや果汁を飲んでいますよ」
水ではないけれど、水っぽいものを飲むんだ…。
精霊に関して、この世界もだけれど鈴海でもあまり情報が出回っていない。
こうして知られるのはいいことだと思う。
それに、パシフィカ自身の事も。
こうして話すのは久しぶり。それでいてスメイラワースにいた時よりも深く、彼女に触れられたと思う。
「つきました、ここですよ」
「わあぁ…街が見下ろせ、る…ね」
ドラム缶が三つ並んだ場所。
景色もいい。露天風呂というのはこういうものなのかもしれない。
問題があるとしたら———。
「…あえ?」
「どうしたの、時雨ちゃん」
「ゆずう、さん。らめです。みちゃ「めっ」です。めつうし、しつれーします」
「ぐべしっ!?」
一つのドラム缶に浸かった二人の影。
先客がいたということぐらいだ。




