11:賢者様は魔法使い?
「ふっ…」
「ギギャッ!?」
「よいしょっと」
「ギョエッ!」
道中の魔物が、うめき声と共に消失していく。
それを成しているノワの周囲には、虹色の球体がふわふわと浮いている。
それも、複数だ。
「な、何よあれ…反則だわ」
「驚いた。魔素弾をここまで使いこなせる存在がいたとはなぁ…」
「やっぱり賢者様ってことだろうなぁ」
「どんなに強い魔法使いでも、三つが限度と聞くが…ひい、ふう、みい…十以上はありそうだなぁ」
「そんなに凄いものなの、これ?複数出せるのが異常?」
「なんで出している張本人が不思議そうに首を傾げているのよ…魔素弾っていうのはその上のふわふわのことでしょう?私にもよくわからないけれど、本来なら大量に出せるものじゃないってことなんでしょう?」
「言い方可愛いね」
「茶化さない」
「しかし魔素。魔素弾…ああ、そうか。世間では魔素弾だったね」
杖をくるくると回し、定位置へ。
前髪の位置を整えながら彼女はぼそっと呟いた。
「世間では?」
「うん。師匠はこれを「魔弾」って呼んでいたんだ。だから私も魔弾呼びしてる」
「魔弾…確かに、貴方のは魔素弾って感じの威力じゃないわね。銃弾に近いわ」
「うん。イメージはそんな感じ」
こんな感じ、というようにノワは球体の一つを現れた魔物に当てる。
球体が破裂すると同時に、風が吹き渡る。
そこまでの威力が、あの小さい球体に存在しているようだ。
「…凄いわね」
「うん。魔法ってねイメージが凄く大事なんだよ」
「ふむ」
「具体的にどういう風になって欲しいのか。そう考えて、念じて…その思考を魔力に乗せる。魔法発動の過程って、ざっくり言えばこんな感じ」
「なるほど。ところで、貴方魔法陣は?」
「今は透明化しているね。派手に見せたいなら出していいよ。勇者一行ここにありってね」
「護衛中に目立つマネはしないで欲しいなぁ…」
調子づいたノワの言葉を窘めたのは依頼人の一人である商人さん。
まあ、当然といえば当然の話。
しかし、ノワはどう反応をするだろうか。
普段の彼女なら、ふざけて返しそうだけれど…。
「勿論承知しております。ご安心ください。有事の際以外、魔法を無闇に使用したり、商団の不利になるような真似はしませんので。ご安心ください」
「…」
意外だ。ふざけて返すと思ったのに。
他人相手にきちんとした応対をするだなんて…やればできたらしい。
なぜそれを私を相手にしてできないのだろうか。不思議。
「え、何アリア。私の顔になにかついてる?」
「貴方はちゃんとやればできる子だったのね!」
「やっぱりアリア…私のお母さんか何か…?」
「違うわよ」
「…なんなのよ、あの賢者。魔素弾を十個、しかもあんな均等な大きさで操れるって…普通に一流じゃない。国家資格に受かった魔法使いなだけあるわ…」
周辺を警戒しているミリアが背後でぼそっと呟く。
確かに、今のノワは賢者というよりは魔法使いのように見える。
少ないけれど、魔素弾…魔弾を複数操る姿は魔法使いさんにそっくりだもの。
まあ、あの人は桁が二つぐらい違うから、完全に規格外側なんだろうけど…。
普通は二桁操れたら一流らしい。
そういえば、賢者と魔法使いという立ち位置に違いというものはあるのだろうか。
どちらも同じような職種のような気がするのだけれど…。
「ねえ」
「なに、アリア」
「賢者と魔法使いの違いって、なにかあるの?」
「仕事内容に大きな違いはないね。けれどね、賢者っていうのは選ばれし者の称号なんだよ。魔法使いは誰にでもなれる。でも賢者は数多の試験に突破しないとなれないんだ。国家試験だよ。役割自体に違いは無いはず」
「で、その偉大なる称号をカンニングで手に入れたのは?」
「やだなぁ。座学は確かにカンニングだけど、実技はきちんと賢者規定に則った実力以上はあるはずだよ。あっはっは!」
…思えばそのカンニングも、魔法探知に引っかからないように工夫をした上で行ったらしいし、ノワの魔法はなかなかに強力なものなのだろう。
多分、他の賢者や本職の魔法使いとは比較にならないほど。
彼女もまた、規格外側の魔法使いという存在か。
「…そういう理屈で賢者と魔法使いの区別をつけているというのなら、貴方は賢者じゃなくて魔法使いを名乗るべきじゃない?知識面は賢者基準を満たしていないのだから」
「それは言えている。けれど、悪知恵も知恵であることには変わりないし、賢者の試験に通ったのも事実。私は賢者であり、賢者を名乗るべき存在なんだよ、アリア」
「そもそも他の賢者はカンニングで試験に通ろうっていう発想がない上に、それを成し遂げられないものね」
「そういうこと」
「不正賢者だけど、そう聞くと貴方なかなかに凄い人なのね」
「…あれを見ても私を人間扱いしてくれるとか、アリアは実はマリアで聖女だったりする?」
「何を言っているの?まだ寝ぼけている?荷馬車の中で寝とく?」
「いや、そこまでされるほど眠くはないよ。大丈夫。私おめめぱっちり。身体起きてる」
腕と杖をブンブン振り回しながらの起きているアピール。
…まるで子供だ。
「それならいいけれど…依頼中だから寝落ちはしないように。したら追放」
「…了解。ところで追放は口癖になった感じ?」
「違うわよ!」
「アリア、黙って」
「もごっ…」
一瞬で意識を切り替えたノワは、私を腕の中に収めて抱きしめてくる。
そして空いた手で私の口を覆ってきた。
「…なんかいるね」
「何かって何?」
「あれ…試してみようかな」
杖を構えて、彼女はそのまま目を閉じる。
「…何を」
「黙っていて。これ、初めて使う魔法だから。雑音が入ると集中できない」
「わ、わかった…」
腕の中で、彼女の魔法が終わるのを静かに待つ。
先程のふざけた空気を感じさせない真剣な表情。
魔法を行使する為に、集中している彼女の顔は…とても、格好いい。
「…ふう」
「賢者様。一体何を」
「音波を使用した探知魔法。西方向に人間が複数いる」
「盗賊…?」
「そうかもね。私が相手をするから、皆さんは荷物を守ってください。まあ」
杖を輝かせ、今度は自分の存在を主張するように、瑠璃色の魔法陣を足元に展開した。
小説の挿絵で見たノワが持つ特有の魔法陣だ。
「ここに近寄らせないけどね!」
魔素弾を追加で出現させた彼女は、西方向に向かってそれを一気に放つ。
それが爆発すると同時に、男性らしきうめき声が無数に聞こえてきた。
ノワの言う通り、盗賊は存在したらしい。
「襲撃は完了…ではお次は、これで行こう」
瑠璃色の魔法陣は、大きさを増した。
そして外周を囲むように、同色の魔法陣が無数に展開される。
それと同時に杖の輝きもまた強くなった。
「空気の流れが変わった…貴方、何をする気…」
「アリアに格好いいところを見せるなら、ぶちかまさないとでしょ」
杖を一振り。その瞬間、外周部分の魔法陣から水柱が出現する
「深き底に流れる創始の恵み、我が歩みを阻むものを偉大なる権能で押し出し、新たなる道と在るべき大地を顕現せよ!」
詠唱を終え、彼女は輝く杖を指揮棒のように軽やかに振り回す。
そして…。
「…全部飲み込んじゃえ。ひゃっはぁ!」
叫び声と共に、水流は勢いを増しつつ西方向へ飛来する。
杖の動きに合わせ、水流は意志を持ったかのように自在に動き回った。
そして、現れた盗賊をその中に飲み込んでいった。
もちろん、周囲に潜んでいた全てをそれらは飲み込んでいく。
それは魔法で作られた幻想的な光景ではあるのだろうけれど。
私や、ミリアや商人の皆さんからしたら、その光景は地獄をみているようなものだった。
「…これが、魔法?」
「そう。魔法だよ。これが私の力」
いかにも、してやったりという笑みを浮かべた彼女を、私以外は畏怖を込めた目線で見ていた。
「さあ、仕事を続けよう」
「…そうね。話はその後でもできそうだし」
始まる前に終わった襲撃を終えた後は、何もなく護衛依頼を完了した。
もちろん、文句なしの大成功だ。
ミリアは商団から報酬金を受け取った後、今後の話をするために重い足取りと共にやってきてくれた。
逃げずに、私達の元へ。