9:笛の音響く水上都市
その光景を見終えた後、私は一人で頭を抱えていた。
無数の剣を飛来させ、数多の敵を切り裂く永羽ちゃんの姿は思い描いていたアリアの姿みたいなものだった。
あんな能力を隠し持っていたとは…私としても想定外だ。
あれは、あの強さは「賢者ノワ」の世界に大きな影響を与えてしまう。
そう考えるほどに、綺麗で恐ろしい能力だった。
「どうしたの?」
「いや、その…なにこのチート能力って思って。永羽ちゃん健康だったらめっちゃ強い感じ?」
「めっちゃどころか、指折りの能力者に名を連ねちゃうね…。僕と肩並べちゃうね」
「もう化物の領域じゃないですか…」
師匠と肩を並べられる能力者には会ったことがある。
総じて化物。そもそも師匠が化物判定の魔法使いな訳だし、肩を並べられる能力者となれば普通に化物。
永羽ちゃんは、生きていたら凄腕能力者として開花できるほどの才能を保持しているらしい。
「前世の運動神経がダメダメ状態どころか終わっていた訳だけど…」
「今の永羽さんは勇者の身体能力で「あれ」を使えるね。今は前世とそう変わらないけれど、旅の道中でこの能力を使えるようになって戦い方を身につけたら…間違いなく厄介かも」
「やだ、無双し放題じゃん…」
「そういうこと〜」
軽いノリで言うけれど、とんでもない状況であることは確かだ。
今の永羽ちゃんは、その気になれば「あれ」を使いこなすことができる。
前世よりも更に強化された状態で、だ。
私…ノワは元々作中で「最強賢者」と言われていた存在だ。
だから転生特典で多少なり強くなっていても誤差の程度というか、さらに「最強」を持つにふさわしい賢者として周囲が認めやすくなるからお得だった。
けれど、アリアは?永羽ちゃんはそれでいいというわけではない。
アリアは「魔法使い」でもなければ「能力者」でもない。勇者な女の子。
魔力で練られた「剣」ではなく、勇者として与えられた「聖剣」で戦う。
神の加護で身体能力が強化され、世界を救うために強くなっているだけの存在。
そんな彼女が魔法まがいの物を使用できれば…物語の破綻が起きかねない。
「私、魔力操作を教えていいの?あれを使いこなせるようになれば…」
「永羽さんは転生特典を受け取りたがらなかった。基本的に霧雨永羽が持っていた力は「賢者ノワ」の世界に不必要と考えているんだ」
「ほうほう」
「まあ、つまりのところ…彼女は過ぎた力は使わざるを得ない状況のみにしか使用せず、基本は勇者としての力で前を切り開くと僕は推測しているよ」
永羽ちゃんは、しっかりとしている女の子だと私は思う。
寝たきりだったし、師匠の念話魔法がなければ対話さえままならない状態だったけれど…それでも自分の意志はしっかり持っていて、揺らぐことは最期までなかった。
「うん。私もそう思う。そう信じている」
「なら、帰ったら彼女が望むとおりにしてあげるといい。魔力操作を覚えたいというのなら、その願いを叶えてあげるといい。きっと、いつかの君にとって役に立つことがあるだろうから」
「あはは。師匠よく言うよね。この世に無駄なことなんて何もないって」
「そうだよ。どうでも良さそうで、面倒くさそうで、やらなくても良さそうと思ったこともきちんと意味を持ち、巡り巡って自分の得になるようにできているんだよ。この世界というものはね?」
ふと、身体が宙に浮く感覚を覚える。
この世界とも、お別れらしい。
「さて、一咲さん。話は記録したかい?」
「ばっちりです!」
「うん。それならいい。君の記憶は最高三日間…酷い時には数十秒で消えてしまう病なのだから。記録は常に取るように。今も「定着できていない」影響で、君は前世の病の影響を軽く受けているから」
「それは厄介な部分ですけど、定着していないからこそ師匠とこうして会えるわけですし、悪いことばかりではないと思いますよ」
「…忠告しておくけれど、このまま定着できなければ君の魂は「物語ノワ」に乗っ取られるよ」
「…」
それは自覚している
現に向こうで過ごしている間、何度か乗っ取られたし
主導権は奪えているけれど、私はまだ彼女と「混ざり合っていない」
だからこそ本来の物語で生きていたノワは暴走する
アリアを生かすためという共通の目的には協力してくれるけれど…もう一つの話で揉めている中だから。
それを解決しなければ、私はまだ「ノワ」といえる存在にはなれない。
「気をつけてね」
「わかりました」
「では、また会わないことを期待して。一咲さん。いい旅を!」
師匠は決してさようなら、とは言わなかった。
もしものことがあればまた再会できるように。
そういう事態は、私としても起こってほしくないけれど。
先程と同じように、視界が光に包まれる。
次に目が覚めた瞬間、私はノワに戻っていた。
「…」
胸ポケットにいれている手帳を開く。
先程見聞きしたことがしっかり書かれていたことを確認し、私は物語の中に戻っていく。
「…さて、これからどうしましょうかね」
目的もなく、フラフラと街を歩いていく。
しかしこの街…一応「都市」なんだよな。
人っ子一人いないのは、不思議な感じだ。
酒場とかまだ開いていそうな感じがするのに、そこも閉まっている。
「深夜外出とか、酒屋の営業時間で決まりとかあるのかな」
水路に落ちた酔っ払いが水死体になって見つかったりしたのだろうか
それならこの静けさにも理由ができそうだけど…そういう話、宿屋でも全然聞かなかったな。
まあ、私もアリアもお酒を飲める年齢ではないからかもしれないけれど。
一応、この世界の成人年齢は十八歳で、お酒もそこから解禁だし。
「…ん?」
ふと、耳を澄ますとか細い笛の音が聞こえた。
「…こんな夜中に、なんで」
笛の音なんて、といい切る前に私はそれを感じた。
この音、魔力が込められている。
もう一度その音を聞いて、どんな魔法でどこから鳴り響いているのか探知しようとするが…それは一度だけ。
その晩、街中を歩いて再度音が鳴る瞬間を待ってみたのだが、朝になるまで笛の音が再度響くことはなかった。
・・
翌日。身なりを整えた私は宿屋の前でうとうとしているノワを見つけた。
…帰ってこないと思ったら、こんな野外でうたた寝だなんて
「ちょっと、貴方。なにこんなところで寝ているのよ」
「すぴすぴ…」
「こんなところで寝るぐらいなら、ちゃんと宿の部屋で寝なさいよ…全く」
「むにゃ?」
「それに今日、ミリアとの約束が…」
「ねててもかてる…むにゃ」
「起きているのか寝ているのかさっぱりね」
そうこうしている間に、遠くからドタドタと足音が聞こえてくる。
…おかしいな、待ち合わせ場所で集合じゃなかったかな?
「ノワ・エイルシュタット!迎えに来てあげたわよ!」
「…おはよう、ミリア。なぜこんなところに?」
小説でもよく見た完全武装状態の修道服に身を包んだミリアは、愛用の杖と共に私達の前へ現れた。
顔の血色が良い。昨日は良く眠れたようだ。
「ご機嫌麗しゅう勇者様!こいつが敵前逃亡をする可能性があったので捕まえに来ました!」
「むにゃ…」
「…とりあえず、朝ご飯にしていい?実はまだなの」
「ええ勿論です。貴方は早く起きなさい!」
「…すぴぴ。師匠、魔力音波の探知てどうす…むにゃ」
「二度寝しようとしない!朝よ!おめめ開けて!」
ミリアの抗議も、私の言い聞かせもノワには聞こえない。
勿論、朝ご飯を食べる気配もなかったから、食堂の女将さんに頼んで軽くつまめるものを多めに用意してもらった。
…別にノワのためじゃなく、私の昼ごはんとしてだから。
けれど、少し多めに用意してもらったわけだし、ミリアも食事は自前で用意しているようだし。
余らせるのも女将さんに申し訳ないから、ノワがどうしてもお腹を空かせているのならば…あげないこともない。
ただ、それだけだ。