お利口さんな駒
「クッソ、あっちいな。」
カンカン照りの太陽が、
自分だけに焦点を合わせているのではないかと思うくらいにアツい。
こんな日にスーツを着て、
面接なんて馬鹿馬鹿しい。
この俺が。
熱帯雨林の漆黒のホールから、
熱を持っているケータイを取り出す。
「お前もキャパオーバーだよな?」
思わず、ケータイの画面を見ながら呟く。
ー俺ら(俺とケータイ)は、アツいアツい同盟だな。
なんて、訳のわからないことを考えてしまうくらい暑い。
画面には、はっきりと
8:19
ーよし、10分前には到着というミッションは成功だ。
それだけでも少し安堵する。
集合時間は、AM8:30。
ハチ公前。
NOT デート。
社会人は五分前行動と言われてきた。
つまり、相手側の裏の意図を読み解いて、
今、ここ、ハチ公前に、8:20にいるわけだ。
「にしても、暑すぎる…」
俺の汗腺は遠慮というものを知らないらしい。
ー俺は、こんなにも努力して社会人になろうとしているのに。
仕方なく、ハンカチで汗を抑える。
街は、まだ人混みというほどではなく、
大人たちが足早に、
子どもたちはキャピキャピと時間を過ごしている。
大人になる前に、
渋谷でキャピキャピしていた時代は俺にはなかった。
ー今、ハチ公前に立っている俺は、きっと風変わりだ。
なんて、思うがそんなことに気を留める大人がいないだろう。
そのくらい、忙しない。
カランカランカラン…
鼓膜に少し乾いた涼しげな接触音が触れた。
振り向きたいけど、思うように首が動かない。
蒸し暑い中に、
フワッとナチュラルな自然な香りがした。
「真谷 一さんですか?」
そう聞こえてから、呪いが解けたかのように
声の主の方に身体を向ける。
「はい、そうです…」
漆黒
黒地に赤い大きな牡丹が咲き誇っている着物。
口元のはっきりとした紅。