7(クジラから見たイルカ)
その子供はどこかおかしいやつだった。
具体的には、言動が。
行動力があって何事にも恐れない。
字面だけ見れば立派だが、その子供の場合、立派なんていえなかった。
まず、出会った時の状況からおかしかった。
ゾンビの群れが馬車を襲う。これだけならまぁよくあることだ。
さて中にどんな奴がいたのかと遠くから観察していると、まず、外にいた従者が抵抗虚しく殺された。
しばらく悲鳴や叫び声が聞こえていた。
そこで、窓が割れて、ゾンビが一体中に侵入した。
悲鳴が強くなる。
あーあ皆殺しか、と思っていると、唐突に。
子供が出てきた。
背丈は低いしあまり強そうには見えない、けれど、遠距離でもよくわかるほど嬉しそうだった。
恐怖どころか歓喜しているその子供に、俺はとても興味を持った。
なんで笑ってるんだ、そう聞きたかった。
その子供はこんなに遠くにいてもよく聞こえる声で、ゾンビたちに感謝を述べた。
いや、ゾンビたちにはあまり思考できるスペックはないのだろうから意味はないのだろうが、そういう問題ではない。
状況からして、どこかの貴族であろうし、中には少なくとも知り合いが、もしかしたら家族がいたかもしれない。
こんな状況見たことない。
なんだアイツ。狂人?
俺は好奇心に駆られて、その子供を追いかけた。
邪魔してきたゾンビたちはテキトーに蹴散らしておいた。
その子供は異様に足が速かった。
どうやら魔法を使ったらしい。
ただの子供にしてはあの魔法は凄すぎる。
天才的だ。
子供と話をし、最終的には仲間に誘い込むことに成功した。
殺気を見せてみたがビクともしなかった。
スゲェコイツ。
そしてどうやら子供は、家族をよく思っていなかったらしい。
確かに、黒髪黒目は今時目立つ。
よく思わない奴も多いだろう。
でも、だからといって、どこに家族を見殺しにした上に貶すことのできる十歳児がいるんだ。
おかしすぎて、笑ってしまった。
一周回って愉快だった。
その子供は、イルカと名乗った。
本名ではないだろう。
もしかしたら自分の本名が嫌いなのかもしれない。
でも、誰がどうつけたのか知らないが、あんな可愛げのかけらもない子供に人懐こいイルカは似合わない気がする。
その名前についての印象は、ついこの間ピッタリだという感想に変わった。
子供曰く、イルカという名前は古い友人がくれたあだ名だそうだ。
十歳で古いとかどういうことだと聞くと、さあな、とはぐらかされた。
もしかしたら年齢詐欺なのかもしれない。
それで、その友人とやらは、イルカという生物が苦手だったらしい。曰く、何考えているかわからない顔をしている上に赤の他人どころか異種族に媚び売っていて怖い、と。
そんで持ってこの子供も、四六時中ニコニコしていて、誰も彼も変わらず接する癖して、裏切ったり、騙したり、平気でやるから怖い、と。
確かに数年この子供と過ごしてきて、
本当に人間か、
と疑うことは限りなかったし、身元も調べた。
正真正銘の人間だった。
解せない。
多分、おそらく、何かの間違いで人間に生まれてきた魔族だ。
そうじゃなきゃ、魔王の朝食に悪戯なんてしない。
しかも、味噌汁にイチゴジャムだ。
飲みきることのできた魔王は多分この世で一番凄い。
そして怒らなかったあたりが懐の広さを感じさせる。
次にイルカが勇者の奇襲に行った話だ。
報告の際ノックもなしに扉開けてくるのはやめてほしいが、イルカは優秀だから結局は許してしまう。
本物は見つからなかったらしいが冒険者の戦利品はなかなかの量だった。
それと魔物からの貢ぎ物の量が異常だ。
普通、魔物は知性が少なく、魔族相手に襲ってくる奴もいるのだが、まさかの崇拝されているなんて思わなかった。
実は魔王の親戚か冥王の子孫なんじゃないかと思う。
当の本人はいつものことらしく、気にも留めていなかった。
問題はその後だ。
その例の貢ぎ物の中に、神具が混じっていた。
神の羽衣、勇者が着るべきマントだ。
まさか持って帰ってくるとは思わなかった。
イルカは気がついていないようだが、多分、これで勇者側の勢力は格段に下がる。
よくやった。イルカ。
俺が撫でてやるとイルカはふにゃりと笑った。
見た目だけ天使になりおった。
最後に、この間の下見に行った話をしよう。
俺らは、人間の町に潜伏し、奇襲に備えて地形を見て回っていた。
最低な祭りとブッキングしたのは嫌だったが、周りをキョロキョロ見ているイルカは、楽しそうだったので問題ないだろう。
『わたあめ』と『はらわたのあめ漬け』の差の話で、そういえばコイツ人間だったなと思い出した。
人間とは思えないくらい非道だから忘れていた。
でも作っているところが見たいということは、同族が殺されあまつさえ、食事にされるところを見たいと言っているということで、もうコイツ人間じゃないと思う。
そしてその天然人間蹴落とし機能は思わぬところで作動した。
イルカは美人って美味しいのか? なんて聞いてきた。
人間の味を聞く人間ってこの世に何人いるのだろうと考えつつその指の先を見る。
どんな美人かと思ったら、聖女だった。
勇者の仲間で、協力者で、力の根源の一つと言っても過言ではない。
確かに美人だが、それはない。
不味いだろう。状況的にも味的にも。
そしてあろう事か聖女を見て、酒場の店員かバーの接待が似合うとか言っている。
あれ? 俺……人間拾ってきたんだよな?
悪魔じゃないよな?