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序 船上にて

 その日は深く凪いでいた。

 この世界の全てがアルジエルの髪を揺らすことはなく、ただ水面に儚げな少女の瞳を映すのみだった。港では、いったい誰の眼を映しているのだろうか。そんなことを考えていながら、しかし別にそれが誰かなんてアルジエルにとっては興味のないことだった。本当に、興味の無いことだった。

 胸元の懐中時計は20:45を指していた。父からもらった唯一の贈りものは、少し錆びれて、それでもまだ月明りを浴びて煌々と存在感を示していた。

「酔ったのかにゃ」

 きっと長かったであろう独りぼっちの世界を破ったセシルの声は、いつもと変わらず可愛らしい、鈴のような声だった。音もたてず背後から現れる彼女は、まさに怪しげな猫そのものだった。

 この凪だ、酔うはずがない。何か話にきたのだろう。退屈を持て余したのかもしれない。

 心配ないと軽く応え、視線を港から動かさず二の口を開く。

「きっと今日は勝ち戦ね」

 そう言って、驚いた。自分のことばに、驚いた。それはセシルも同じだったようだ。

「…アーシーからそんな言葉を聞く日がくるにゃんてにゃ。戦争嫌いだったのに。心境の変化でもあったのかにゃ」

 セシルは目を丸くしていた。と思ったが、元々丸くてくりくりした可愛らしい目のため驚嘆の表情なのか分からない。

「死にたくないだけよ。セシルもそうでしょう?」

「たいていみんなそうにゃ」

 まったく心のこもっていない口答えに、セシルは同意した。

「でも、軍服さんはそうでもないにゃ」

「あの人たちはね。私たちとはまるっきり違うもの」

 あたりに他に人がいないことを目の端で確認しつつ返答する。このまま、適当に話を流そう。

「ねえ、リューの様子は」

「話がそれたにゃ。アーシーも戦に染まってしまってあたしはとても悲しいにゃ」

 話を強制的に戻される。逃げ切れないわね。そう悟って今度は逃げることなく正直に話す。

「言葉がもれただけよ、上の空だったわ」

「つまり、本心にゃ」

 セシルの決め台詞が首元に突き付けられた。この子との問答で勝てるわけがない。この子に勝っているのは身長と胸だけだ。勉強と運動はセシルの方が上、実技はトントンだろう。

 心の中で負けを認め、しかしそのようには見せず凛とした目で言葉を返す。

「あなた、そんな話がしたくてここに来たの?」

「いやぁ、ちょっとした散歩にゃ。この淀みじゃ気がまぎれんにゃ」

 それからしばらくは、セシルと適当に会話して黙ってを繰り返した。学友のこと、街のこと、食事のこと。話すことはたくさんあり、話さないこともたくさんあった。この激動でつまらない3か月間のこと、2時間後のこと、未来のこと。

「君ら、準備したまえ。1時間10分後に出発だ」

 振り返ると、星をつけた軍服さんが後手にしてこちらを見据えていた。副艦長のパトリス1等海尉は時間に厳しく、整列にわずか0.5秒遅れた船員を平手打ちにしたこともある。荒波で寄港時刻を5分遅れたときの腕立て500回にはさすがに腹を立てたが、毎週金曜日をカレーにしてくれるくらいには優しい。

「はい、支度を整えて参ります」

 この2週間でやりなれた海軍式の敬礼を解き、そそくさとその場を後にする。

 気が付けばもう21:50だった。


 作戦時刻にはようやく風が出始め、頬に当たる風は7月だというのにこれ以上なく冷たい。

 敵艦の姿は見えないが、見えたときには真近だろうと陽気な軍服さんは言っていた。できれば見たくないとは口には出せなかったが、その思いは裏切られた。

 島の陰からひょっこりと戦艦が姿を見せ、そしてもう1艦の船尾も見えた。思ったよりも小さいな、何も分からないなりの感想だった。

 実際には戦艦ではなく駆逐艦と呼ぶらしいが、ただの少女にはそんなことどうでもよかった。横に並んだ少女たちもきっとそうだろうと思っていたが、意外にも軍隊に興味を持つ子たちが多いことをアルジエルはついこの間知った。同級生で親友のアメリ―が陸軍将兵と恋仲にあることを知った時だ。それ以来、今まで耳を通り過ぎていた軍部やら武器やらの話が脳に入り込むようになったが、それでも退屈をしのげるほどで、面白いとは感じなかった。

「戦闘用意!」

 艦長の号令で周りのぴりついていた空気に一瞬だけ緊張が走り、そしてそれぞれの役目についた。砲門が敵艦を向き、魚雷も発射のときを今か今かと待っていることだろう。

 3人の少女が杖を掲げ、防護結界を張る。

 アルジエルは目を閉じ、杖を少しなでる。まだ先。あと少し。

 ゆっくりと目を開ける。合図が上がる。そして杖を掲げた。

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