序章 有澤識司の日記
束で売っているような、よくあるノート。表紙は薄いグレーで、背は黒い製本テープが貼ってある。
中を開くと、黒の水性ボールペンで書かれた、少し癖のある文字が端然と並んでいた。
ノートは十数冊ある。年次は書いていないが、ほぼ毎日書かれているので、日付を追うとだいたい順序通りと思われるように並べることができる。
古いものから使いかけの新しいものまであるが、内容は殆ど変わらなかった。
例えば次の通り。
9月5日 月 28℃ 晴れ
9月6日 火 30℃ 晴れ
9月7日 水 29℃ 雨
こんな調子でほぼ毎日、日付と温度、天気が記してある。ノートの古さと曜日から、娘が生まれた日と思われる日の日記も以下の通りだ。
5月16日 日 22℃ 晴れ
前後にも特記事項はない。
特記事項があるのは、その何冊も後だ。
8月26日 水 27℃ 雨
結城さん 引き止める
また、その次のものと思われるノートにもひと言添えてある日がある。
1月3日 日 3℃ 雪
失敗
その後は珍しく数日日付が抜けている。
1月7日 木 2℃ 雪
1月8日 金 6℃ 曇り
1月9日 土 3℃ 雪
1月10日 日 −2℃ 晴れ
しかしまた書かれ始めた日記は、文字の乱れもなく、淡々と続いた。
その後もそれだけの日記は何冊も続いた。
最後の、途中までしか使われていないノートにも、変わらない様子で日付と曜日、温度と天気が記されている。
しかし、日記が途切れる1週間前から、いつもと少し違うことがある。
3月16日 月 6℃ 雨
3月17日 火 3℃ 雨
3月18日 水 −1℃ 雨
3月19日 木 6℃ 雨
3月20日 金 6℃ 雨
3月21日 土 0℃ 雨
記録ではこの期間、確かに雨もあったが、春らしくよく天気が変わった。そして、晴れの日も多かった。
違ったのは天気の記載くらいで、添書きなどは特にない。
日記はこの日を最後に終わっている。