宇宙飛行士
一年後の八月に、サヤは宇宙ロケットのイベントに向かった。たった一人で行ったことのない、遠い田舎町(片道五時間はゆうにかかった)へ行った。真夏日が続き、最高気温が更新され続けていった年の八月だった。しかしその旅は不思議と暑さを克服出来ていた。気のせいかもしれないが、長旅に不利に働きはしないとサヤは思った。
とはいえ、あまりバンドのツアー以外での旅行を企画しない彼女にとって、それは不慣れな旅だった。手洗いに行く間に、本来乗るべきバスに乗り遅れ、遅刻しそうになった。もっと格安の列車にだって乗れたし、時間の節約だって本当は可能だった。
しかしまあその旅を無事に乗り越えた今でなら、それも一つの思い出なんだけど、と彼女は笑って話す。途中で食べた弁当はそんなに美味しいわけじゃなかった。でもなぜかそのときのことが忘れられない。彼女が好きな歌がそんなフレーズをよく歌っていた。まさにその通りに彼女の旅は進行していた。何か取り戻せないようなものを手にしかけている不思議な感覚。宇宙ロケット開発に携わる松村社長による講演や子供たちばかりの教室で製作したミニチュアサイズだが、実際に飛ばせるモデルロケットの一つ一つだって、忘れられない。
「実は部品とかは全て、アマゾンとかで買えるんですよ」松村社長はそう教えてくれた。彼以外の他の社員は、こんなに酷く暑いというのにつなぎを着ていた。作業に準じるためだった。その姿も彼女の脳にしっかりと焼きついていた。
彼女だけの宇宙ロケットは、はじめて作ったにもかかわらず、本当に宇宙まで飛んでいきそうなくらい、大気圏へと向かっていった。そして宇宙ロケットはしっかりとパラシュートを開き、優雅なクラゲのように宙を漂いながら、地球へと帰還した。子供たちのロケットは本当に宇宙へと飛んでいった。彼らの両親が喜ぶ姿。松村社長が子供のように走り、ロケットの着地を受け取りに向かう姿。そのほんの少しの時間が、もう何度か続けばいいのにとさえ、彼女は思った。
これだけ日射がきつく、異常気象とも言える夏場だったし、たった一年前まで病人だった自分は、最後までちゃんとやり遂げた。旅だって無事に帰って来れたのだ。このたった一日で終わる旅は、本当に自分が宇宙の領域にまで踏み込むような瞬間だった。ほとんど参加者は小学生とその保護者たちだったが、彼女は彼ら彼女らに勇気付けられた。みんな、彼女より勇敢な宇宙飛行士だった。自分より先に宇宙の神秘を発見し、その素晴らしさやときには残酷な面を見せるその世界に誰よりも一歩踏み出す人類に見えた。そして彼女自身はというと、その宇宙訓練の実習生みたいなものだった。いつか自分も宇宙に行けたらなとさえ、今でも思うくらいの一日だった。