20.sideアヴィスト
俺は巻き込まれ体質なのだろうか、と。この頃思うようになったのは、少し成長した証であってほしい。
目の前で両手をギュッと組み、上目遣いでこちらを見つめる女神ことエナーシャ王女のこれは、恐らく演技であろう。己の容姿を客観的に考察し、どう活用すれば相手の懐に入り込めるか、よく理解していると見える。ただ、これまでのお茶会でエナーシャ様の言動から強かな本質を見せられているため、俺にか弱そうな姿を見せつける理由が思い付かないので効果はあまりないが。
どう反応すればいいのか考え倦ねていると、はぁー…と一つの溜め息を零した。この手は通用しないと認めたかのようだ。
「……何故ダメなのかしら?」
「危険です。身の安全が保障できかねます」
「前は大丈夫だったでしょう? 条件は同じはずよ」
「あの時は特例です。許可が下りるとは考え難いです」
「許可はもぎ取れるわ」
いや、許可は“もぎ取る”ものではありませんから。喉まで出掛かった言葉は、寸でのところで飲み込んだ。どこかで目を光らせている護衛騎士に聞かれたら、即座に斬り掛かられると予想できる。生命は大切にすべきだ。
ムスッと不満を顕にするエナーシャ様を見ながら、どうしたものかと頭を悩ます。まさか、以前と同じ“お願い”をされるとは思いもしなかった。
「リランさんの新しい訓練を、見学させていただけないかしら?」
今回のお茶会は、エナーシャ様のこの発言から始まった。用意された席に座り、ゆったりとした時間をしばしの間堪能した瞬間に落とされた爆弾は、想像していたより衝撃は少なかった。いや、爆弾というより小石を投げられたような感覚だ。諦念という器が受け止めたので、特に慌てふためくようなことにはならなかった。まあ、一瞬ではあったが固まったのは正直なところで、何分リランに会わせてほしいという前回の“お願い”を叶えてから、俺の近況報告会のような話ばかりになったものだから、不意を突かれる形になったためである。……騎士としてはあるまじき心構えなので、俺の心の中に留めておく。
それはそれとして、今現在の問題は眼前の王女様をどう説き伏せようかということだ。以前はリランに会いたいがために、いろいろと尽力(?)された御方だ。最終手段に権力乱用を持ってくるくらい、目的のためならどんなことでもしてしまおうという、女神らしからぬ思考の持ち主であると知っているは、彼女に近しい人たちを除けば俺くらいだろう。同僚たち、引いては国民全員には決して知られたくない秘密である。ご本人が秘密にしている様子は見られないが。
王族の頼みを断るのは不敬罪に当たるのだろうが、それでも王族を身の危険に晒してしまうのも問題である。どちらに転んでも俺にデメリットしか与えないこの状況を、本当にどうにかしてほしい。内心深い深い溜め息を吐きながらも、できる限りの言葉を並べることにした。
「訓練のことは、陛下からお聞きになられたのですか?」
「まあ…、そうね、お父様からも聞いたわ」
「陛下から、も?」
「ああぁ…えっと、団長様方からも聞いたのよ。とても面白い訓練内容だと、お話していらしたわ!」
「………それで、ご興味を抱かれたと?」
「ええ。前の訓練もとても緊張感があって、団員の方々の真剣な表情と熱気に驚かされたものだわ。リランさんの強さもこの目で見て、国のためにここまで協力してくださることに言葉では言い表せない程の感謝の気持ちが、この胸を満たしましたのよ。それに、とても気さくな方で、是非ともお友だちになってもらいたいと思いましたの」
エナーシャ様の思いも寄らない言葉に、俺はグッと胸を掴まれた心地がした。これはきっと、嬉しさからくるものだ。リランのことを実際に目で見て会話して、本人から滲み出る雰囲気や本質なんかを肌で感じて。全部引っ括めた結果が、友人にしたいと思っていただけたということは、俺にとっては何よりも嬉しいことだった。
噂を鵜呑みにしてリランを悪人扱いする人や、忌避する人、街を巡回していた時に偶然耳にした「早く処刑されればいいのに」という酔っ払いの言葉は、これから先どんなことがあっても決して忘れることはできない。
“魔女”に乗っ取られていない今のリランに、実際に会ってみろと。本当のリランに会って、処刑されればいい人物だと言えるのかと。叫び、問い質したい気持ちは、心の奥底に燻っていて未だに解消できていない。
だが、今、目の前で優しい微笑みを浮かべる女神様から聞いたことは、心の底からそう思っているのだと疑いようのない言葉だった。本当のリランを解っていただけたのだと、リランのことを好いてくださったのだと、感動が溢れそうになる。
感動のあまり、二の句が継げない俺に気づいているのかいないのか、エナーシャ様は無邪気な様子で話し続ける。
「騎士団と魔術士団の能力値の底上げが適ったと、団長様方も喜んでいらしたわ。だから次のステップに進むために、新しい訓練を始めたのだと、楽しそうにお話していらしたの。なんでも、張り切りすぎて訓練場を半壊させたとか」
ルンルンと弾むような声音で伝えられた内容は、俺のそれまでの感動を一気に冷ましてしまう程の衝撃を持っていた。
訓練場を半壊。それは記憶に新しい。リランと団長とサネルガという、現在の王宮内トップの実力を持っている三人組がやらかした事件だ。やらかしたのにちっとも反省していないのが、厄介な問題だ。特に団長とサネルガ。この二人は悪ノリしているとしか考えられない。リランは陛下から直々にお叱りを受けたことで多少堪えたようだったが、「訓練場を壊さなければいいんだよね?」と言って、訓練場はそのままに団員たちをボッコボコにすることへシフトチェンジさせていた。そういうことじゃない、むしろ団員たちへのダメージが増幅されているのだからダメなやつだと気づいてほしい。というか、そこに興味を持たれたのか…。
前の訓練が指導と呼ぶものであれば、今の訓練は扱くと呼ばれるものだろう。それをこの国の王女様に見せていいものか? 同世代か年下の女の子に、叩きのめされる姿を女神に見てもらいたい信奉者がいるか? マゾヒスティックな奴なら見てもらいたいと答えるだろうが、仮にもこの国のトップで国民から憧れられる集団に所属するメンバーが、負け続ける己を見せることに抵抗がない者などいるものか。ただでさえ挫けそうなプライドがズタボロになるだけだ。自信をなくしたら、それこそこの国の大問題に発展するに決まっている。
だからこそ、エナーシャ様には自重していただきたい。話に聞くだけで満足していただきたい。団員たちのポッキリ逝ってしまいそうな心のため、そしてこの国の未来のためにも、ここで諦めていただきたいのである。
「……一介の騎士である私が決められることではありません。まずは国王陛下にご相談されてから考えてみるのは如何でしょう」
「相談はめんど……コホン、えっと、じゃあ何かいいアイディアはなくて? 前回の時みたいな」
「こればっかりはどうにも…。それに前回は本当に特例で、むしろ私の妥協案が通ったことに驚きを隠せません」
訓練の見学の許可を下ろさせた、貴女の手腕のお陰です。俺は一切関与していません。それと今一瞬ポロッと本音を零されましたね?
「そうなの?」
「そうです」
だから諦めてください。そう意味を込めて神妙に頷いて見せると、穴が開くのではないかと思う程ジッと強い視線を向けられた。たじろぎそうになる己を叱咤し、俺も満月を見返した。これはあれだ、逸らしたら負けというやつだ。前回は初めての“お願い”ということもあり、萎々と首部垂れる絶世の美女に罪悪感を持ち、妥協案を提示してしまったが今回は同じ轍を踏む訳にはいかない。団員たちの精神的苦痛はもちろんだが、何せ訓練内容が過激になったために訓練場のどこにも安全な場所なんてものは存在しなくなったのだ。万が一、エナーシャ様に流れ弾でも中ってみろ。階級関係なく、みんな仲良く断頭台へまっしぐらだ。
訓練で顔を合わせる同僚たちが揃って後ろ手に縛られ、足取り重くのそりのそりと向かう先は、ギラリと鈍い光を反射させるギロチンが待つ断頭台。そんな最悪な場面を想像してしまいサッと血の気を引かせた俺は、それでもエナーシャ様から視線を外さない。外してなるものか。
どれくらいの時間、そうしていただろうか。不意に視界の真ん中にあった金色が、瞼の後ろに隠された。それから、はああぁぁ…と、それはもう肺の中の空気を全て吐き出さんばかりの溜め息を吐かれた。……目の前におられる御方は、本当にエナーシャ様なのだろうか。影武者とかじゃなくて?
「……ごめんなさい、貴方を怯えさせるつもりはなかったの」
別に怯えた訳でも、貴女を恐れた訳でもありませんが。……いや、斬首刑を恐れはしたが、それとこれとは話が別です。そんな言い訳染みた言葉の羅列が頭の中をグルリと一周する間に、エナーシャ様の形のいい眉が下がり困った顔になる。
「私のお願いを断っても、別に咎めたりしませんわ。だってこれは私の我が儘ですもの。前回の時もそうだけれど、王族の立場を利用して、貴方の優しさに浸け込んで、無理やり従わせているのだって、私自身が一番よく解っているわ。……自覚しながらやるなんて、性悪女でしょう?」
「…、いえ、無自覚よりはブレーキが効く分良いのではないでしょうか」
「ふふっ、やっぱり優しいのですね」
口元を隠してクスクス笑う王女様は、幾分か気が晴れた表情に変わった。
「今回のことは、お父様にお願いしてみるわ。それで却下されたら、悔しいけれど諦めることにします」
「それが一番よろしい方法かと存じます」
今この場で諦めず、とりあえず当たって砕けろ精神で物事を進めようとするところが、エナーシャ様らしいというかなんというか…。なんとなくリランに似ているな、と改めて思った。今や天真爛漫を通り越して破天荒へ向かっている幼馴染みと、己の立場を理解し分を弁えることを身に付けているエナーシャ様。言葉で表せば全く正反対な二人だが、その根本にある性質が似ている。だから俺のエナーシャ様に対する印象は、すこぶるいいのだ。
エナーシャ様の案に肯定の意を伝えると、「それから、」と改まって姿勢を正す御方。何事かと思い、つい俺も背筋が伸びた。
「お茶会は、今日でお仕舞いにしましょう」
一瞬、何を言われたのか解らなかった。
「これまでお付き合いいただいて、感謝していますわ。ありがとう。とても楽しい時間が過ごせたわ」
頭の中で反芻して、やっと飲み込んだ。だが、何故急に?
困惑が顔に出ていたのだろう、エナーシャ様はご丁寧に理由を教えてくださった。
「婚約者もいない身で、年頃の男女が秘密裏に会ってお話するのは外聞的によろしくないと、とある御方から言われてしまって…。私と貴方の噂が王宮内で回っているのは知っていたのだけれど……あっ、もちろん、否定はしているのよ? でも、これも私の我が儘で、今まで続けさせてしまったの゙…。貴方の迷惑にしかならないことばかりしてしまって、本当にごめんなさい」
そうおっしゃって頭を下げようとなさるのを、俺は咄嗟に止めた。どこからか突き刺さる護衛騎士の攻撃的な視線も要因の一つだが、人払いしていた俺とのお茶会でさえ一週間も経たない内に王宮中に広まったのだ、王女様に頭を下げさせたなんて噂が立ったら俺の存在が消されるに決まっている。物理的に。
「エナーシャ様、どうか謝らないでください。……私も、楽しかったです。お声掛けいただいた時はとても驚きましたし、口下手な私といてエナーシャ様がご不快な思いをされないか心配していたのですが……」
「いいえ、不快だなんてとんでもないわ!」
「そうおっしゃっていただけて安心しました。私なんかの話に耳を傾けてくださり、貴女の貴重なお時間を割いていただいたこと、誠に感謝しております」
そう言って、俺はエナーシャ様に頭を下げた。
「……頭を上げてくださるかしら。私の方が、貴方の貴重な休憩時間に押し掛けて、時間を取らせてしまったというのに、逆に感謝の言葉をいただくなんて…思ってもみなかったわ」
その御言葉に従い頭を上げると、苦笑しながらも穏やかな表情を浮かべる王女様がいらっしゃった。互いに謝ったり礼を言ったり、このままだとどこまで行っても平行線で終わりが見えなくなる。だから、不思議なことに俺たちは自然と口を閉ざし、暫時沈黙する。たがその時間は決して苦ではなかった。まるで波長を合わせるかのようなそれを感じているのは、きっと目の前の御方も同じだろう。今この瞬間、俺とエナーシャ様の意は同調した。
「二人きりでお会いするのは、これで最後ね」
「そうですね」
「訓練、頑張ってくださいね」
「精進して参ります」
「……どこかで顔を合わせた時は、無視しないでくださいね?」
「もちろんです」
「他人行儀だったり余所余所しくしないでくださいね?」
「それは……少し、考えさせてください……」
ポンポンと弾む会話に変化球を混ぜられて、答えに口籠ってしまった俺に、「まぁ、正直な方」とエナーシャ様は微笑まれた。気を悪くされた様子はないので、冗談を言われたのだと解った。そして俺も無意識に、普段あまり働かない表情筋を使って笑った。
こうして、王宮内で最も噂されていたエナーシャ王女と英雄騎士アヴィストの関係は、密会終了の日からそう経たない内に誤解であったという噂に変わったのであった。
ちなみにだが、とある貴族に英雄騎士との密会はなんのために開いていたのかと聞かれた王女様は、友人増やしの手伝いをしてもらったと、追求は受け付けないぞという圧を含めた完璧な笑顔で返していたとは、俺は知る由もなかった。
お茶会の終了を決めた日から、三日後。
俺は目の前の光景から、エナーシャ様の用意周到さと頭の回転の良さを改めて突き付けられた。
「こんにちは、アヴィスト様。今日はよろしくお願いしますね」
「…………よろしくお願い致します、エナーシャ様」
揺蕩う金糸を纏め上げ、いつもより装飾が少なく動きやすそうな服装で、キラキラと輝かんばかりの笑顔でコテンと首を倒す御方を、俺は現実逃避すら覚える心持ちでご挨拶した。
そうだった。有言実行する御方だった。前回ので知っていたはずだ。忘れていたことは否めないが、それでもだ。
三日って、早すぎやしないか…?
あの日から三日しか経っていないのに、こんな短期間で一体どうやって見学許可を取り付けたんだ。国王陛下を三日も経たずに説き伏せるとは、国王陛下がエナーシャ様に甘いのか、それともエナーシャ様が強かすぎるのか…。どちらにしろ、一国の王がそれでいいのかと思ってしまったのは、仕方のないことだと思う。
この訓練見学を願い出たのが三日前だとは知りもしない同僚の団員たちは、突如現れた黄金の天使を目の前にして、なんとも言い難い衝撃が再来していた。憧憬の的であるエナーシャ王女を再び間近で見られたことへの歓喜と、これからズタボロにされる姿を見られてしまうことへの羞恥と、汗臭さしか漂わない訓練場に一体なんの目的で来ているのかという疑問と。様々な感情がグルグル渦巻いてよく分からない表情と雰囲気で立ち竦んでいる。
前回はリランと話したいという目的だったが、今回は訓練場を半壊にするほどの面白い(?)訓練内容に対するただの好奇心で来ているのだと知ったら、団員たちはどんな気持ちになるのだろうか。まあ、エナーシャ様本人に伺えば「みなさんの真剣で、勇ましい御姿を拝見させていただきたくて」とかなんとかおっしゃっているところが容易に想像できてしまう。既にエナーシャ様像が天使や女神ではなく、高貴でありながらも年相応に興味関心を持って行動する、リランに似た少女であると認識している俺は、敬いはするが団員たちのような憧れを持つことはない。だから内心いろいろ失礼なことを思ってしまうこともあるにはあるが、絶対に口にしないと自分に誓っている。生命は大事だからな。
そんなことを考えている俺を他所に、エナーシャ様は護衛騎士を伴って団員たちと挨拶を交わしていらっしゃる。その中にはリランもいて。
エナーシャ様がリランと対面した瞬間、この場の空気が一気に張り詰めたものに変わった。気温が下がり、重苦しい空気が支配する。その根源は──エナーシャ様の護衛騎士から発せられる殺気だった。騎士のリランに向ける殺気は、離れたところにいる俺でさえ感じる程だ、リランの近くにいる団員たちは顔色を悪くさせている。
誰もが固唾を呑み込んで動向の行方を見つめていると、今にも斬り掛からんとばかりの殺気を一身に受けているはずのリランは、エナーシャ様に声を掛けられるとニコリと笑みを浮かべて頭を下げた。
「お久し振りでございます、エナーシャ様。本日はどうぞよろしくお願い致します!」
「こちらこそ、貴女が考案された新しい訓練というものを楽しみにしておりますわ」
「ご興味をお持ちいただき、光栄です! ご期待にお応えできるよう、全力で取り組んで参ります!」
まるでこの重い空気を認識していないかのように、ナチュラルに会話を交わす二人に、驚愕したのは俺だけではないはずだ。まさか、護衛騎士の殺気に気づいていない? いや、そんな鈍感なはずはない。村にいた頃の彼女なら有り得るだろうが、“魔女”に乗っ取られ、団員たちと本気の訓練に取り組んできた今は、少しの気の変化にさえ敏感に感じ取る。だからリランがこの突き刺すような殺気に気づいていない訳がない。
「護衛の方も、よろしければ一緒に混ざってやってみますか?」
お前は生命知らずか。自分を殺す気満々な相手に、どうして訓練に参加することを勧められるのか。対峙すれば即息の根を止めに向かってくるに決まっている。そんなことは少し考えれば、いや考えなくても解るだろう。
リランの突拍子もない言葉に、護衛騎士がどう答えるのか。この場にいる全員が息も忘れて耳を澄ます。
殺気を収めることも、緩めることも、況してやリランの提案に動揺することもなく、無表情でエナーシャ様の後ろに立っている騎士は、チラリとエナーシャ様の方を見てから言った。
「王女殿下から離れることはない」
「そうですか。気が変わられましたら、いつでも参加してくださいね」
ぶっきらぼうに拒絶されたのに、リランは笑顔を崩すことなく受け入れた。エナーシャ様が「無愛想でごめんなさい」と謝られていたが、リランは「いえいえ、気にしておりませんので」と胸の前で両手をパタパタ振って応えていた。
その後、エナーシャ様のために用意された場所へと彼女が移動すると、どこからともなく息を吐く音がして、ピンと張り詰めていた空気が霧散した。俺も知らず止めていた呼吸を再開させ、こちらに歩いてくるリランに「お前は怖いもの知らずか」という思いでニコニコしたままの顔を見つめていると。あれ、と。先ほどまでと少し違う部分に気がつく。リラン、なんか顔色が悪くないか?
「……………あの人なんなの。ただ者じゃないよ、あの殺気! 親の仇みたいな目付きで睨まれたんだけど! めっちゃ怖かったんだけど!!」
冷や汗をダラダラ流して涙目になりながら小声で話された内容から、俺はリランが普通の感覚だったことを再確認し、「膝がガクガクしてるんだけど!」と小声で叫ぶリランに、良かったいつものリランだとホッとしたのだった。
「治まるまで座ったらどうだ?」
「うん…そうする。そうさせてもらいます…」
はぁー…と長い息を吐いて座り込んだリランに、水筒を渡せばお礼の言葉が返ってきた。ゴクゴクと水を飲む彼女の姿をぼんやり見ながら、俺は先ほどの場面を思い返す。
高圧的な殺気を正面から受けても平然としているリランが、俺の知らない人に見えた。そのことに背筋がゾッとしたのは気のせいなんかではなく、俺が無意識下で恐れていることなのだろうと察しが付いた。
不変なんてものはないが、俺はリランにそれを求めているのかもしれない。昔と変わらず無邪気で、自分の気持ちに素直で、表情がコロコロ変わるリランであってほしいと、そう願っているのかもしれない。それはリランに己の身勝手さを押し付けているということで、俺はそう思ってしまう俺自身に嫌悪感を覚えた。
苦虫を噛み潰したような気持ちになっている内に、リランは復活したようで「そろそろ始めましょう!」と団員たちに声を掛けた。俺は訓練に集中しようと気持ちを切り替え、リランの後に続いて仲間の元へ足を進めた。
これから起こる事件に、足を踏み入れてしまったということに気づく者は、誰一人としていなかった。




