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23. 何が違うの?

「ふん! たかが黒龍がもう一匹増えたところで、俺は倒せん」

 不機嫌そうに、ガイアードはリュークを睨んだ。ガイアードは人間だった頃も、真っ向勝負を好む戦士だった。リュークに対し怒りが湧いてくるのをガイアードは感じていた。

「戦いもせず他人に頼るなど、お前に戦士としての矜持はないのか!」

 ガイアードの怒声が響く。が、怒鳴られたリュークは涼しい顔だ。

「ないな。そもそも俺は、商人だ」

「……は?」

 一瞬、理解が追い付かず、ガイアードに隙が出来た。

「今だ!」

「我が呼び声に応えよ! 古代龍ジーク!」

 リュークに促され、先程までとは別人の様な力強さでサラが叫んだ。

 ガイアードの背筋に冷たい感覚が走る。

「ヒュー、ソフィアを連れて外へ出ろ!」

 ガイアードは魔力を胸に集中させるサラに切りかかった。

(古代龍だと!? 馬鹿な!)

「サラは、俺が守る」

 人型のまま、リュークが翼だけを広げガイアードの攻撃を受け止める。

「どけ! 黒龍よ!」

(『勇者』よりも、あの魔術師の少年よりも、優先して殺すべきはあの娘であったか……!)

 サラの内側からじわじわと強大な魔力が漏れ出してゆく。

 ガイアードは黒龍の攻撃を躱し、自らも攻撃を加えながら、祈る様に両手を胸の前に組む少女を睨んだ。

(……『聖女』め!)

 先ほどの黒龍の時と違い、それほど魂の結び付きが強くないのか、呼び出す対象の魔力が膨大過ぎるのか、あるいはその両方なのか、召喚に時間がかかっているようだった。

(だが、時間がない!)

 ガイアードはリュークの翼を左手で掴み、引き寄せながら剣で叩き切った。

「邪魔だ!」

「っつ!」

 リュークは痛みに顔をしかめる。が、直ぐに千切れた翼はブーメランの様にガイアードを襲った。ブーメランの合間を縫って、リューク自身も攻撃に加わる。

「ふん! やるな、黒龍! 何が商人だ!」

 リュークの猛攻を剣で裁きながら、ガイアードは忌々し気に舌打ちした。

「商人が弱いと誰が言った?」

「はは! 確かにな!」

 軽く笑うと、ガイアードは首にかけた鎖を引きちぎった。鎖は、魔力の暴走を抑えるための魔法具であった。ガイアードの魔力が一段階膨れ上がる。

「悪いが、本気を出させてもらうぞ。黒龍!」

「!?」

 リュークですら認識できない程の速さでガイアードの剣が伸び、リュークの肩を貫いた。

「ガイアード! もう止めて!」

 ソフィアの悲鳴が響く。ちっ、と舌打ちをして、ガイアードはリュークを貫いたまま剣を後方に振り抜いた。

「ヒュー! 早く出て行け! 本気が出せん!」

「分かった」

「きゃっ!? 嫌よ! 離してお兄様!」

 ソフィアを肩に担ぎ、ヒューが扉へと駆けていく。ガイアードはリュークの残った翼を切り裂いた。


「あああああ!」

 突然上がった呻き声に、ガイアードはサラに向き直った。

「サラ!」

「サラさん!」

 サラの体が大きく跳ね上がった。膨大な魔力が溢れ出す。門が開いたのだ。聖女は二人の少年に支えられながら、魔力が吸い上げられる感覚に耐えている様であった。


(二人?)

 ガイアードは一瞬違和感を感じ、ハッと振り返った。

(……しまった!)


「ヒュー!!」

 ガイアードが叫ぶ。

 振り返ったガイアードの目に映ったのは、背後から『勇者』の剣に貫かれる『魔王』の姿であった。白い背中に、赤い染みが浮かぶ。


「ヒュゥゥゥゥゥゥ!」

「きゃああああああ! お兄様あ!」


 二人の叫びがこだました刹那、それを打ち消す様な咆哮がダンジョンを揺るがした。

 召喚が完了したのだ。

「くそがあああああああ!」

 ブチッと、理性が吹っ飛ぶ音がした。ガイアードの全身が黒く染まった。


 カイトはヒューから剣を抜くと、投げ出されたソフィアが地面に落ちる前に抱きとめた。

「ソフィア!」

 パンッ! と激しくソフィアはカイトの頬を打った。

「カイトの馬鹿!」

「ソフィア……!?」

 カイトは突然の痛みに目を見開いた。頬の痛みよりも、初めての友達に向けられる憎悪の感情がカイトの胸を抉っていた。

「ソフィア、僕は」

「聞きたくない! カイトはっ」

 ズドン、と、何かがぶつかる様な感覚がソフィアとカイトを襲った。

「……え?」

 ソフィアの目の前に、真っ黒なガイアードの顔があった。


「カイト! ソフィア!」

 サラが悲鳴を上げた。その声に反応し、黒い魔族は燃える様な黒い剣を二人の体から引き抜くと、サラ目掛けて地を蹴った。

「させん!」

 全身を血に染めたリュークがガイアードに掴みかかった。が、片手だけでリュークを弾き飛ばすと、ガイアードは乱れた体勢のまま獲物に襲い掛かった。


「きゃあああ!」

「サラ!」


 理性を無くした魔族の剣がサラに届くよりも早く、巨大な尻尾がガイアードを打ち据えた。

「があっ!」

 ガイアードは地面深くのめり込んだ。


「うるさい」

「ジーク!」

 巨大な尻尾の持ち主はジークであった。ジークは眠そうにもう一度尻尾を振り下ろした。起き上がろうとしていたガイアードが再び地面に埋まる。


「サラ。助けが必要か?」

「うん!」

 ユーティスとパルマに支えられながら、サラは力強く頷いた。

「どうしたい?」

「私は……」

 ハッとして、サラは周囲を見回した。

 リュークに促されるままにジークを呼んだものの、何をすれば良いかが分からない。


(魔王を倒す?)

 サラの目に映る『魔王』は、妹を心配する同じ年頃の少年に見えた。


(魔族を倒す?)

 圧倒的な力を持つ、魔王の腹心。彼を倒せば魔王軍は指揮官を失い烏合の衆となる。だが、彼もまた二人の子供を守る父の様に見えた。今は息子を『勇者』に切られた怒りで我を失っている。そして『勇者』ごと娘を刺してしまったことに気が付いていない。ジークの尻尾に捕らわれながら、「ヒュゥゥゥ!!」と息子の名を叫び続けている。



 花の魔族と兎は何か叫びながら、ソフィアに回復魔法をかけている。


 『魔王』となる筈の少年は、大量の血を引き摺りながらピクリとも動かない妹へ向かって手を伸ばしている。


 その横で、カイトは胸を刺された痛みにのた打ち回っている。


 そのカイトの頭を、血に塗れ、ボロボロになったリュークが胸に引き寄せ、傷付いた背中を擦りながら名前を呼んでいる。


 ポロリ、とサラの目から大粒の涙がこぼれた。


(こんなのは、誰も望んでいない……!)

 誰もが、誰かのことを想っている。何故、戦わないといけないのか。

 ソフィアの様に『魔王』を家族と呼び、『勇者』を友と呼ぶ、そんな関係があってもいいではないか……!


「ジーク」

「どうした。サラよ」

 サラは、ユーティスとパルマの手を握りしめた。

「私は、皆を癒したい! ここにいる、全員よ!」

 その言葉に、パルマは目を見張った。

「何言ってるんですか!? サラさん! これは『世界』にとって、またとない好機なんですよ!?」

「そうだ、サラ。君の気持は分かるが、『魔王』が覚醒すれば、これから何億という命が奪われるかもしれないんだ。君の優しさで、犠牲を増やしてはならない!」

 ユーティスも同調する。

「分かってる! 『魔王』を生かせばどうなるか、分かってる……!」

 サラは、二人を握る手に力を込めた。

「それでも、こんなのは嫌なの! 魔王もガイアードも、ソフィアを大事に想ってた! ソフィアは、魔王の家族なのに、私達のこと友達だって言ってくれた! これって、何が違うの!? 私達と、何が違うの!?」

 サラは吐き出すように訴えた。「落ち着いてください!」とパルマが叫ぶ。

「サラさん! 貴女は今、聖女の『共有』の力のせいで冷静になれていないだけです!」

「サラ! 頼む! 俺は、民を危険に晒す行為を認める訳にはいかない!」

 ユーティスがサラの頭を胸に搔き抱いた。

 愛する者を助けたいというガイアード達の想いと同じく、世界中の人々を守りたいという、自分とパルマの想いも『共有』して欲しいと、切に願った。

「私に、ソフィアとソフィアの家族を殺せと言うの……?」

「「!」」

 それは、とても残酷で狡い質問だった。ユーティスとパルマが酷く傷ついた顔をしている。

 それでもサラは、引くことが出来なかった。

「ごめんなさい! 本当に、ごめんなさい! でも、どうか見逃して! 今回だけでいい! 私の我が儘を許して……!」

 サラの涙ながらの懇願に、パルマはグッと息を詰まらせた。

 レダスならサラを脅してでも魔族と魔王を殺させただろう。だが、彼は心優しいパルマであった。パルマは耐えきれず、「はぁ」とため息をついた。

「……サラさん。この選択で、一番後悔するのは貴女ですよ? 覚悟はいいですか?」

「パルマ、貴様!」

 ユーティスが吼える。

「王子。罰なら、僕が受けます」

「パルマ……! パルマありがとう!」

 ユーティスの体から、ガクッと力が抜けた。

「……サラ、本当に、今回だけだ」

 ユーティスはサラの髪に顔を埋めた。

「君を、嫌いになりたくない……!」

 再び、痛いほどにサラを抱きしめる。どれほどの葛藤が14歳の王子の胸を苦しめていることだろう。それを想うと、サラは申し訳なさで胸がいっぱいになった。

「ユーティス! うん。本当に、ごめんなさい。私、もっと強くなるから! 世界を守れるように、もっと、強くなるから!」

 パルマから手を離し、ユーティスを抱きしめ返した。気高いユーティスを泣かせてしまった自分が恥ずかしい。

(もう、二度と泣かせたりしないから、今日だけは許して……!)

 サラの肩をパルマが優しく叩いた。

「サラさん。時間がありません。良く聞いてください」

「……はい!」

 サラはユーティスから離れ、涙を拭いた。ユーティスも背を向けた。

「大おじさんに、高度な回復魔法は使えません。貴女がやるんです」

「私が? でも、私、初級の回復魔法しか使えない! 今習得するにも、魔力が全然足りないよ!?」

「大おじさんの魔力を使うんです」

「ジークの?」

「うむ」

 少年少女のやり取りを暇そうに見ていたジークが口を挟んだ。

「本来、我の魔力を奪うことなど誰にもできんが、我とサラは繋がっておる。我の魔力を好きなだけ取り込むがいい」

「でも、どうやって……!」

 ふと、ソフィアの「ドレリッチ」を思い出した。

(吸魔の魔法……!)

「私、やってみる!」

 サラは立ち上がると、ジークの腹に抱き着いた。

「ドレジーク!」

 魔法の効果はイメージ力で雲泥の差が生じる。ソフィアのやり方を見ていたサラには、ドレイン魔法のイメージが出来上がっていた。

「……凄い! どんどん回復する!」

 度重なる召喚により枯渇していたサラの体が、ぐんぐんとジークの魔力を吸い込んでいく。今まで溜めたことのある最大値を超え、未知の領域まで魔力が注ぎ込まれた。体中が熱くなる。魔脈の隅々まで、魔力で満ちるのを感じた。

「サラさん! それ以上は危ない!」

 パルマの声で、ハッと我に返った。パッとジークから離れる。

「ジーク! 大丈夫!?」

「問題ない。さあ、魔法を行使せよ」

「……うん!」

 サラは振り返り、傷付いた者達に向かって両手を広げた。

 傷付いた者を癒し、皆が笑顔になる姿をイメージした。

 初めて使う、オリジナル魔法。

 特級の回復魔法をサラなりにアレンジした、サラだけの魔法。


「……『聖女の揺り篭』……!」


 白い癒しの光が、全てを包み込んだ。


ブックマーク、評価、感想、誤字報告ありがとうございます!


早いもので、90話になりました。

2カ月半で90話。

飽きっぽい私としては、なかなかのペースで頑張っていると思います。

これも読んでくださっている皆様のお陰です!

これからもお付き合いいただけると幸いです。


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