30. 冒険者登録
「若い連中の躾が行き届かなくて、申し訳ない!」
ゴリラ男爵……ダイが頭を下げた。
結局、3階にあるギルドマスターの私室で手続きを行うことになり、エミリアが魔法具を机の上に広げた。
黒い石板の様だが、複雑な魔術が組み込まれており、冒険者の詳細なデータを保存することが出来る。この石板に情報を入力することで、冒険者達は『冒険者カード』を発行してもらえるのだ。『冒険者カード』は、身分証明が出来るポイントカードとも言える。Bランクまでは、ポイントが貯まると自動的にランクを上げることが出来る。『冒険者カード』のデータ更新は冒険者ギルドもしくはギルドの出張所で可能だ。ただし、ダンジョン内にある出張所では仮登録しか出来ないため、ランクを上げるためには一度ダンジョンを出る必要がある。
「……え? どなたも現在冒険者登録されてないんですか?」
石板を覗いていたエミリアが、驚いたように顔を上げた。
「グランは元SSランクだが、一度引退してるからAランクでの登録し直しになるが、いいか?」
ダイが自分の腹を叩きながらグランに尋ねた。腹を叩くのは彼の癖だ。
「構わん。むしろBくらいからでもいいぞ」
「馬鹿言え! あんたがBなら誰がAになれるんだよ! ……っと、サラだったか。リーンスレイの理事長から聞いてるぜ。在学中にA級魔物を単独討伐したらしいな。お前もAランクからスタートでいいぜ」
「えっ!?」
ダイの突然の申し出に、サラは目を見開いた。
「Cランクからじゃないんですか!?」
リーンスレイ魔術学園の卒業生は自動的にCランク冒険者として登録することができる。サラもCランクから始めるつもりでいたため、いきなりのAランクスタートには驚きを隠せなかった。
「サラ様。何事にも例外があるのです。例えば、長年騎士として活躍された方が、何らかの理由で退職して冒険者になることがあります。今まで散々魔物を倒してきた方に、先程の少年達みたいなド素人と同じFランクから始めろ、とは言えませんでしょう? 我々ギルドとしても『Fランクのドラゴンスレイヤー』なんて、扱いに困ってしまいます。それと同じで、今までの実績を証明できるものがあれば、どなたでも上のランクから始めることが可能なのですよ。流石にAランクが上限ですが」
サラの様子に、エミリアがくすりと笑って補足した。
「実績を証明できるもの……?」
サラが首を傾げた。
「はい。サラ様の場合、学園に在学中に討伐やテイムした魔物の記録が残っていますから、問題ありません」
「し、知らなかった……」
「だと思ってました。Aランクから始めるなんて特例中の特例なので、私も職員になるまでは知りませんでしたよ」
エミリアが笑った。就職して僅か1週間であったが、エミリアはサラのために寝る間も惜しんで冒険者規定を読み漁っていたのだ。
「あの……」
おずおずとロイが手を挙げた。
ロイの容姿は目立ちすぎるため、先程までは仮面を着けていたのだが、今は外している。余談ではあるが、仮面を外した際、見惚れたエミリアが貴重な石板を取り落とすという事件が起きた。床に落ちる寸前でシグレがキャッチし事なきを得たが、後でダイにこっぴどく叱られるだろう。
「あの、証明できるもの、とは、他にはどんなものがあるのでしょうか」
ロイの胸は少し早鐘を打っていた。実績が証明できれば、ロイも上のランクから始めることができるのだ。サラのために、少しでも早くランクを上げたいロイとしては願ってもいないことであった。
「色々あるぜ」
ロイの顔を見て、ぽうっと呆けるエミリアの代わりに答えたダイの話によると、以下の物が該当するらしい。
①国が発行する『騎士カード』
②冒険者ギルドに保管されている、引退前の実績
③討伐した魔物から採取した魔石や特徴的な体の部位
④テイムした魔物
⑤複数のSランク以上の冒険者、もしくはギルドマスターからの推薦状
⑥国から授与された勲章
「ざっと、こんなところか。どうだ? お前ら、何か出せるものあるか?」
「う……」
正直な所、5年前まで引きこもりで、ようやく世間に慣れてきたロイにとっては中々厳しい条件だった。ほとんどの冒険者がFランクから始めざるを得ないのも仕方のないことなのだ。
「僭越ながら……」
シグレがすっと前に出た。ダイは座っているとは言え、二人が近づくと圧迫感が凄い。ロイも鍛えているのだが、元々の骨格が細いのか、一見すると女性でも通じる程度にしか筋肉がつかない。巨漢二人に挟まれるとロイはお姫様みたいだな、とサラは思い、心の中でシャッターを押した。
「ロイ殿は3年前の『第一王子誕生祭襲撃事件』の際、父エドワード卿と共に勲章を授与されています」
「あ……そういえば!」
沈みかけたロイの顔がパッと明るくなる。冷静な判断で多くの貴族を守った功績で、王からメダルを貰ったことを思い出したのだ。ロイは何もない空間に手を突っ込むと、すっと引き抜いた。手には、銀色に輝く5センチほどのメダルが握られていた。
「確か、これです!」
「って、おい! お前、今の空間魔法か!?」
ガタッと、ダイが立ち上がる。エミリアも目を丸くしていた。サラは別のことに目をキラキラと輝かせている。
「凄い! シグレお兄様よくご存じでしたね!」
「サラ様の護衛をするにあたり、関係者の背景を調べるのは当然ですから」
「シグレお兄様、かっこいい!」
「サラ様。私のことは『シグレ』とお呼びください」
「じゃあ、『グレ兄様』でもいい!?」
「……好きにお呼びください」
「やったー!」
「いやいやいや、そんなやり取り後にしろや! 何でお前ら空間魔法に無頓着なんだよ! こいつは無属性の魔法で、使える者がめちゃくちゃ少ないんだぜ!? グランとサラが使えるのは知っていたが……まさかお前ら全員使えるのか!?」
「「「「「そうですが、何か?」」」」」
「畜生! 羨ましすぎるぜ!」
ガンッと、ダイは机に拳を打ち付けた。
「それより、早く鑑定してください」
ロイがソワソワしている。「お、おう」とダイはメダルをロイから受け取り、石板の上に置いた。一瞬、石板が青白く光り、黒い画面の上に文字が浮かび上がった。
「うん。間違いないな。だが、魔物の数や質を証明するものじゃないから、せいぜい上げてもEランクからってとこだな」
「Eランク……」
ロイがしょんぼりと肩を落とした。
「ダイ。こやつはワシの弟子だ。闇魔法に関しては、ワシや『大魔術師』よりも上じゃろう。ワシとお前の推薦ということで、もう少しランクを上げられはせんか?」
「大賢者様と大魔術師様より上!?」
ダイよりも、魔術師であるエミリアの方が反応した。魔術師達にとって、この二人は雲の上の存在なのだ。闇魔法限定とはいえ、その二人よりも上というのは信じられないことであった。
「あー。アンタより上とか怖すぎるだろ。しかも闇魔法かよ。何かやってみろ」
頭を掻きながら、ダイがロイに提案した。深い意味はなく、火炎魔法なら「ファイアボールを出してみろ」くらいの気軽さである。
「分かりました!」
ロイは口の端をキュッと上げ、妖しい笑みを作った。
「アグ・ロス」
「ええええええ!?」
いきなり服従の魔法を使うとは思っていなかったため、サラは驚き目を見開いた。
「うっ…………ロイ様。何なりとご命令を……って、おらあああああ!」
危うく洗脳されかけたダイは、思い切り自分の頬を殴りつけた。
「危ねえ! マジ危ねえ! 俺の精神はサキュバスの攻撃にも耐えれるレベルなんだぜ!? おい、グラン! アンタの弟子ヤバすぎるだろ! こんなの野に放つんじゃねえよ!」
頬を腫らして、涙目のダイが訴えた。一瞬とは言え、ロイに心を奪われたことに背筋が寒くなる。これが戦場であったなら、確実に死んでいた。S級のサキュバス以上の攻撃力であることを、ダイは身をもって味わった。
「だから、ワシより上じゃと言っただろう。不用意に『何かやれ』と言ったお前が悪い」
「うっ……それはそうだが」
「で、推薦してもらえるかの?」
「あー。分かったよ。とはいえ、実績が足りねえ。Bランクで我慢してくれ」
「Bランク! ありがとうございます! ダイさん」
先程の妖しい笑みとは打って変わって、ロイは子供の様な無邪気な笑みを浮かべて頭を下げた。魔力の籠らない只の微笑みにも関わらず、ダイの胸がざわついた。
「ぐはっ。それはそれで凶暴だな! グラン、マジでそいつを野に放つんじゃねえぞ!」
「分かっとるわい」
グランは苦笑した。「何が凶暴なのだろう」と、サラとロイは首を傾げているが、アマネはニヤニヤしている。シグレは無表情だ。
「んっ、んっ、あー。後はそっちの二人だな。見たところ、あんたら『鬼』ってやつだろ? 裏の人間が、何でまた冒険者になりてぇんだよ」
気を取り直して、ダイがシグレとアマネを見た。
「サラ様の護衛です」
「私は成り行……痛いです! サラ様のお供です!」
シグレ首根っこを掴まれ、アマネ呻いた。
「そ、そうか。で、何か証明できるものがあるか?」
「そうですね……。我々は修行の際に多くの魔物を倒しますが、魔石は回収しないため証拠になるものはほとんどありません。アマネ、昨日の内に狩っておくよう命じておいたが、どうだ?」
「狩ってきました。持ってきました。さっさとSランクになりたいです。早く家に帰ってお茶したいです。シグレ兄様には早く帰っていただきたいです」
アマネは欲望を口に出しながら、ドンッと、麻袋を取り出し机に置いた。どこのサンタクロースだ、と思わずサラが突っ込みたくなるほどの大きさだ。
「開けていいか?」
「どうぞ」
アマネに許可を取って、ダイが袋の紐を解いた。
「「「「「「……」」」」」」
「どうですか? 早くランクを上げてください」
「何だ、これは」
「? 新鮮なオーガの首です」
ご存じないので? とアマネは首を傾げた。
「いや、そりゃそうなんだが……これは何だ?」
「うぎゃあ」
「さ、サラは見ちゃ駄目だ」
ダイが取り出したモノに、サラは青ざめ、ロイはサラの目を隠した。
「? 新鮮なオーガの○○〇です。……乙女になんてこと言わせるんですか。汚らわしい」
「いやいやいやいや! 何で魔石じゃなくて首とアレ限定で持って来たんだよ! しかもオーガばっかり、何体分だよ! 何かオーガに恨みでもあんのかよ! ……臭い!」
「だって! シグレ兄様からは『自分が倒せる一番強い魔物を狩って、証拠を持ってこい』としか言われなかったです! 魔石でいいとは聞いてません! 20年分くらい頑張ったのに、あんまりです!」
「分かった、分かった! 泣くな! えーっと、8体だな!? オッケー! お前もBランクから始めよう! 良かったな! さっさとしまってくれ! マジで臭い!」
「差し上げます」
「いらんわ!」
うげえ、と言いながら、アマネは戦利品を回収し異空間に戻した。汚れた手をグランのマントで拭いている。グランは無言で浄化魔法をかけた。
「ああ、頭痛え。で、最後はアンタだ。俺も戦士だ。アンタがかなりの使い手なのは分かるが、何か証明できるものを提示してくれ」
「……コレではどうでしょうか」
ゴトン、とシグレは1つ、魔石を置いた。
「まあ! 綺麗!」
エミリアが思わず感嘆した。魔石は6から7センチほどの大きさで、紫水晶にも見える。
「ほぉ! 色付きか」
ダイも目を輝かせた。通常、魔石は無色透明か、白や灰色に近い石の様な形状をしている。色付きの魔石は、最低でもA級以上の魔力の強い魔物からしか採ることができない。
「アンタ一人で倒したのか?」
「ああ」
頷きながら、シグレは少し遠い目をした。
「長い間争ってきた魔物だったが、ここに来るにあたり始末した。最期にコレを手渡しされてな……形見みたいなものだ」
「……そうか。それは残念だったな」
ダイは同情する様に、シグレの整った顔を見つめた。
長年冒険者をしていると、特定の魔物とライバル関係の様な、腐れ縁の様な、複雑な関係を築くことがある。自分の核である魔石を手渡しするほどだ。よほど絆が強い相手だったのだろう。敵とはいえ、そんな相手を手にかけなければならなかったシグレの心中を思うと、ダイはいたたまれない気持ちになった。ダイも若い頃、一頭のケルベロスとそういう関係になった経験があったからだ。腕の中で消えていくケルベロスの頭を最期まで撫で続けた。あの感触は、数十年たった今でも手の平に残っている。
「分かるぜ、その気持ち。俺にも居たからな」
「そうか……魔物の割に情の深い女だった」
「………………女?」
ピクリ、と感慨にふけっていたダイの耳が動いた。魔石の色は、その者の性質を表すという。てっきり、青龍あたりだと思っていたため、耳を疑った。紫の、美しい魔石。嫌な予感がする。
「女だと? メスじゃなくて?」
「? サキュバスをメスとは表現しないだろう?」
「「「「「「サキュバスかよ!!」」」」」」
嫌な予感が的中した。思わず全員が突っ込んだ。
「畜生! 似たようなガタイのくせに、何で俺はサキュバスに罵られ、お前はイチャイチャできんだよ!」
「「「「「顔?」」」」」
「うるせえ! 全員Fランクにすっぞ! コラァ!」
「「「「「品性?」」」」」
「この野郎! エミリアまで同調すんな! 俺は上司だぞ!」
吼えるダイに、シグレは少し困った顔をした。
「別にイチャイチャした覚えはないが……」
「やかましい! あー、はいはい、サキュバスはS級だからな。アンタはAランクでいいぜ。けっ!」
「感謝する」
シグレは静かに頭を下げた。
「ったく、まともなやつがいないのかよ、このパーティは!」
ブツブツと、ダイが文句を呟く傍らで、エミリアがせっせと冒険者情報を石板に入力している。
「サラ様、リーダーはどなたで登録なさいますか?」
「リーダー? ……グランでもいい?」
「構わんが、これはサラが集めたパーティだ。サラにするのがいいじゃろう」
「私が、リーダー?」
サラは不安そうに仲間を見回した。皆、サラを見て頷いた。
「うん。頑張ってみる! エミリア。私で登録して」
サラは少し顔を上気させながら、エミリアに告げた。
「分かりました。では、パーティ名を教えてください」
「パーティ名……」
実は、昨日メンバーが揃った後、サラ達はパーティ名について話し合っていた。
バラエティーにとんだメンバーなので、「おでん!」とサラは提案したが、当然のごとく却下された。その後、いくつか案は出たのだが、最初の「おでん」に洗脳されて「オーデン祭り」になりかけた。結局、昨夜は決まらないままお開きとなった。
サラはベッドに潜り込み、月を見上げた。細い三日月が夜空に浮かぶ爪の様で、リュークとジークを思い出させた。
「私、ずっと考えてたの」
サラは、改めて仲間達に向き直った。皆が、サラに注目している。
「私、今、色々な人に支えられて生きてる。でも、少し前まで、私は誰も頼れず、何でも一人でやらなきゃ、って思ってたの。一人で、生きていける訳なんて、ないのにね」
「サラ……」
「サラ様……」
サラの言葉に、その頃のサラを知るロイとアマネは複雑な表情をみせた。
「そんな私を、大きく変えてくれた人が二人いるの。一人は、シズ。シズは、私に甘え方を教えてくれたわ」
「サラ様」
シグレが僅かに目尻を下げた。
「もう一人は、人を頼ることを教えてくれた。一人で生きようとする私に、『仲間』だと言ってくれた。『サラのやりたいことを助け、サラを守るのが仲間だ。もっと、仲間を頼ってくれ。サラの選択で生じた責任は、俺達も背負う』って叱ってくれた。私、その言葉で変わることが出来たの」
5年まえのあの日があったから、今、サラはこうして『仲間』とパーティを組むことが出来ている。
改めて、この世界に生まれてきて一番支えになってくれたリュークを思い出し、感謝の意を込めてサラが提案する。
「『黒龍の爪』……は、駄目かな?」
恐る恐る、サラは仲間に尋ねた。
「いいと思います」
意外なことに、即答したのはアマネだった。
「アマネ……!」
「『オーデン祭り』より」
「アマネぇ!?」
「はは。俺も、いいと思うよ。彼には、俺も本当に世話になった」
ロイも頷いた。泣きじゃくるサラと、力強く慰めるリュークの姿を、ロイは実際に目の当たりにしたのだ。まだ、自分はリュークには勝てない、とロイは感じていた。
「サラ様の御心のままに」
シグレも同意してくれた。シグレはリュークとは面識はないが、サラの身辺調査をする上で、彼が最もサラが信を置く人物であると理解していた。
「では、決まりじゃな。幸い、このパーティは黒髪が三人もおるし、イメージも合うじゃろう。それに、実際、もう一人の黒龍の爪に護られておるからの」
「うん。ジークにも、本当に感謝しているの」
グランの言葉に、サラは頷いた。遠い異国の地で、今この瞬間も『魔王』に対峙する時間を稼いでくれている古代龍のことを、サラは一時も忘れたことはなかった。
「エミリア。『黒龍の爪』、それがパーティ名です」
「承知いたしました。では、『黒龍の爪』。Aランク3名、Bランク2名ですので、Aランクパーティとして登録いたします」
「Aランク……」
「おいおい、Aランクっつーても、パーティ自体の実績はゼロだからな。近日中に実績積まないとBに落とすから、そのつもりで頑張れよ!」
しんみりとした空気を払うかのように、ダイが「がはは」と笑いながら腹を揺らした。
「……はい!」
サラも満面の笑みで、力強く答えた。
Aランクパーティ『黒龍の爪』。
この新人パーティが世界中に名を轟かすのに、そう時間はかからないだろう。
早いもので、第2章も30話になりました!
読んでくださっている方がいると思って頑張れてます!感謝です。
最近、自分のペースが1000文字書くのに1時間かかることが分かってきました。
今日は仕事が休みだったので、朝からずっと書いてますが、
「目が、目がああ!」と、ムスカ大佐みたいなことになっております。
トニオさん(by ジョジョの奇妙な冒険)のレストランがあればいいのに。




