6:その先の約束
時間は過去から現在へ
「・・・言葉の意味を知りたくて、師匠にどういうことか確認はしてる。紅葉さん、元々非能力者家系の出身で、親から疎まれてたんだと」
「・・・」
「家出してから、和夜さんと時雨さんのお父さんに拾われて・・・しばらくしてから大社の入社試験を受けたんだって」
「そう、なんだ」
「元々、紅葉さんの願いは永羽ちゃんと似ているんだ。だから能力もよく似ていて。その縁で色々と気にかけてくれてさ」
「・・・だからこそ、あの場では同情的だった」
「うん」
普段は逆、なのだろう
感情的な二ノ宮さんを、椎名さんが後ろで宥めている姿の方が想像しやすい
けれど、あの時は
「師匠が珍しく感情的だったこともあるだろうけど、あの人は自分と永羽ちゃんが「一緒だった」事が嫌だと思ってくれていた」
願いと星紋が似ている。立場も、思えば似ているのかな
魔法使いと星紋使いでコンビを組んでいるところとか
椎名さんと二ノ宮さん、一咲ちゃんと私
それに加えて、家庭環境まで似始めたら・・・
「嫌だよね。こんなの」
「も、勿論、永羽ちゃんが嫌いだからとかそういう訳じゃないから!」
「わかってる。嫌いだったら、遊びに来ないだろうし。それに・・・」
色々なものを、見せてはくれなかっただろう
一咲ちゃんは忘れているのか、それとも知らないのかわからないけれど、二ノ宮さんは何度か私の病室に訪れていたらしい
愛用のスケッチブックと、任務地で拾った物と風景を添えて
「自分の絵なんて見せてくれないだろうし」
「確かに、スケッチブックでいつも何か描いてるなって思ってたけど。何を描いていたの?私には見せてくれなくてさ」
「任務地の風景だよ」
「え・・・」
「美大生だよ、二ノ宮さん」
「こればかりは冗談だよね、永羽ちゃん?」
「本当だよ?学生証も見せて貰ったし」
「嘘だ」
「風景の絵、凄く繊細で・・・細かいところも描かれていたよ。あんなに上手なら納得だと思うけど」
「永羽ちゃん、夢を壊してはいけない。頼む・・・嘘ならまだ間に合うから」
「こういうところで使う言葉じゃないと思うな」
「うっ・・・永羽ちゃんの紅葉さん評価が思ったより高い。も、もしかしなくてもすすすすすすすすす」
「好きだよ?」
「だだだだ駄目だよ永羽ちゃん!あの人、嫁!嫁がいるから!やめておくべきだ!」
「知ってるよ」
「じゃあなんで」
「好きは好きだけど、そういう好きじゃないでしょ。お兄ちゃんがいたらあんな感じだったのかなって」
弟はいるらしいけれど、姉や兄はいない
けれど周囲には恵まれていたおかげで、お兄ちゃんのような存在と、意識は無かったがお姉ちゃんのような存在には巡り会えていた
・・・椎名さんが率いていた第二部隊は「戦闘狂の集まり」だとか「命令違反常習犯」「器物損害報告書提出件数歴代一位」「問題児の流刑先」だとか散々な称号を得ているけれど
皆優しくて、一咲ちゃんは勿論、寝たきりの私でもわかるようにゆっくりと大きな声でわかりやすく語りかけてくれて・・・
病院にバレない程度に、安全な能力で楽しませてくれた優しい人たちばかりだ
「あ、そういう・・・」
「むしろなんでそういう好きだって解釈しちゃうかな?」
「そ、それは・・・その・・・もごもご」
「もごもごしていてもわからないよ?」
「だ、だって・・・覚えているんでしょう?」
「覚えているって?」
「あの時、病室で言ったこと。私、永羽ちゃんの親に「永羽ちゃんください」みたいな、その・・・プロポーズみたいなことしてんじゃん!?」
「・・・あ」
「話の流れから、好きとか聞くとそういう好きに変換されてしまう・・・」
そう言われてしまうと、私も自然と意識してしまうではないか
ちょっとだけ彼女から目を逸らし、湯船のお湯を掬う
それを顔にかけて気持ちを切り替えようとしても、駄目だった
一度意識してしまえば、変わらない。変えられない
それに、その話をするなら・・・あらかじめ彼女に伝えておかないといけないことがある
それを先に伝えよう
「じ、実はね。私は一咲ちゃんが何を言ったのか覚えてなかったんだ。でも、私自身あの言葉に救われたことだけは、なんとなく記憶に残っていて」
「そう、だったんだ」
「あの時はもう耳もあまり聞こえてなかったから。でも、あの人達の言葉だけは鮮明に聞こえていて・・・凄く悲しくなったのを今でも覚えている」
「・・・」
「でも、椎名さんと戸村先生が怒って、一咲ちゃんが手を握りしめてくれた事も覚えている」
湯船の中に浸かっていた彼女の手に、自分の手を乗せながら話を続ける
「思っていたより凄い言葉だったね。一咲ちゃんが言うとおり、プロポーズみたい」
「そ、そうだね」
「でも、私は一咲ちゃんの行動とその言葉に救われたんだよ。ありがとうね」
「い、いえ・・・どういたしまして。あのさ」
「?」
「もしも、その言葉を実行しようって言ったらどうする?」
「一咲ちゃん、ここでも私を幸せにしてくれるの?」
世界一幸せにする
その言葉を生前は果たせなかったから、ここで果たそうとしてくれているのだろうか
「せ、生前はできなかったものですから」
「生前も十分幸せだったよ。一咲ちゃんに会えたんだから」
「それだけじゃ足りないよ。私の手で、幸せにしたい。今の永羽ちゃんは十分かもしれないけれど、私はまだ、やりたりない」
「んー・・・アリアとして言うのなら「私は将来家の為に結婚するだろうから、貴方とは幸せになれない」・・・かな」
「・・・あ」
私はもう霧雨永羽であって、霧雨永羽でははない
アリア・イレイスという女の子なのだ
両親に恵まれ、家にも恵まれた、勇者な女の子
物語の上で紡がれる勇者の仕事を終えたとしても、私という人生はまだ終わらない
イレイス家に生まれた子供として、やるべき事も待ち受けているだろう
けれど、もしも
「永羽としての気持ちを述べるのなら、もしもハイドとミシェラが家のことは考えなくていいと言ってくれるのなら、この先もノワと、一咲ちゃんと一緒にいたいなって」
「そうなの?」
「うん。できれば、一生旅をしたい。生前見て回ることができなかった分。色々な場所を見て回りたいんだ」
「それなら私も一緒の方がいいね」
「うん。それで、どこかいい場所があったら定住したいなって」
「いいね。けど、アリアの実家を超えられる環境ってあるのかな」
「探せばあると思う。世界は広いんだよ、一咲ちゃん」
そろそろいい時間だ。話も長くなって、風呂に浸かっていた時間も相当な時間になっている
湯船から上がり、彼女に手を差し伸べる
「いつか一緒に、その場所を探す旅に出て・・・今度こそ最後まで一緒にいてくれる?」
「勿論。どこまでも一緒にいさせてよ。今度こそ。でも」
「?」
「それでいいの?」
「それでいいんだよ。生前の私にとって一番幸せな事は、一咲ちゃんと巡り会えた事なんだよ?」
「う、うん」
「だから、今度はただ側にいてくれるだけでいいの。それが今の私にとって世界一幸せな時間だから」
「・・・そこまで言ってくれるのかぁ」
「重いかな?」
「ううん。嬉しい。今度こそ果たしてみせるよ。嫌というまで一生側にいる」
「約束だよ」
「うん。約束」
勇者と賢者としての旅が終わった後の話なんて、まだ早い気がするが・・・
いつかの目標があれば、私たちも頑張れる気がしたから
それに何よりも、物語の完結が私たちの終わりではない
役目を終えたその先に待つ「長い人生」
それを考えた方がきっと、前向きな時間を過ごせるだろうから