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「すごいな、お前人間なのに」
声をかけられた。
男の声だ。
強い殺気を纏っている。でも怖くない。
とても楽しそうな声だ。
あのゾンビの大群を殺してまわったのか、血塗れでちょっと見た目がグロテスクだ。
今は夜なので暗い。
顔は見えないけど、人間なのにと言っているあたり魔族か何かだろう。
いや、魔族なんているのか知らないけれど。
あ、でも魔王がいるとか勇者様がとか執事のおじさんが絵本を読んでくれたことがあったし、いるのかも知れない。
それで、僕に何か御用なのだろうか。
僕がそのまま立っていると、その男はクスクス笑った。あ、僕の直感が告げている。この男はイケてるメンズだ。
「なぁ、人間。話をしよう。俺はお前に興味がある」
奇遇だ。僕にもこの男に興味がある。
でも、どうして僕に興味があるのだろうか。
「どうして家族を囮にしたんだ? 人間は同族を大切にするんだろ?」
なぁんだ。そんなことに興味があったのか。
「だってそうすれば僕がkillされないでしょ?それに成金と豚と捻くれ者だよ?所詮ただのNPCだよ」
僕がそういうと男は大笑いした。とても愉快だという風に。
僕にはよくわからない。笑うような話はしていないと思う。
でも、男は楽しいと思っているらしい。
まぁ笑いのツボなんて人それぞれだし。
殺気はもうない。
実は怖くないとか嘘だった。今とてもホッとしている。僕は殺されないみたいだ。
まぁ、気が変わったとか言って殺しにきそうだから死なないなんて決めつけられないけどね。
「お前は面白いやつだな。で? これからどうするんだ?」
「どうって?」
「家族はいない。子供が一人逃げてきたとして、世話みてくれるやつ……いるか?」
「いないね」
あぁ面倒だな。確かにいないさ。どうしよう。
突然。
血塗れの男はスタスタと近づいてきた。
何事かと身構えると、男は僕のまだ低い身長に合わせてしゃがみ、にこりと笑った。
ニヤリと、といった表現でも良いのかも知れない。
なぁに?と首をかしげると男は内緒話でもするように僕に顔を近づけた。
「俺に、ついてくるか?」
それはなかなかの良い声だった。
あれだ、いけめんぼいすだよ。
思わず、うん、とか言っちゃいそうだ。
いけめんぱわーってすごい。
でも僕は戸惑った。
ちょっと魔法が使えるだけの子供(しかもただの人間)をこの推定魔族のおにーさんは拾おうというのだ。
なんて好条件、でも心配。
昔、前世の妹は、ポヤポヤとしている母と僕によく言ったのだ。
『いい? 良い条件には必ずと言って良いほど悪いことがつきまとうんだ。いけめんの人だって、ストーカーとか逆恨みとか悩むこともあるんだ。だから詐欺には引っかかっちゃ駄目だよ?』
妹の言うことで外れたことはほとんどない。
ここは慎重に返事をしなくてはいけない。
「んー、えぇと……三食昼寝おやつ付きならついていく」
「……お前、阿保か?」
男は口をポカーンと開けて戸惑っている。
「あ、ごめん、贅沢だよね。昼寝はなくても良いや。おやつは譲れない」
僕は甘党だ。おやつタイムこそこの世の幸せの詰め込まれた時間だと思う。これだけは譲れない。
「まったく、変な奴だな」
男はため息を一つついてから、名乗った。
「俺はマモン。魔王の腹心にして、強欲の幹部だ」
魔王の……腹心。
幹部…?
あれ、本当に魔族だった。
強欲の幹部って何だろう。七つある大罪のうちの一つってことで、もしかして幹部は全員で七人とかそう言う感じだろうか。
あ、待って。僕も名乗らなきゃなのかな?
なんて名乗ろう今世の本名? 前世の本名?
でも、悪魔って名前で呪術とかかけてくるイメージがあるし、本名をそのまま名乗るのは少し抵抗がある。
そうだ!
僕のプレイヤー名にしよう。
「僕はイルカ、今年で十歳になるの。よろしくね」
この時、魔王軍は最狂の悪戯っ子にして、狂人と呼ばれる子供を味方につけた。
いや、もしかしたら身内に潜む敵かもしれない。