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賢者様、貴方をパーティーから追放させてください!  作者: 鳥路
第一章:水上貿易都市「ウェクリア」/勇者と賢者の始まり
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7:一人ぼっちの寝室

ノワと別れた後、私は宿の部屋に戻った。

出入り口の鍵を閉めた後、着替えないままベッドの上に倒れ込む。


「…お風呂入りたい」


確か、宿の一階に蒸し風呂があったはず。

この世界の風呂は、一日の終わりではなく一日の始まりに入ることが多い。

汚れたり、汗をかいたりと事情がある場合は別だけど、基本的に朝からしか開いていないのが基本だ。

身支度の前に入るというのが当たり前。前世と比べたら、違和感のある風習だが…そういう風習だと受け入れるほかない。


「…とりあえず、寝る準備でもしようかな」


ベッドから起きて、とりあえず外套を外して床へ放り投げた。

いつもはきちんと畳んでいる。いつもは…。

けれど、今日はそんな気分じゃない。着替えて一刻も早く横になりたい。

次に専用のベルトの前に…いつでも抜けるよう、腰に下がっていた重くて大きな聖剣を手に取る。


「…聖剣、アヴァンスかぁ」


白銀の鞘に収められた同色のそれは聖剣。

名称は「アヴァンス」…意味は、聞きそびれた。

先代勇者も使用していた聖属性の力に満ちあふれた剣で、選ばれた者にしか使用できないらしい。


聖属性が何なのか分からないし、清いような実感はわかない。とにかく何も感じないけれど…設定上、これでしか魔王は倒せないそうだ。

…どこにでもある剣にしか見えないけれど。



「そんなことはない?ちゃんと悪魔を殺せる?」

「…でも、貴方を抜けたらの話だよね」

「時が来たら、必ずって…いつになるの?」


私は「聖剣の封印」を解いたけれど、聖剣を鞘から抜けてはいない。

それは特段気にしてはいなかった。

アリアは聖剣を一巻開始時点で抜けるようになっていた。

だから、この道中で必ず聖剣を抜けるようになるイベントが来るとわかっているから。

けれど、私自身がアリアになって少しだけ気がついたことがある。


「…何で聖剣とお喋りできるんだろう」


聖剣を握りしめると、聖剣が語りかけてくるのだ。

そして身体の至るところが痛む。

それは前世でも味わった痛み。ここでもそれを味わう羽目になるなんて思わなかった。

聖剣を握ると、身体の奥底から剣を拒絶する感覚を…「自分のもの」ではない不快な痛みと違和感が襲いかかってくる。

耐えきれないわけではないけれど…あまり、味わいたくはない。


「でも、アリアは作中で一度も痛みに対して言及したことはなかった。ノワも、苦しんでいたとかそういう情報を出していないよね」


流石にアリアが死んでからこの情報を出すなんてことはないだろうし、設定ではない話だというのは予想できるのだけれど…。


「そうなると、これは私自身の問題になるよね」


違和感の理由はわからないまま。

けれど、それを解消しなければ私はずっと戦力外。聖剣を持ち歩いているだけの小娘。

強いて言うなら、「剣で切る」ではなく「刀身で殴る」方向性であれば戦えるのだが…流石にそれは勇者として不味い気がする。

自分だけの剣ならともかく、先代勇者から継承された品でそれをやるのは周囲の顰蹙を買うだろう。


「それに自力で戦えないとなると、ずっとノワに頼ることになる」


私の目標は忘れてはいない。

彼女の追放。そして自分自身に課せられた死を迎えること。

それは必ず果たさなければいけないこと。

亡き鳩燕先生の為にも、だ。


「…でも、何をどうしたらいいか全部手探りで全然わかんないよ」


今、この瞬間も私は正しい選択ができているのか…それすらもさっぱり。

全部手探りで、果てもまだ見えなくて。

けれどこれが正解だと答えを示してくれる存在はいない。

私は、私が今進んでいる道こそ正しいと信じて前に進まないといけないのだ。


「ふんっ!」


両頬を両手で挟む。

パチン!といい音を響かせて意識を切り替えた。


「くよくよしている時間はおしまい!明日もあるし早く寝ないとね!」


聖剣を床に置き、着替えを再開する。

ベルトを外した後、そして最後に国王陛下から与えられた「勇者」としての身分を示す服。

胸元のリボンに手を伸ばし、それを勢いよく解いた。


肌着だけになった私は、宿備え付けの寝間着を着込む。

足元まであるというか…純粋に丈があっていない。

良くも悪くもアリアはまだ子供体型だ。子供の頃は成長が早いと思っていたが、どうやら彼女の成長はここで打ち止め。

三章に突入するのは一年後。

後一年の命。十六歳以降に成長するとしても、その先を見届けることは誰にもできない。


でも。一応。今は十五歳。

…もう少し、色々とあってもいいと思うのだけれど、私の認識がおかしいのだろうか。

身長とか、身長とか…胸、とか。

べべべべべべ別にノワみたいに大きいのが欲しいとか思ってないしっ!

…前世はまな板を通り越して皮だったし、憧れはないといえば嘘になるけど。


「アリア・イレイス…冷静に考えなさい。貧乳にはね、抵抗力がないのよ。戦いやすいの。弾んで痛むこともないわ。勇者としては理想よ。理想。完璧過ぎる体型よ」


小さすぎて見失いそうな二つの丘をペタペタと触りつつ、自分でも言っていて虚しくなる言い聞かせをしておく。

それと並行して床に散らばる衣服を避け、そのままベッドへダイブした。


「…寝よ」


どうせ今日は一人だけだ。このままで寝ても問題は無い。

今日だけ。今日だけ…。片付けなさいと言われることもないし、今日ぐらいは怠けてしまおう。


目を閉じて、明日へと備える。

どうせ明日も忙しくなる。きちんと休んで英気を養わないと。


…しかし、ノワは今夜どこでどう過ごすのだろうか。

少し、心配だ。


・・


市街地の外れにある細い小路を歩く。

ウェクリアは水上貿易都市。

無数に張り巡らされた水路は人々の移動手段であり、輸送手段でもある小舟が行き交う。


しかしそれは昼間の話。

ウェクリアの水路はその小舟がギリギリ行き交うことのできる程度の広さしかない。

だから夜は接触事故を避けるために、細い水路には航海規制が敷かれる。

だからこそ、わかることがある。

ここには誰もこないと。


『あぐっ・・・』


枷が一つ、輝きを増す。

呼吸がしづらくなる程度に首を絞めるこれは、ギリギリを攻めた私に与えられる罰。

けれどこれは同時に私の「救済措置」でもある。

枷は師匠と私の誓約の形。

条件を満たした時に罰を与えるその仕様は、師匠でも自動化できないほど複雑なものだ。

枷が感知するのは「私が枷のルールに触れたこと」

実際に罰を与える魔法は、別に発動させないといけない。


『流石に「君を救う」は言い過ぎだったみたいだねぇ。判定が出たよ』

「あはは…あえてですよ、師匠。ところで髪染めました?白髪染めにしては派手な色にしましたね…青だなんて。よく時雨さん許してくれましたね…」

白髪しらがじゃないよ!白髪はくはつだよ!今はそんなことどうでもいいだろう!?』


『ひとまず…枷の罰を僕との通信手段にしないでもらえるかな』

「軽く痛みに耐えるだけで、最上の助言が貰えるなら安いもんですよ。この程度で師匠の助言が貰えるのなら、私は何回でも首を絞めますね」

『馬鹿な二番弟子…。それで?そんなことをしてまで僕に何を聞きたいの?』

「絶対答えを教えてくださいよ?」

『君のその無謀さに免じて叶えてあげたい心と、馬鹿な弟子をきちんと突き放したい気持ちがせめぎ合っているのだけれど、どうしたらいい?』

「弟子を甘やかすのがいいと思います」

『そんなわけがないだろう。こんな甘ったれた弟子に育てた覚えはないよ』

「ちぇっ、厳しい師匠」

『好きに言うといいよ…。はぁ、なんでこんな抜け穴に気がつくかな。しかもご丁寧に記録を取って。自分の誕生日は記録していないくせに』

「自分の誕生日ぐらい覚えられるかなぁ…と」

『自分の記憶力を過信しないでくれ…』


そう。この枷の罰は私がルールに触れたことを感知した師匠が「世界の穴」を経由して直々に発動させているのだ。

その穴こそ私の救済措置。

この世界の住民ではなくて、本来ならもう二度と会うはずがない師匠にこうして助力を求められる絶好の機会なのだ。


師匠は基本お人好し。いやいやいいつつも、我儘だって無理難題だってきちんと叶えてくれる人だ。

…その性格を利用していることに対しては申し訳無さを覚えるけれど、私はなりふりかまっている場合ではないのだ。

利用できるものはきちんと利用する。

最大限の助力を得るなら、枷の罰なんて可愛いものだ。


『とりあえず、君の疑問へ答える前に僕の疑問を解消させてくれるかい?』

「もちろんです」

『どうやってこの抜け穴に気がついた?』

「魔術学校の講座で出たところだったから」

『勤勉な弟子を持って僕は嬉しいよ。立派に育った弟子にはきちんとご褒美をあげないとね。で、君は何を聞きたいんだい?』

「…二つあるんですけど」

『仕方ないなぁ。いいよ。二つ答えてあげる』


「一つ、永羽ちゃんの転生特典。私にあるみたいに、あの子もきちんと転生特典を持っているんですよね?」

『もちろん。彼女は物語に不必要な物を持ち込みたがらなかったけど、念のため持たせている。君と同じだよ。前世の能力をそのまま引き継ぐ』

「なるほど。じゃあ、その能力って何です?」

『君が知ってどうするのさ』

「ノワとして、魔力操作の話をすることになったから」

『なるほどね。いいよ。少し待っていて』


一瞬、周囲に光が瞬く。

眩い光に視界が覆われた後、私は見慣れた空間へと戻ってきていた。

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