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偶然のスウィング

 サヤが連載しているコラムを休むとなったとき、おそらく私は誰よりもショックを受けた。

 サヤは宇宙の音色を奏でる、数少ないギタリストだった。ジミ・ヘンドリクス、アース&ウインド・ファイヤー、スティヴィー・ワンダー、プリンス、ジェイデラ、ジョーパスなどをこよなく愛し、ジャンル別のサウンド面でのアプローチも得意なアーティストだった。

 他にもこんな話がある。サブスクでヒットチャートやプレイリストを組んだら、2018年の何ヶ月かは、ほとんど彼女の手がけたトラックだったなんてことも珍しくない。全国ライブツアーやコンサートへの同行も多く、彼女が楽曲制作に参加している他のアーティスト、アイドルやソロアーティスト、エンジニアやレコード会社などの業界関係者やその音楽そのもののファンからも愛されていた。

 毎月、何度か私は彼女と対面インタビューやメールでのミーティングを交わすだけではなく、打ち上げと称して彼女の大好きなスパイスカレーと一緒に食べに行ったり、スパイスカレーを作ったりもしたし、プライベート面での交流もあったぐらいだ。もちろん新譜について、インタビューに載らないような秘密の話や、音楽制作における彼女の心の核心までも私は知っていた。

「あのリズムトラックって偶然できたわけ。いや、偶然って言い過ぎかな」

「いや、偶然でいいと思うよ。あれは本当にソフトでフォローしていない音に聴こえたから」

「じゃあ、偶然でいいや。あれはね、二つか三つぐらいのベーストラックを延々と流していると大抵ぐにゃぐにゃした音しか聴こえないのね。でもああいうぐにゃぐにゃした中にほんの一瞬だけ、秩序だったリズムが生まれるんだ。で、そこから曲を作ったの」

「カオスからコスモス」そうそう、とサヤは頷いた。

「で、そのフレーズがとてつもなく格好良いわけ。ソフトでフォローしている音源だとあれは出ないし、ソフトだけだと綺麗なパターンしか聴こえてこない。これはまあ冗談だけどさ、レコーディングの途中でプラグがずれたとか、トラックのテンポをバグらせると鳴るヒューズ音とか、他の機材の進行とずれたリズムが生まれたとか、下手なそういう話でもいいんだ。まあこれは曲のカオスとかリビドーがどうやったら出るのっていう考えの一つで、ぶっちゃけ他の人は真似しないほしい。だってあれもう一回生み出せって言ったって無理だもん。知らない間に自分が宇宙にいて、そっからどうやって戻ってこりゃいいのって感じ」

「曲名にもなっていますけど、ほんとそんな感じなんだ?」

「そうそう」

「でも戻ってきたわけじゃん。偶然とはいえ」

「偶然とはいえ。でも考えてみたら、いつもとは作り方が逆なんだよ。いつもは秩序を作ってから、そこからどうスウィングさせるかを考えるのね。でも今回は全体通して、カオスを作ってから、後の要素を整えて、ストーリーを完成させるっていうやり方なの。だから全部がぐにゃぐにゃしているわけじゃない。あと歌と他の音がちゃんとしていないとカオスには出来ないから、いつものメンバーに頼んで統一感は出していかないといけなかった」

「じゃあ、始まりは偶然だけど、ちゃんと後に続くスウィングは見えているってこと?」

「そう。偶然のスウィングってアルバムにしたのはそれが一番の理由ね。ずっと音楽を研究して作ったプロダクトもあるにはあるけど、今回のアルバムのスタート地点は、全部それなんだ」

「スウィングがなければ、意味がない」彼女は、もちろんそうだと答えた。そしてそのアルバムが彼女の活動休止前、最後のアルバムとなった。

 彼女はまさに偶然、脳外科医手術の先生やリハビリの経過など参考を紹介され、今現在も治療を行なっている。今回インタビューを再掲したのは、このためなのだ。しかしこの言葉をもって、サヤの担当である私から彼女へのささやかなアプローチ、個人の連載を休止することを読者の皆様方への報告とさせていただきます。

 私がそんな風に連載を休止した話は今までなかった。しかし内心そうではなかった。どうにかして私は彼女からの言葉を、話を聞き、その物語を連載の代わりに出来ないかと掛け合っていたからだ。

 彼女のギターは遠い宇宙の大気圏から無事に生還し、彼女の手に戻ってきた。宇宙飛行士の主人公が映画の物語で、彼女はその帰還を待ちわびる家族だった。

 そして二ヶ月の期間を挟み、ようやく彼女からの話を聞くことができた。

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