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32. 旅立ち

「サラ! 水筒は持ったか!? ポーションは!? 解毒薬は!? ……やはり、父も一緒に行くか?」

「サラ! 魔石をもっと持っていけ。この剣は使いやすいぞ。この鎧は撥水性があって軽いから水中でも使える。あと、このマントは黒龍の皮で出来た特注品で……」

 二人の美丈夫が、サラの前で次から次へと手品の様にアイテムを出している。

 サラ達は今日、冒険者として旅に出るのだ。

そんな『黒龍の爪』を見送るため、レダコート王国の東門の前には大勢の人々が集まっていた。ただの新人冒険者パーティの見送りにしては、大げさすぎる人数である。

 人目もはばからずサラにべったりの二人に向かって、パン、パンとパルマは手を叩いた。

「はいはい! ゴルド伯爵も、リュークおじさんも過保護過ぎですよ!? グランさんとシグレさんも一緒なんですから、むしろ過剰戦力です! こんな新人パーティ見たことないですからね!? と、いう訳で、サラさん。困ったことがあれば、世界中に放っている『梟』に相談してくださいね。飛んで行きますんで」

「「お前も過保護だ!」」

 ちゃっかり自分を売り込むパルマに、大人達は牙をむいた。その様子を見て、リーンが朗らかに笑う。

「あはははは! 皆サラちゃんが心配でたまらないんだねぇ」

「いやいや。ワシをパーティに推薦した時点で、貴方が一番過保護ですから」

 即座に、グランがリーンに突っ込みを入れる。

「あ、やっぱり?」

 てへぺろ、と言わんばかりに、リーンが舌を出した。

 その仕草が可笑しくて、サラも声を上げて笑った。

「うふふふふ! 皆、ありがとう! いざとなったら転移で帰って来られるし、頼もしい仲間が一緒だし、きっと大丈夫よ。私、成長して帰ってくるから待っててね!」

「う、サラ。立派になって」

 目頭を押さえる父を「まあ、まあ」とアイザックが宥めている。アイザックに「皆に挨拶しておいで」と促され、サラは『S会』やリーンスレイ魔術学校時代の知り合い達の元へ向かった。

 『黒龍の爪』のメンバー達も、それぞれに知人と挨拶を交わしている。


「シグレ。アマネ。サラを頼んだぞ」

 父に代わり、アイザックが『鬼』の二人に命じた。

「御意」

 シグレはすっと頭を下げた。アマネは無言で白目をむいている。シグレはアマネの頭を掴んだ。みしっ、と音がする。

「アマネ。主に対して、立ったまま死んだふりをするのは止めなさい」

「痛いです! 生きてます! 行ってまいります!」

「……ああ。頼りにしてるよ、アマネ。シグレ、色々と任せた」

「御意」

 シグレは再び頭を下げた。


 別の場所では、リーンが楽しそうにグランとロイに話しかけていた。

「グラン、ロイ君とサラちゃんをよろしくね! 僕も行きたいなー」

「貴方は駄目です。腹を空かせたジーク殿に食事を運ぶ仕事があるでしょう」

 放置するとリーンが調子に乗るのを知っているグランの突っ込みは、常に丁寧である。

「リーン先生。俺も成長して帰ってきます!」

 少し顔を上気させて、ロイがリーンに応えている。ロイにとっても冒険の旅は未知の領域であった。少し前までのロイにとって、仲間と旅に出るなど別世界のことだったのだ。

「うんうん。ロイ君は素直で可愛いねえ!」

 リーンは幼い孫を見る様な優しい眼差しで、ロイを見ている。その耳が不意にピクピクと動いた。何か思いついたらしい。

「ねぇねぇ、ロイ君。ちょっと、ちょっと」

 リーンはロイの腕を掴むと、こそこそとグランから離れた。

「? 何ですか?」

「むっふっふー。これからサラちゃんと旅をする訳じゃない? 二人きりになるチャンスも増えるじゃない?」

「え? ええ」

「これって、大、大、大チャンスだよね! 頑張ってね!」

「なっ……! 何言ってるんですか! 俺は純粋にサラに恩返しがしたくてっ」

 思いがけないリーンの発言に、ロイは顔を真っ赤にして抗議する。リーンはニヤリと笑った。

「えー? そんだけ? サラちゃん、年上が好きっぽいし、目の前でグレ君に取られても知らないよ?」 

「え!?」

 ガーン、とロイが目を見開いて固まる。リーンは更に追い打ちをかけた。

「僕の鑑定によると、グレ君は懐が深すぎて『来る者拒まず』なタイプだよ? ただでさえ、シズちゃんのお兄さんってだけで、サラちゃんのハートは鷲掴みなんだからさ」

「うっ。……頑張ります……!」

 もちろん、そんな鑑定魔法は無いのだが、純粋なロイには効果てきめんだったようだ。ロイはグッと拳を握って、力強く頷いた。


 そんなロイとリーンの様子を遠くから見ていたパルマが、呆れた様にため息をついた。

「何か向こうで馬鹿親父がロイに変なことを吹き込んでそうですけど」

「そう? 楽しそうでいいじゃない」

 サラは朗らかに笑った。今はパルマと二人である。

「サラさんは、鈍感すぎます。……はぁ、王子も苦労しますね」

「王子!? ユ……ユーティスは、どうしてる?」

「何で顔が赤いんですか! って、突っ込むのも馬鹿らしいですね。はぁ。……見てたんで」

「ひえっ!? そ、そうだった。パルマに手引きしてもらったんだった」

 サラは赤い顔を更に真っ赤にして、両手で顔を隠した。王子と聞いて、ユーティスと最後に会った夜のことを思い出したのだ。

「鈍感が服を着て歩いてるようなサラさんと、『ええ格好しい』の王子のことだから大丈夫だと思ったんですけどね? まさかサラさんの方からムグムグ」

 パルマはサラに口を塞がれた。もちろん、手の平で。

「ダメダメダメ! 言っちゃ駄目! あれは事故だからね!? ノーカウントだからね!?」

「ええええ!? 無かったことにするんですか!? ……はぁ。可哀そうな王子。この悪魔のような聖女に天罰が下ればいいのに」

「ええええ!? 怖いよ、パルマ!?」

「冗談ですよ。サラさんは、もう少し人の気持ちを大事にした方がいいって話です」

「うぅ。私そんなにひどいかな……分かりました。パルマ先生」

「よろしい!」

 パルマはにっこりと笑った。陽だまりみたいな笑顔だな、とサラは思った。

「……ところで、サラさん。これからの話なんですが、僕は王や王子と共に、各国を回って『国際連盟』を結成するつもりです」

「……国際連盟……国連?」

 サラは首を傾げた。国連は、マシロの時によくニュースで耳にした言葉であるが、この世界で聞くのは初めてであった。

「はい。魔王との戦いはもうすぐです。各国が個別で戦って何とかなる相手ではありません。実際に魔王と戦うのはカイトやサラさん達かも知れませんが、魔族に襲われた国から安全な国へ難民を避難させたり、魔族に破壊された町を復興させたりなんて仕事は、国同士で助け合えればいいと思うんです。もちろん今までも、隣国同士で不可侵条約を結んだりはしていましたよ? ですが、今回のは『世界の危機を救うために人や財を出し合い、共に戦う』っていう発想なんです……変ですか?」

「ううん! 凄い、凄いよパルマ! きっと出来るよ。応援してる!」

 サラは興奮気味にパルマの手を握った。世界規模の困難に立ち向かうためには、国連は必須であるとサラには理解できた。

「あはは。サラさんにそう言ってもらえて良かった! この世界にその概念が無かったことが不思議でしょう?」

「うん。私、国連が()()()()()()()()()()()()()()の。私、本当に世間知らずね」

 サラの発言は、裏を返せば「国連があるのが当たり前だと思っていた」という事になる。もちろん、サラの頭にあるのは「国際連()」ではなく「国際連()」ではあるのだが、サラが「国連」という存在を知っていることに、パルマは小さく驚いていた。サラの前世はレオンハルトの生きていた時代と同じか、未来なのだろう。

「……そのために、旅に出るのでしょう? 世間を、世界をその目で見てきてください。きっと、本で読むよりも直に感じた方が、サラさんのためになりますから」

「うん。何か私に出来ることがあったら言ってね? すぐに駆け付けるから」

「はい。僕の方こそ、いつでも駆け付けます。……と言っても、このメンバーじゃ呼ばれることはなさそうですが」

 パルマは苦笑しながら肩をすくめた。

「あはは。確かに! でもね、パルマが見守ってくれてるって思ったら、すごく勇気が出るんだよ? ありがとう、パルマ」

 サラは柔らかく微笑みながら、パルマを見上げた。その笑顔に、パルマは一瞬声を詰まらせ、「はぁ」と深くため息をついた。

「サラさんに天罰が下ればいいのに」

「えええええ!?」

「だから、冗談ですって。ほら、向こうでリュークおじさんがウズウズしながら待ってますよ? あんまりサラさんが待たせるから、あのフードの下では泣いてますよ、絶対」

「えええ!? ごめんねリューク! パルマ、またね!」

 サラは笑顔で手を振って、パルマの元から去っていった。

 サラの無邪気な笑顔は多くの少年達の心を奪い、苦しませている。

(誰か一人にしか微笑むことができなくなる、そんな天罰が下るといいのに)

 そして、その「誰か」が自分ならいいのに、とパルマは思った。


「リューク、ごめんね! 待ったよね!?」

「いや。気にするな」

「ううん! 実際待たせたもの。リュークとは最後にゆっくり話したかったの。遅くなっちゃって、ごめんなさい」

 サラはぺこりと頭を下げた。若干、いじけかけていたリュークであったが、「最後にゆっくり話したかったの」の一言に、鬱な気分が吹っ飛んだ。サラに他意はないとはいえ、チョロいドラゴンである。

「サラ。世界はとても広い。サラにとって優しい国もあれば、厳しい国もあるだろう。だけど、そこに住む生き物に、敬意を払う事だけは忘れてはいけない。自分の価値観を押し付けてもいけない。いいな?」

「……うん」

 価値観、という言葉は、つい最近シグレからも言われた言葉だ。サラの信頼する二人の大人が言うのだ。よほど大事なことなのだろう。

 サラは、人目から隠れるように、リュークのマントに潜り込んだ。

「リューク、私ね。本当は、すごく不安なの。答えに辿り着かなきゃって焦ってしまって、悲鳴を上げたくなる」

「サラ」

 昔の様に、震えながらしがみついてくるサラの背を、リュークは優しく擦った。久しぶりにサラの温もりを感じ、リュークは自然に笑顔になった。あんなに小さかったのに、と感慨深い。

「大丈夫だ。答えのないものは、沢山ある。たとえ答えに辿り着けても、正解の形は人それぞれだ。今のサラが出す答えと、10年後のサラが出す答えはきっと違っているだろう。焦るな、サラ。今は『その時』が来た時に、多くの選択の中から道を選べるように、沢山、世界を見ておいで。答えは、仲間と一緒に出せばいい」

 リュークは温かい。言葉も、体温も、匂いも。全てがサラを包んでくれる。

「うん。……『その時』は、リュークも一緒に考えてくれる?」

「当たり前だ」

 何度言わせる気だ? と、リュークは少し不服そうだ。サラは、くすっと笑った。

「……ふふ。やっぱり、リュークは凄いなあ」

「そうか?」

 リュークが目を丸くして首を傾げている。サラは腕を伸ばして、リュークの胸から離れた。少し顔が赤いのは、気のせいではない。

「うん! すっごく元気出た。ありがとう」

「そうか。良かった」

 理由は分からないが、自分の言葉でサラが元気を取り戻したことが、リュークには嬉しかった。


「あー。邪魔して悪いんだが」

 気まずそうに、野太い声が割り込んできた。

「あ! タイコ・バーラ・ゴリラ男爵」

「だから、ダイ・ゴバール・ラコラだ! 馬鹿野郎!」

「これが、ゴリラか。人に見えなくもない」

「違うっつーの! 長年あんたの客として人間扱いされてきたじゃねぇか!」

「冗談だ」

「冗談言うキャラかよ、あんた!」

 ゴリラの雄たけびに、何事かと人が集まってきた。

「おお、ダイか。ギルドマスター直々に見送りとは、贅沢じゃの」

「グラン! 武器商人までおかしくなっちまったぞ!?」

「ダイよ。……気にしたら、負けじゃ!」

「うほぉぉぉぉ! ……はあ。いかん。目的を忘れるところだったぜ」

 ゴホン、と咳払いをして、ゴリ……ダイはサラに向き直った。

「サラ。冒険者ギルドのある場所では、面倒でも必ず立ち寄れよ? 情報の更新だけじゃなくて、安否確認って意味もあるからな」

「はい!」

 サラは素直に頷いた。

「……笑顔だけは可愛いのに……残念美人ばっかだな」

 ブツブツとダイが何か言っているが、聞かなかったことにしよう。


「さて、そろそろ行くかの」

 グランが杖を頭上にかざした。

 パーティメンバーがグランの元に集結する。

「お父様、行ってまいります」

「ああ」

 最後に、サラは父の胸に抱きついた。父は不器用な手で、力強く抱きしめ返してくれた。


 こうして、サラ達『黒龍の爪』は多くの仲間に見送られながら旅立ったのである。


ブックマーク、評価、感想、誤字報告等、いつもありがとうございます!


昨日、由布院旅行で、初めて猫カフェなるものに行ってまいりました。

チュールがいました(笑)

ペロペロはされませんでしたが、いっぱいモフモフさせてくださいました。モフモフは、正義です。


さて、サラ達がようやく旅に出ました。長かった!

さっさとSランクになってもらいたいものです。


これからもよろしくお付き合いくださると幸いです。


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