5:学ぶべき魔力操作
眠りから覚めて、意識をしっかり覚醒させる。
しばらくノワの肩を借りて意識を整えていたのは、一応…椅子が硬すぎて、頭が痛くなったからという名目にしておこう。
けれど、実際の理由はわからない。
体よく甘えたかった?いやいや、将来的に追放を仕掛けないといけない存在に何をしているんだろうか。
「で…ミリアの挑戦、受けるんでしょう?」
「うん。いい感じの依頼を引き受けてくるってさ」
「第三者を巻き込むのはどうかと思うわ…」
「それは提案したミリアに言って欲しいなぁ…」
それはそうか…提案したのはノワではなくミリア。
明日、さり気なく言える機会があれば抗議しておこう。
「で、アリア」
「何かしら」
「今日はどうする?もう休む?」
「ん…さっき軽く休んだ影響か、元気も戻ったのよね」
「元気なのは何よりだね」
「…なによそのしみじみとした目は。貴方の肩に感謝なんてしないわよ」
「いやぁ、実は回復魔法をちょいちょいね」
「嘘おっしゃい。魔法使用時は必ず魔法陣が展開される。つまり「光る」じゃない。そんな光、一度も見ていないわ」
「そうだね。今回は回復魔法を使っていない」
「ほらみなさい」
「けれど、大きさと光量ぐらい調整できて一流なんだよ。師匠いわく「魔法陣を光らせる魔法使いは長生きしない」から。最初に光量調整をちょちょっとね」
昨日の野営の時を思い出す。
魔法使いは魔法陣を光らせる影響で、夜は魔法行使どころか居場所も知らせてしまう可能性がある。
だから、この世界の魔法使いは夜出歩かない。
もちろん、前世の魔法使いも同じ。
そういえば…一流の人達以外は、出歩いている話は聞かなかったな。
野々原さんだけが「攻撃誘導の為に、あえて魔法陣を光らせる事はあるよ〜」とか言っていた気がする。
結界に特化した魔法使いならではの戦いを、かつて話してくれたのを覚えている。
それから…。
『魔法使いは魔法行使時、必ず魔法陣を展開しなければならない』
『けれど、それって意外とコントロールが可能なんだよ』
『魔法陣を小さくしたり、模様を透明にしたり、光をなくしたりね…。魔力のコントロールが上手ければ上手いほど、能力戦は有利なんだ』
『妙に詳しい?あはは、面白いことを言うね。僕らは魔法や能力を使って戦うことで金を得ている集団。能力戦のプロってところだね』
『話を戻すね。魔法陣に変化を与える行為は魔力操作の応用みたいなものでね、君にとって一番大事なものだったりするよ』
『その病気が治ったなら、君が一番特訓をしなければならないのはこれだね、永羽さん』
『君の力は魔力操作が要だからね。むしろそれができないと君は強い能力に振り回されるだけ。せっかくいい「願い」があるんだ。きちんと使いこなした方がいい』
『その力を使いこなすと言うことは、君の体調面の改善にも役立つからね。もしも君が戦う環境に身を置かなくても、魔力操作は必ず覚えてもらう。』
『いいかいその方法はね…』
私達の病室に良く遊びに来てくれていた、「管理人さん」…いいや、ここでは「魔法使い」さんというべきか。
彼は私にそれを為す方法を理論的に説明してくれた。
「光量調整は魔力を操作して行っているのでしょう?意識的な働きかけで行えるのよね?」
「…なんで、それを」
「私が知っている人も、魔力操作に関してえらく力説してくれていたのよ」
「…絶対師匠だな」
「どうしたの?」
「いや。うちの師匠とそっくりだねって思ってね。うちの師匠も魔力操作の事になると口うるさいんだ」
「そんなまさか」
だってあの人は前世の世界で生きている人だもの。
この世界で生きているノワの師匠をするわけがない。
しかし、なぜあそこまで寝たきりの私に「魔力操作」を力説していたのだろうか。
しかも治った前提で。治らない病なのはあの人もわかっていたはずなのに。
そういえば私の「転生特典」って「前世の才能を引き継ぐ」だったはずだよね。
必要ないと思っていたけれど、こういう状況だし…私も魔力操作を覚えたほうがいいかもしれない。
あ、あくまでもノワへの対抗策として覚えるのだ。
追放しないといけない存在に教えを請うのは変だとは思うけれど、今この場で魔法使いさん以上に魔力操作に長けている存在はノワぐらいしかいないだろう。
前世の力は、こうして勇者としての旅を行うようになった今でも必要がないものだと思っている。
必要以上の力は物語の世界を歪ませる行為になり得ると思う。その考えは今も変わりない。
だけれども、いつかこの力に頼ることがあるだろう。
どんな力かわからないけれど、転生特典で引き継ぐべきだと考えられた力だ。強力なものには違いないはずだ。
…だから、もしものときのため。
その時のために、使えるようにしておくのだ。
使えないことに後悔することがないように。
持てる手段は、持てるだけ持っていた方がいいと感じるから。
「ねえ」
「なあに、アリア」
「魔力操作って、どう練習するの?」
「魔力を持たないアリアが聞いてどうするの?」
「後学の為よ。後に使わない、私自身が使えないことだとしても、知識として持っておくことは決して損ではないわ。無関係なところで役に立つかもしれないもの」
「その可能性はないとは言い切れないねぇ…いいよ。私が覚えている範囲で教えるよ」
「助かるわ。とりあえず…まず、宿にいきましょう。その後、軽く話を聞かせてもらいたいわ」
「早速とか凄い。意識高すぎ。今夜は寝かさない。一晩中魔力操作に関して力説するよ」
「寝かせて頂戴。というか、貴方は寝ないと持たないでしょう。自分のためにもちゃんと寝て、明日に備えなさい」
「へいへい…ん?」
「なに?」
「いや、アリア的には私がミリアの挑戦を失敗した方がお得なのではと」
「確かにそうね。でも、今回は第三者が巻き込まれるのよ。手加減なんてしたら、その時は分かっているわね?」
「…最優先目標より、巻き込まれる人優先。君のそういうところ、結構好きだよ」
「聞き流しておくわ」
「はいはい」
椅子から立ち上がり、教会を後にする。
それから宿への道のりは、なんでもない会話をしつつ歩いていった。
「ふふふ。今から勉強会。楽しみだね」
「…なにそれ」
「適当な表現だと思うけれど?違った?」
「そうだけど、勉強って聞くと背筋がゾゾッとするのよ!」
私自身、勉強というものは好きだ。
見て、触れて、知ることは前世の私ができなかったことばかりだから。
今こうして自由に動ける分、学べることは何よりも楽しいことだと思っている。
知識欲というか、好奇心に満ちあふれている自覚もある。
しかし、問題は「本質」
アリア・イレイスという物語上の女の子は勉強が大の苦手で嫌厭対象だった。
アリアとしての意識があるのか勉強することは好きだし、十分にできるけれど…勉強という単語を聞くと、気持ち悪い感覚を覚えてしまうのだ。
…物語アリアの意識というものは、私の中には存在していない。
「物語アリアの意識」という概念は、私と入れ替わるように消失しているから。
「あの人を、お願い」という不思議な願いを託して、彼女は消えてしまった。
…彼女が消えても、残留思念というものがあるのだろうか。
それは、この身体に残り続けている。
勉強の単語に反応するのは、正確には私ではなくて彼女の残留思念としか言いようがない。
「勉強嫌いなの?」
「そうじゃないけど…そんな感じ」
「どういうこと?」
「…とりあえずあまり好きではないということにしておいて。自分が学びたくない分野を無理やり学ばされることに限るけれど」
「ああ。そういう嫌いね…気持ちはわからないことはないかも」
「でしょう。貴方も嫌いな勉強とかあったの?」
「あるよ。術式理論」
「…なにそれ」
「見てもらったほうが早いかも」
ノワは杖を構え、適当な魔法を発動させる。
瑠璃色の魔法陣からは、シャボン玉が次々と現れた。
ちょうど往来の真ん中ということもありノワの魔法に人々の目は釘付けになる。
もちろんその魔法陣の中心にいるノワと私も人々の注目を集めてしまう。
「ちょっ、なに目立つこと!」
「まあまあ。で、とりあえずこの足元見える?」
「魔法陣…よね?」
「うん。私が苦手なのはこの魔法陣を構成している「魔術文字」に関する学問…総合的に言えば「術式理論」とカテゴライズされるものかな」
「それを説明するためだけに、適当な魔法を使って人々の注目を集めるなぁ!」
「うぉう…」
私は叫ぶと同時に、ノワの身体を抱き上げる。
それから持つ力のすべてを使い、足を踏ん張って宿屋への道を駆け抜けた。
・・
宿屋に到着した私達は、同じ部屋で息を切らしていた。
本当は別々の部屋が良かったのだが、都合よく空いていなかったので仕方なく一緒の部屋で過ごすことになる。
変なことをしてきたら…という脅しはきっちりしておいた。
だから変なことはしないと思いたい。
「…本当に、貴方は考えなしなんだから。あんなところで魔法を使用して、誰が見ているのかわからないのよ?」
「けど、皆は喜んでくれていた」
「少なくとも私は喜んでいないわよ!宿屋につくまで我慢しなさいよね…まったく。魔法規制派に襲われても知らないわよ?」
「返り討ちにする。ノープロブレム…!」
「本当に楽観的…自分の強さを驕らずにいてほしいわ」
私達の敵は何も魔王や魔物だけじゃない。
勇者伝説を否定する一派や、魔法使いは絶やすべきだと訴える魔法規制派等…道中を邪魔してくる存在は存在している。
それに、物語の方でも魔法規制派はノワの前に立ちふさがった。
今回の旅路もそれらが立ち塞がらないという保証は一切ない。
…ノワの追放は大きな目標だけれども、頭を悩ませることはノワの動向以外にも山積みだ。
本当に私は、無事に彼女を追放できるのだろうか。
そんな不安が、頭の中を占め始めていた。