ライオンだってもふもふなんだよ。
広い広いサファリパークの端っこに、ライオンさんのおうちがありました。
そこにはお父さん、お母さん、お兄ちゃんと、生まれて1か月の赤ちゃんライオンが住んでいます。
もう2月になったというのに10センチも雪がつもった寒い日に、赤ちゃんはなめなめしてくれていたお兄ちゃんに話しかけました。
「ねぇ、パパのたてがみはふさふさなのに、どうしてお兄ちゃんのはもこもこなの?」
うっとうなり声をあげて、お兄ちゃんはこわい顔をします。じつはお兄ちゃんはそのことをとっても気にしていたのでした。
お兄ちゃんだって2才になるてまえで、まだまだ子どもちゃんなのです。からだはおとなと同じくらい大きくなりましたが、にんげんでいえば小学生。
たてがみだってやっとはえてきたところで、もこもこと首まわりにカールしています。お父さんライオンみたいに、頭の上から前あしのひじあたりまで長くりっぱではありません。
「あのね、ぼくがね、パパとおねんねしたときにね、たてがみの中に入れてもらったの。とってもあったかかったんだよ」
赤ちゃんはお兄ちゃんのきもちなんてわからないようです。
赤ちゃんはまだこねこくらいの大きさですから、たいくつすると寝ているお父さんのたてがみにしのびこんだり、お兄ちゃんの首にのっかったりします。
「長い長いパパのたてがみの上だったら、すべり台ができそうだよね」
赤ちゃんはついさいきん、3つにわかれたおうちの中をあっちからこっちまで、よたよた歩けるようになったところです。すべり台だなんてぜったいむりでしょう。
お兄ちゃんはムッとして左の前あしをタシッと赤ちゃんの背中におきました。
「なんだおまえ、なめなめじゃなくてガジガジされたいのか?」
赤ちゃんはあわてて、
「ガジガジはいや~、食べられちゃいそうだもん」
と反対しました。
お兄ちゃんのお口の中に、赤ちゃんの頭はすっぽり入ってしまうのです。
お兄ちゃんライオンは「それでもこんなに大きくなったよな」と、赤ちゃんをしげしげとながめました。
生まれたとたんはほんの小さくて、自分の前あしの先くらいしかなかったのです。
今では赤ちゃんの頭は自分のにくきゅうよりも大きく、背中には手のひらぜんぶがのせられます。
「おまえはぬめぬめでくたくただった」
「ぬめぬめでくたくたってなあに?」
赤ちゃんがききかえしました。
「とってもよわよわだったんだ!」
お兄ちゃんは赤ちゃんが生まれた夜のことを思い出します。
その日はお母さんライオンがおなかがいたいと言っていて、しんぱいでとなりでねむりました。
そしたらまっくらなゆめの中でとってもいいにおいがして、うっすらと目をあけるとなにかがもぞもぞうごいていたのです。
「おいしそうなにおいだ!」
そう思って顔を近づけました。
すると、お母さんの静かな声がします。
「カーリ、なめていいけど食べちゃだめ。カーリはもうお兄ちゃんなんだから……」
(お兄ちゃんってなんだっけ?)
カーリはそう思いながら、もぞもぞうごく、ぬめぬめでくたくたな、しいくがかりさんが使うボロぞうきんのようなものをなめはじめました。
(うん。これはお母さんのにおいがいっぱいしておいしくて、あたたかい)
ぺろんぺろんとなめていると、ボロぞうきんはみーみーと音をたてます。
カーリはむちゅうでおいしいぬめぬめをなめとりました。
みーみーのにおいがお母さんのにおいからカーリのにおいにかわったころ、
「おっぱいあげるから赤ちゃんこっちにちょうだい。カーリ、ありがとね」
とお母さんがささやきました。
「赤ちゃん? これが赤ちゃんなの?」
「そうよ」
まだ目の見えない赤ちゃんはうろうろとお母さんをさがしています。
カーリは赤ちゃんをつぶさないように、おうちのゆかにしいてあるワラごと前あしであとおししました。
赤ちゃんはぐいっとお母さんに近づいて、おっぱいにしゃぶりついたのです。
それからというもの、赤ちゃんはぐんぐん大きくなって、なまいきにもなりました。
カーリお兄ちゃんは「こういうことだってできるんだよな」と、赤ちゃんを左手でころがしてみます。
赤ちゃんは、ワラの上にこてんとたおれましたが泣きもしません。小さな前あし後ろあしで、見おろしているカーリの顔をおしのけようとしています。
「食べちゃうぞぉー」
とカーリが言うと、赤ちゃんは「やめてぇ~」とじたばたしてたのしそうです。
となりのへやにいたお母さんライオンはちらっとふたりのほうを見ましたが、「いつものことね」とまたおひるねにもどりました。
(お兄ちゃんになってよかったな)
カーリはしみじみ思います。
赤ちゃんライオンは寝ころがったまま両手をのばして、
「お兄ちゃん、たてがみもふもふさせて?」
とかわいらしくききました。
「なんだ、お父さんのたてがみのほうがいいんだろ?」
「ううん、お兄ちゃんのがいい」
カーリは赤ちゃんのそのことばだけでうれしかったのですが、にくまれ口をたたきました。
「さっきはもこもこって言ったくせに」
「うん、もこもこでふわふわなのがもふもふなんだって。ママが言ってた」
小さい赤ちゃんライオンがとくいそうです。
「お兄ちゃんもさわってみて? もこもこなのはぼくのおでこで、おなかがもふもふだって。おなかももこもこだけどおでこよりふわふわなの」
カーリは赤ちゃんの白いおなかをそっとなでました。やわらかい長い毛がふかふかしていて、いつまでもなでていたくなります。
「ね、もふもふでしょ? こんどはぼくの番。お兄ちゃんのたーてーがーみぃ。パパのたてがみはふさふさだけどごわごわだから、お兄ちゃんのがいいの!」
ほくほくした気分でカーリは、背をひくくして赤ちゃんが首すじにのぼりやすいようにしてあげました。
赤ちゃんはくるりとじょうずに寝がえりをうって、しがみついてきます。
「お外は雪で寒いからな。おまえはあったかくてマフラーがわりにちょうどいい」
カーリお兄ちゃんはてれかくしにそう言って、ふたりそろっておひるねすることにしました。
©天理妙我さま
フェルトアート作成及び画像撮影
―了―