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それでも無価値な復讐を  作者: 今井 初飴
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第8話 魔女とマドンナ

 翌日、残業の予定が決まった昼休み、識司は電線にとまった烏に待ち合わせの時間を告げてみた。そしてその時間にステンドグラスの前に行くと、雨もちょうど来たところだった。本当に伝わった。

 その日は駅で牛乳とパンだけ買って帰り、夕飯はパンとシチューにした。具材を細かくしたから煮込むのに時間はかからない。識司は同時にプリンも作り、冷蔵庫に入れた。

 どろりとした得体の知れないものを見て、雨はまた嫌そうな顔をした。軽く焼いたロールパンをひとつ渡したのを、少しずつ食べている。パンは好きなようだ。識司はパンだけでは足りないので、冷凍していたごはんをあたためたのを何も味付けせずぱくぱく食べている。

「よく白いごはんだけ食べられますね」

「俺ごはん大好きなんです。いくらでも食べられますよ」

 識司の食事にも慣れた。それより問題はこれだ。雨は目の前のどろどろを睨んだ。識司は平気で食べている。この人は何でも食べるから参考にならない。何を使ったか聞いてはいないが、識司は昨日とだいたい同じ材料、と言っていた。オレンジ色の粒は、だとするとニンジン。あとは、よくわからない。匂いは悪くない。

 雨が大きな目でシチューを必死に見つめるのを、識司は笑いながら眺めている。どうするか決意する頃には程良く冷めるだろう。

 識司のシチューが底を尽きそうになり、雨は遂に材料を尋ねた。

「ニンジン、タマネギ、鶏肉。あとはジャガイモと牛乳、ホワイトソースと調味料だよ」

 識司は答え、自分の分のシチューを全部食べてしまった。雨はああっ、と声をあげた。識司は構わず立ち上がり、おかわりを持ってきてまた座った。雨が脱力する。

「もう、それならもう少し考えたのに」

 雨が不満そうに言う。一緒に同じものを食べたいとは思っているようだ。

「雨さんのペースで考えてたら朝になっちゃうよ」

 識司は笑った。

「さあ、雨さん、ひと口どうぞ」

 雨はうう、とうなっている。識司の、あやふやな雨となし崩しに約束作戦は成功したようだ。材料を聞いたので、雨はひと口は絶対食べなくてはならないのだ。

 食べてくれたらおいしいと思うんだけどな。

 識司は思うが、特には薦めず食べながら待つことにした。

 雨はまた散々シチューと睨み合い、識司の2杯目のシチューが半分になってようやくスプーンを取った。

「……」

 雨はひと口目をだいぶ時間をかけて食べていたが、ふた口目からはぱくぱく食べ始めた。識司はなるべく知らん顔をしていてあげたかったが、どんな顔をして食べているのか気になって、つい覗き見た。雨は視線にすぐに気付いて笑顔を引っ込めたが、識司はその顔が見られたので満足した。雨が不満そうにおいしいです、と小さく呟く。

「おいしいって言ってくれたら嬉しいよ。作ったんだから」

「でも、何だか素直に言いたくなくなるんです、そうやって見られてると」

 雨はスプーンを止めずに言った。識司は苦笑した。少し意地悪し過ぎたかな。

 識司とほぼ同じに雨も食べ終え、ごちそうさま、と2人で頭を下げる。識司が片付けようと食器を持つと、雨も真似して持ってきた。シンクに投げ入れそうなのを制止し、間に合ってほっとする。識司がそっと置いてね、と教えると、雨は素直にそっと置いた。雨は何でも初速が速過ぎるのだ。

「戻ってていいよ、洗ってから行くから」

 雨はなかなか戻らないで識司の背中でもじもじしている。識司は手を止めて雨を見た。雨はその視線から隠れるように識司の背中に回り込み、額をくっつけて背中に話し出した。

「シチュー、おいしかったです。素直においしいって言えなくてごめんなさい。また作って、一緒に食べると何だか、ごはんがすごくおいしいの」

 言い終わるとすぐ雨は身をひるがえした。変なところばかり素直じゃない。識司は苦笑したが、今日も無理して会って良かったと思った。

 待ち合わせの時間が遅かったから、今日はあまり時間がない。プリンを食べたら帰らなければ。

 カップから目の前でプリンを出してみせると、雨は驚いていた。昨日作ったカラメルを上から垂らし、これで雨の知るプリンの形になった。

「いつの間に作ったの?」

「さっきシチューと一緒に。そんなに手間なものじゃないから」

 ふうん、と雨は複雑な顔をした。今度また手伝ってもらうよ、と識司が弁解するように言うと、もういいです、と雨は力なく答えた。

「今日は時間もタオルもあんまりないから、今度たくさんある時にまた作ろうよ」

「その言い方が意地悪なんです」

 雨が遂に怒って識司に肩をぶつけてきた。そのまま腕に掴まる。識司はごめんごめん、と笑って雨の頭を撫でた。絹のようになめらかな白い髪。

「あと意地悪言わないで」

「ごめんね、言わないよ」

「じゃあキスして」

 識司は戸惑った。雨は時々ひどく大胆だ。雨は少し頬を染めて大きな目で識司を見ている。識司はあちこちきょろきょろしてから、思い切って体をかがめて雨の頬にキスした。雨は満足したのか、プリンの前に戻った。

 雨はプリンはすぐに食べ始めた。口にあったらしく、嬉しそうだ。識司は幸せな気持ちで雨を見た。

 その後、手をつないで歩いて雨を送り、別れ際にまたお互いにキスを交わした。

「おやすみ、また明日」

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