その1
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笑って読める作品を探している方向けです。
1)体育でボッチキメてる奴に声かけてペア組んだら、そいつの身体能力がやばすぎて引いたようなアレ。
「お前、組むやついねぇの?」
初めてギルドの受付を済ませたユージーンが、募集用の掲示板を眺めているときだった。
ぶっきらぼうな声に振り向けば誰もおらず首を捻れば、腰の辺りから「ここだよ」と聞こえた。
「お前、友達いねぇだろ」
「……誰だ」
ユージーンが垂直に顔を向けた先に居たのは、不機嫌そうな仏頂面を隠しもしない、目つきの悪い少年だった。同じくらいの不機嫌さで、なんだこいつは……? と思ったが、ユージーンの表情筋は長年不誠実に付き合っていたツケがたまり、彼の気持ちを一ミリも代弁してはくれない。
「だから、依頼だよ! お前今日が初めての初心者なんだろ? 受けられるヤツあんの?」
「……あるには、あるが」
薬草摘みだとか城壁補修の土壁作りだとかの依頼は、初心者であるランクFの冒険者でも受けられる。ただ、ユージーンはごめんだった。やりたくもない安全で疲れる仕事は、本当の初心者がやればいい。
「俺さぁ、ランクEで討伐依頼とかできんだけど」
「そうか」
「いや、そうかじゃねぇよ」
段々面倒臭くなってきたユージーンは、少年に向けていた視線を掲示板に戻した。
ランクEは、周辺のモンスターの討伐依頼が受けられる階級らしい。それでも、相手はスライムとかゴブリンだとか、ユージーンが騎士の時代に片手間に倒してきたモンスターばかりだった。
「……なぁ」
「なんだ」
「俺と組まねぇ?」
いい加減鬱陶しいなと思っていたユージーンの態度に怯むこともなく、少年は彼のマントをちょいちょいと引っ張ると、持っていた依頼書をニヤニヤとちらつかせた。
「これなんだけどさ、ウォーウルフ退治。こっから半日くらい歩くとこに群れが出たらしいんだけど、俺だけじゃ受けられなくてさ」
「お前のパーティは?」
冒険者は下位のランクほど安全性を上げるためにパーティを組む。それがユージーンの常識だったので何の気なしに尋ねた。
だが、尋ねられた少年は、みるみるうちに顔を赤く染めていく。
「俺は別に組む相手がいないわけじゃねぇ! ただ、ちょっと、事情があるってか……」
「ふむ」
「なぁ! 一回でいいんだよ! アンタ今日冒険者登録したってだけで、本当は強いんだろ? ドブさらいとか薬草摘みとかすっ飛ばしてランクあげられるんだから、お前にとっても悪い話じゃねぇだろ?」
そう言われると、否定できない。
けれどユージーンは、少年と組むことでみだりに彼のランクが上がることを危惧した。ランクが上がれば依頼内容の危険度も増し、死亡率も跳ね上がる。見る限り自分より五つくらいは年下だろう彼を、間接的とはいえ危険にさらすようなマネはしたくない。それはユージーンの矜持に反することだった。
だた、ギルドや冒険者に知人もいないユージーンにとって、これ以上魅力的なお誘いがないのも事実で。
「……お前の職業は?」
「受けてくれんの?」
「いや、お前の能力によるが……」
ぱっと花を咲かせるように笑った少年は、保険をかけたいユージーンの言葉をまったく聞いてはくれない。
「俺の名前はハイリッシュ! ハルとかハイルとか呼んでもいいぜ」
「……ユージーンだ」
すでにパーティを組んだつもりのハイリッシュが、はちきれんばかりの笑みでユージーンの手を引いた。
押し切られたユージーンは断るタイミングを失い、やれやれと心の中でため息を吐く。
一日二日の子守りでランクが上がるのなら得だろう。
そんな気持ちで、ハイリッシュと組むことに納得した。
*
ギルドの受付を済ませ依頼を貰い、必要なものを買った二人は、そのままウォーウルフ退治に出発した。
ユージーンは性急だなとも思わなくもなかったが、冒険者としてはハイリッシュの方が先輩であるため、黙って従うことにした。一応ギルドの依頼も彼の名前で受けている。
何より、ユージーンは自分の腕に覚えがあった。
自分ならこの少年を守って依頼を完遂することができるだろう。そんな自負があったのだ。
「それで、お前の職業はなんなんだ?」
ユージーンが聞きそびれたハイリッシュの職業を改めて聞いたのは、彼らが城門を通り抜け、西の街道を歩き始めてから少しばかり経ってからだった。
ハイリッシュはちょっとだけ目を見開くと、苦々しい顔をした。
「まぁ、なんつーか。せ、セイレイシってやつだよ」
「……精霊士?」
ごにょごにょ歯切れ悪く言うハイリッシュに、ユージーンの眉が寄る。
城外で精霊士という職業の人間を見るのは初めてだった。
「あの精霊を使うのか?」
「そうだよ……悪ぃかよ」
「いや……」
何故かハイリッシュの機嫌が悪くなる。
さっきもそうだったが、この少年は聞かれたくないことを聞かれると不機嫌になるようだ。
「セイレイシって、都会にゃ沢山いるんだろ?」
「さぁ……」
ハイリッシュのいう都会がどこを差しているのかは分からないが、一応、大国であるアインライトの首都で暮らしていたユージーンは、そんな噂を耳にしたことなど無い。
むしろ精霊士が冒険者登録をしているというのが本当ならば、その方がよっぽど問題だろう。
精霊士とは、国賓級の職業である。
どの国でも精霊士は王族に仕え、その希少価値がゆえに不用意に姿を現さない。
アインライトにも数名の精霊士がいたが、騎士団に勤めていた彼が見たのは同僚が世話をしていた精霊が逃げたときの、たったの一回きり。
もっとも、そんな不自由さが嫌で、精霊士であることを隠してひっそりと暮らしているという話や、商団や裏家業に属し私腹を肥やす者がいるという話なら聞いたこともあるが、大抵は噂好きの精霊がうっかりその名を口にして、軒並み引き立てられたり、しょっ引かれたりしていた。
だから、もし彼が本当に精霊士なら、初心者の自分と冒険者なぞやってる場合ではないのだが。
「ハイリッシュは、その、どうやって精霊を使役してるんだ?」
「まぁ……使うってか、勝手に出てくるってか」
「勝手に出てくる?」
そんな話があったら、本当の大問題だ。
ユージーンはハイリッシュを怪訝そうに見つめた。嘘を言っているようには見えないが、彼には何かを隠しているような不誠実さがあった。
「ああもう! 別にお前の足は引っ張らねぇからいいじゃねーか!」
「……精霊というのは俺にも見えるのか?」
「あん? 見えねーやつっていんの?」
どうやらこの少年、あまり常識が無いらしい。
口下手なユージーンは、少し頭を整理してから、できるだけ簡素に説明した。
「俺が知っている話になるが、精霊士は自らの魔力で描いた魔法陣を元に、呼びよせた精霊と契約し、使役するようだ」
「へぇ」
「お前は違うのか?」
癇癪持ちのハイリッシュを、刺激しないように尋ねる。
「……違う。だからその……ギルドには冒険者として登録されてる」
「…………」
いや、確かに自分の知識にない職業を登録するのは、都市のギルドでも難しい。だが、少年の言葉を嘘としてほぼ無職と同義な冒険者として登録するのはどうなんだ。
「精霊は魔法を使うと聞くが……」
「魔法って体ん中を流れる魔力を使って火とか水とか出すやつだろ? 俺全然魔力無くて誤魔化せなかった」
「そうか……」
不憫であった。
勝手に冒険者と登録され狼少年扱いされた彼の気持ちは、ユージーンには痛いほど分かった。
「俺さぁ、もうちょっとでランクDの冒険者になれるんだよな。だからランクが上がったらさ、都会に行ってセイレイシに会ってさ、俺の職業をセイレイシにしてもらうつもり」
ニカッと笑ったハイリッシュの笑顔が、ユージーンの胸に突き刺さる。
「早くランクが上がるといいな」
「ああ! アンタが組んでくれて助かった」
強そうだし。なんて笑うハイリッシュの視線は、ユージーンの背負う大剣に注がれる。
「その剣、重いの?」
「持ってみるか?」
「いいの?」
背負っていた大剣をベルトごと外し、ハイリッシュに渡してやると、彼は興味津々とばかり柄を握った。
「うおわっ!」
「片手で持つにはコツがいる」
「いや! これ両手ででも持てねぇよ!」
体の小さなハイリッシュがあんまりな重さに剣を落としそうになると、ユージーンは小さく笑う。
「……お前、笑うんだな」
「当たり前だろう」
何を突然とばかり眉を寄せれば、ハイリッシュは合点がいったらしく、そうかそうかと頷く。
「あ、そうだ。お前精霊見たことないんだっけ」
「ああ。前にいたところにはいたらしいが、俺は嫌われているらしく姿を見せてくれなかった」
「へぇ、まぁあいつらなんかよくわかんねぇからなぁ」
「お前でもわからないのか」
「だってなんか、うーん……まぁ、こんなんだし」
パチンとハイリッシュが指を鳴らすと、ポンポンポンと何もない宙から音がして、精霊が三匹現れた。余談だが、精霊は、下位精霊には匹が、上位精霊には体の助数詞が使用されている。
「これが……」
初めて見た精霊に、ユージーンは言葉を無くした。
精霊は、手のひらに乗るほどの小さく、人形のような愛嬌があった。
頭と体は比率が一対一で、背中には虫のような羽が二対ついている。さらに顔は二つの点が人の目と同じ位置にあり、そして口の位置には逆三角形のような模様がある。ただ、どれも生き物のように動く様子は無い。
……なんだこれは。
正直な感想は、冗談みたいな顔をしているな、だった。
だから、ユージーンはどう反応するかかなり迷い、結局「小さいな」とだけ言う。
「ラクガキみてぇな顏だろ?」
ハハハ、と笑うハイリッシュに心臓がぎくしゃくした。
「はーちゃんよんだー?」
「だれそれー?」
「おとこー?」
精霊は、ハイリッシュの周りをクルクルと飛びながら、嬉しそうに話しかけている。よく見れば体の色が違い、属性を示しているようだった。
ハイリッシュが呼び出した三匹の精霊は、青色が一体、緑色が二体。たしか、青色が水の精霊で、緑色が風の精霊だったように思う。
「水の精霊と、風の精霊か?」
「知ってんじゃん」
「いや、知識でだけだ」
「ふぅん?」
ハイリッシュは精霊なんぞありとあらゆる場所で見ているので、見えないと言われると不思議な感じがした。ただ、関心深げに精霊を見ているユージーンが嘘をついているようには見えなくて、そういうものだと納得する。
「あれ? これアレじゃない?」
「えー? ほんとだー」
「アレだねアレー」
「お前ら分かるように話せよ」
きゃっきゃ、と笑いながら喋る精霊の話はいつだって要領を得ない。精霊の情報を流し聞くことが多いのは、大半が何を言っているか分からず、かと言って聞き返しても答えてくれないことにあった。
精霊と意思疎通ができる精霊士が、国益になると言われる所以である。
気まぐれで何を考えているか分からない精霊を唯一使役できたとされるのは、数百年前に魔王を倒した勇者のパーティにいた精霊司だけである。
これまた余談だが、セイレイシという同音でも、精霊士、精霊師、精霊司と、精霊を使う者には三種の階級がある。
精霊士、精霊師、精霊司の順でグレードが上がっていき、精霊司は上位精霊を言霊無しに使役する伝説級の存在だ。確認されているのは先ほどの勇者一団の精霊司ただ一人。
繰り返すが、下級の精霊士ですら、現在国ごとに数名確保するのがやっとの状況であり、精霊師や精霊司などが現れれば、国同士のパワーバランスが崩壊し、戦争が起きかねないとも言われている。
ユージーンは、目の前の非常識な存在に、そっと背筋を凍らせた。
「そんで? お前らユージーンのこと知ってんのか?」
「しってるー?」
「しらないー?」
「ゆーじーんはきしだよー」
「騎士?」
その言葉にユージーンは焦った。
「ハイリッシュは、精霊と会話ができるのか」
「できるからセイレイシなんじゃねぇの?」
「いや、俺もよくわからんが、精霊というのは人間の質問に応えてはくれないと聞いた」
「はーちゃんはとくべつー」
「とくべつー」
「ねー」
「だ、そうだ」
フフンと若干鼻を高くし、得意そうに言うハイリッシュ。
ユージーンは今度こそ少年が面倒な存在だと確信した。
精霊に特別などありえない。
彼らは超自然的集合自我と呼ばれ、人も魔物も己を生んだ世界すら特別視しない存在だ。
大気や生命の端っこが共鳴し、一つの概念として混ざり合い、人には到達しうることのない超次元的な存在であって、人間がどうこうしていいような存在ではないのだ。
朝日が昇る様に、星が輝くように。
ただ存在し、あるがままに消えていく。
だからこそ人は精霊を「幸福と災厄の隣人」として受け入れ、その存在を畏怖し、尊重し、どうにもならないものと細やかに利用する。そうやって折り合いをつけてきた。
「ハイリッシュは、その……自分が精霊師であることを誰かに言ったか?」
「……言ってねぇ」
ぶすっと不貞腐れてしまい、ユージーンはおや? と片眉を上げた。
「こいつが言うなっていうから」
「こいつ?」
肩掛けカバンの蓋をペロンと開けると、そこには一匹、小さな精霊がいた。
「みてんじゃねぇよ」
「……すまん」
パタンとまた蓋を閉めたハイリッシュが「気難しいんだよなぁ」とぼやく。
(なんだ、あれは……)
精霊は四種。それぞれ体を火は赤色、水は青色、風は緑色、大地は茶色、とカラーを決めて存在している。
先ほどカバンの中にいた精霊はプリズムカラーで、どの色もしていなかった。
――おそらく、上位種。
精霊にも階級が存在するので、多分小さいながらに上位存在なのだろう。そう推測はできたものの、その存在がなんの属性を示しているのかまでは分からなかった。
「さっきのカバンの中の精霊は、どんな魔法を使うんだ?」
「しらねー」
ハイリッシュも見たことが無いらしく、言った後にそういえばと考え、しきりに首を捻っている。
「はーちゃん」
「どうした?」
カバンの蓋を押し上げて出てきたプリズムカラーの精霊が、ちらりとユージーンを見た。促されるようハイリッシュも彼を見上げる。
「……はぁ」
精霊は、これみよがしにため息を吐いた。
(成程、俺と精霊の相性が悪いのは本当のようだ)
イラッとした精神を無表情の下で宥めつつ、ユージーンは目を背けて前を向く。
「おまえ」
「っ!」
ピロピロと耳元まで飛んできていたあの精霊が、ドスの効いた低い声で囁く。
「はーちゃんにくだらねぇこというんじゃねぇぞ。そのかわりてめぇのこともいわないでおいてやるから」
「…………わかった」
元より反抗する気も無いユージーンが頷くと、その精霊は去り際にちっと舌打ちし、ハイリッシュの肩にとまった。
「なんの話?」
「ひみつ」
しれっと言う精霊にふぅんと納得しつつこちらを見上げたハイリッシュに、ユージーンは黙って首を振る。
超自然的な事象を笑って巻き起こす人外の存在を敵に回すほど、彼は愚かではなかった。