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ダンジョン春の罠祭りをやって、早数週間。成果としては上々だ。
そういえば、勇者を名乗る奴はこの世の中に腐るほどいるらしい。
本物しか魔王と敵対できないはずだから、名ばかりの勇者なんて囮以外の何物にも使えないのにね。
そうそう、今日はやっと魔王城に帰還できるんだ。
野宿は辛い。もともと平和の国生まれで、転生してからもしばらく貴族暮らしであっただけにさらに辛い。
帰宅してから一番に向かうのは、クジラのところだ。
彼は僕の養父のような存在である。
いや、僕の内心では、頼れる兄貴的な人なのだけれど、状況としては父だ。
城の黄金に輝く趣味の悪い装飾を見ながら少し懐かしくなった。
離れてそんなに時間は経って無いはずで、このくらいの出張お仕事は山のようにあるはずなのに。
いつも懐かしくなって、嬉しくなる。
この幸せを奪い取ろうとする勇者は消すべきだろう。
どうせなら、本物の勇者があの罠のどれかに引っかかっているように願いつつ城の中に入った。
出入り口はいつものように豪華でちょっとグロテスク。カラスの魔物たちがこちらを見てくる。
彼らは監視者である。あまり愛想は良く無いけれど、僕の中では彼らも家族もしくは友人だ。
やあ、と手を振ると彼らはカァカァ鳴いて返事をしてくれる。
可愛い。
レッドカーペットを敷いてある豪勢な廊下を歩きながら、クジラの元へ向かう。
途中で一般の兵たちに会ったので、ヤッホーと声をかけると彼らは逃げていった。
待って、人間嫌われてるの?取って食ったりしないよ?
嫌われている事実に落胆しながらも、クジラのいる部屋に入る。
ガチャリ
中にいたのはなかなかの胸筋を晒したクジラだった。
魔族らしく肌の色は紫だけど、なんか青の刺青がよく似合う。
彼の青い瞳と僕の今世も黒い瞳がぴったりと合う。
「今日も格好いいね。クジラ」
「お前はまずノックをしろ。そして俺はマモンだ」
格好いいことを否定せずにこちらの非を指摘するあたり、さすがいけめんぱわーだと思う。
これ、ただのモブ顔な奴がやったら、一も二もなく滅しているかもしれない。
「仕事から帰ってきたよ。元気してた?」
いつもの軍服に着替えたクジラに、お土産だよと言って冒険者たちから巻き上げてきた金品と手伝ってくれた魔物たちがくれたなんか珍しい素材を渡す。
「あぁ、まぁ、いつも通りだ。……これは…?」
何かに興味を示したらしいので、その手元を見る。
黒い…布? シルクとかスカーフとかいうあれだろうか。
「あーそれ、知り合った魔物さんがくれたんだ。あ、金品は冒険者たちのね。何かいいものあった?」
クジラはしばらく考え込むと、いやなんでも無い、とか言ってものをしまい始めた。
僕はそれを眺めながら、どんな冒険者がいたかとか、どんなことをしていたかとか、いろいろなことを報告がてら、お喋りしていた。
すると急に彼はスタスタと近づいてきて、
無言で僕の頭を撫でた。
一瞬の驚きの後。
ふわりと微笑む僕。
僕は内心狂喜乱舞していた。
もちろん、顔には出していない。
あくまで微笑んでいるだけだ。
彼は行動力の塊の癖してシャイなところがある。
だからいつも撫でてくれたりハグしたりはしてくれない。
これはレアである。
しばらく雑談をしていると、またもやいきなりクジラがお出かけに誘ってくれた。
「え、え? お出かけ? いきたい!行く行く!」
なんて嬉しい一日だろうか。今日はとても運がいい。
クジラは僕の勢いに驚いていたようだけれど、最後にはにこりと笑ってくれた。
まぁ、他の人から見ればニヤリと笑っているんだろうし、ははは貴様を調理してやろうか的な笑い方ではあったけれど。
クジラが楽しそうなので満足である。
え?どこにお出かけかって?
聞きそびれたけど多分
大量殺戮現場か何かじゃ無いかな。
彼はとてつもない戦闘狂なんだ。