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22. 召喚

「パルマ」

 小さな震える声で、サラはパルマを呼んだ。振り返らないまま「何ですか?」と、パルマは返事をした。

 敵はソフィアとカイトに釘付けになっている。ソフィアは本当に、友達だと思ってくれていたようだ。それは嬉しいが、喜んでいる場合ではない。

「召喚、しようと、思うの」

 はぁ、はぁ、と息を切らせながら、サラはパルマに告げた。

 先ほどのパルマとの会話から、ダンジョン内でもテイマー自身が『門』となり従魔を呼び出せることが出来るのを思い出したのだ。

 絶体絶命のピンチに、起死回生の妙案であった。

 ユーティスが僅かに反応した。

 サラ最強の従魔、古代龍ジークなら十分に戦える、という希望が出てきたのだ。

 しかし、パルマは固い表情のまま、「駄目です」と早口で言った。

「どうして……!?」

「今の状態のサラさんが大おじさんを呼べば、バランスを取れずにサラさんが消滅します。それだけじゃなく、大おじさんの魂も傷付いて、暴走する可能性もあります。召喚は、本来とても恐ろしい魔術なんです」

「でも……でも、それしか……!」

「駄目です! せめて、もっと繋がりが強い相手じゃないと!」

「そんなっ」

 サラが小さく反論しようとした時だった。

「何をごちゃごちゃ言っている!」

「うわっ!!」

 ガイアードが突然、パルマの目の前に現れ剣を薙いだ。転移ではない。身体能力のレベルが違い過ぎて見えなかったのだ。

 パルマはギリギリの所でシールドを張り、首の切断を免れたものの数メートル弾き飛ばされた。背中から壁に叩きつけられ、そのまま地面に倒れる。

「がはっ!」

「パルルン!?」

 カイトが叫んだ。ガイアードに注視していたにも関わらず、反応できなかったのだ。カイトは地を蹴ってガイアードに切りかかった。その剣を魔法の刃が防いだ。ヒューだ。

「邪魔すんな! 魔王!」

「? 邪魔はお前だろう?」

 ヒューは魔力で剣と盾を創造した。

「ガイアードが敵だと言っていた。ならば、壊すだけだ」

 ヒューはカイトに襲い掛かった。

「きゃああ! 止めて、お兄様! ガイアードもっ!」

 ソフィアが悲鳴を上げるが、二人の耳には届かない。

 ガイアードは倒れたまま動かないパルマを放置し、ユーティスに切りかかった。

「くっ!」

 ユーティスは咄嗟に張った『絶対空間』のお陰でガイアードの一撃を防いだものの、凄まじい衝撃に襲われていた。何度も受けられるものではない。力の差に愕然とするが、心を折っている場合ではない。

「ふん! 剣を抜いておきながらシールドに引き籠るとは、何と貧弱なことか! 情けないな、少年よ!」

「何とでも言うがいい! 情けないのは承知の上だ!」

「ふん。己の未熟さを知っている分、あの『勇者』よりはましか。少年よ、魔族になる気はないか? お前は見所がある」

「断る!」

「はは! だろうな! そうでなくては!」

 心底楽しそうに、ガイアードが剣を振るい『絶対空間』を襲い続ける。その一撃一撃が、ユーティスの魔力と体力を削っていく。

「ユーティス!」

 サラが叫んだ。もうとっくに、偽名のことなど忘れている。ユーティスの鼻からは血が滴っていた。

「サラ、大丈夫だ。気を落ち着けて。君なら、出来るから」

 ユーティスは、いつもの煌めくような笑みをサラに向けた。

「……! ユーティス」

 サラは口に手を当て、跪いたまま地面に伏せた。

(落ち着いて、私! 私なら出来る! 大丈夫、大丈夫だから!)

 サラはその姿勢のまま、呼吸と心拍数が落ち着くのを待った。

 誇り高い剣士であるユーティスが、罵られながらも『絶対空間』を維持しているのはサラの為だ。そんなユーティスをサポートすべく、パルマがガイアードに魔法を放ち、打ち返され、再び倒れた音がする。

 カイトと魔王が何か叫びながら剣を打ち合っている。

 ソフィアが「止めて」と叫んでいる。

「……ぅううっ! 駄目だ。何で、何でこんなに弱いの、私……!」

 サラは、涙が止まらなくなった。パニック症状は脳の誤作動だ。マシロだった時に何度か経験したため、暫くじっとしていれば症状が治まることは分かっている。分かってはいるが、今は外から入ってくる情報が多すぎて、全く気持ちが落ち着く気配がない。

「リューク」

 気が付くと、サラはリュークの名を呼んでいた。

 誰よりも信頼している人。

「助けて」と、唯一甘えられる人。

「もちろんだ」と、笑顔で返してくれる人。

「リューク」


「ははは! 死ね、小僧!」

 バリーン! と、ガラスが砕ける様な音と共に、『絶対空間』が破壊された。


「助けて! リューク!!」

 心の底から、サラは叫んだ。体中の魔力が、胸の辺りに一気に集まる。


「何だ!? ぐあっ……!」


 突如、サラの小さな体から黒い大きな塊が出現し、大きな羽でガイアードを弾き飛ばした。不意を突かれたガイアードは、勢い良く壁にめり込んだ。


 黒い咆哮が広場を支配する。


 ビリビリと空気を震わす咆哮に耳を塞いだヒューの体を、黒い尻尾が壁に叩きつけた。

「お兄様!」

 暴風が渦巻く中を、ソフィアは駆けた。砕けた壁や地面の破片から守る様に、固い地面に伏したままの兄の体に覆いかぶさった。


 振動が治まった頃、黒い塊は青年の姿に変わり、少女を腕に抱いていた。

「サラ!!」

「リューク……? リューク!!」

 うわああ! と、サラはリュークの首に腕を回した。リュークは、サラをギュッと抱きしめると、あやす様に背中を叩いた。足元には、リュークによって回収されたボロボロの少年達が転がっている。

「サラ。ずっと、探していた。声が聞こえて、ここに来られた。良かった……!」

「うわああああん! リューク! リューク!」

「もう大丈夫だ。俺が、居るから」

「うん……! うん……!」

 サラは、涙と共に気持ちがすっと落ち着いていくのを感じた。

「何で、おじさんが……!?」

 パルマが目を丸くしている。その体は血まみれで、三人の中で一番酷い状態だった。

「俺はどうやら、テイムされていたらしい」

 リュークが苦笑した。リーンに言われていたことが証明されてしまった。

「うわあ。サラさんの……節操……なし……」

 バタン、と、パルマは突っ込みながら気を失った。

「パルマ!?」

「心配ないよ、サラ。緊張の糸が切れたのだろう」

 ユーティスがパルマの怪我の状態を調べている。そういうユーティスの顔にも、笑顔が戻っていた。初めてリュークを見たカイトは、現状が理解できず目を白黒させている。カイトの体は驚異的な速さで自己修復しているものの、パルマに劣らず酷い状態だった。


「ふん! 只の臆病な魔術師かと思いきや、テイマーだったか」

 壁から這い出し、首をコキコキと鳴らしながら、ガイアードが剣を構えた。

「ていまー、とは何だ?」

「後にしろ!」

 ガイアードは背中に庇う、ヒューに怒鳴った。ヒューはあちこち傷付き、壁に衝突した際に骨も折れた様だが、ソフィアが回復魔法をかけているので問題はないだろう。

 それよりも、今は目の前の黒龍だ。

 油断なくガイアードを見つめたまま、少女を降ろし、少年達を庇う様に前に立つ青年は、酷く不完全な生き物に見えた。只の黒龍でも、人間でもない。黒龍と人間から生まれた者にしては強すぎる。……ガイアードの敵ではないが。

「ふむ。たかが黒龍一匹増えたところで、何が出来る?」

 ガイアードは再びニヤリ、と笑った。一方的に子供をいたぶるよりも、強者と対峙する方が気分が高まる。久々に面白い戦いが出来そうだと、ガイアードはほくそ笑んだ。


「残念だが」

 ガイアードと20メートル程の距離を挟んで、リュークは心底すまなそうに顔をしかめた。

「あいにく、俺は戦うつもりはない」

「何だと?」

「俺は黒龍だ。魔族とは相性が悪い。この子達を連れて帰れれば満足だ」

「ははは! 俺が『勇者』を見逃すと思うのか!? 馬鹿が!」

「見逃すのはこちらの方だ」

「は?」

 リュークは正面を向いたまま、後ろでパルマの治療にあたるサラに声をかけた。


「サラ。父さんを呼んでくれ」


ブックマーク、評価、感想、誤字報告ありがとうございます!


リューク、カッコよく「俺が、居る」とか言っておきながら父ドラゴンよぶんかーい! と突っ込まないであげてください。

少年漫画のセオリーとか知りません。ドラゴンなんで!


次話はじっくり書きたい回なので、少し投稿までに時間がかかります。ご了承ください。


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