20 魔王へと続く道
「ドレリッチ!」
「「「「えええええええ!?」」」」
可憐なソフィアからえげつない魔法が飛び出し、サラ達はのけぞった。
大樹の根元から侵入したサラ達は、ソフィアとキトを先頭に細い洞窟を進んでいた。ソフィア達の後ろにはカイト、ユーティス、サラ、パルマと続き、最後にシェリルがついてきた。
その道中、様々な魔物が襲って来たのだが、全てソフィアが軽々と倒してしまった。サラと同じく、初期魔法を高威力で放つスタイルだが、バリエーションは少なく、聖魔法と闇魔法という相反する二種類のみであった。
しかし、強い。
生粋のエルフはこれほど強いのかと、パルマでさえ目を疑っていた。
そんな一行の前に、Sランクの魔物リッチが現れた。リッチは魔術師がアンデット化した魔力の高い魔物である。アンデット系の魔物は聖魔法で浄化するのが基本であるが、ソフィアが迷わず放ったのは闇魔法であった。
ソフィアの魔法はリッチを捉えると、リッチから魔力を奪いソフィアへと還元していった。魔力を吸い尽くされたリッチは姿を維持出来なくなり、あっさりと消滅した。
「ご馳走さまでした」
「いやいやいやいや! 今の、ドレイン系の魔法ですよね!?」
後方にいるはずのパルマが大声で突っ込んだ。本来、『ドレイン』とは放出や排出を意味する英語であるが、『ドレイン系の魔法』は相手から強制的に魔力や体力を奪うことを意味する闇魔法である。初級のドレインは奪うだけだが、上級になると奪った力で回復出来るため、魔力切れも体力切れもおこすことなく延々と戦えるという、えげつない魔法なのである。
「そうよ?」
「キョトン、って顔しないで下さい! リッチからドレインするから『ドレリッチ』っていう技名もどうかと思いますけど、リッチを丸々ドレイン出来るってどんだけ容量あるんですか!?」
「え? 分からないわ」
「凄いやソフィア! 格好いい! 今度僕もやってみる!」
「……カイト君は黙っててください!」
危うく「勇者が闇魔法使うなや!」と言いかけて、パルマは焦った。カイトの魔力が聖水によって回復した時点で、後ろの魔族にはバレている可能性が高いが、ソフィアはまだカイトが勇者であることに気が付いていない。敢えてこちらから正体をバラす必要はないのだ。
「パルルンは怒りっぽいのね? ふふ。ガイアードみたい」
ガイアード、という名前にサラはビクッと反応した。ガイアードは魔王軍最強の戦士として、魔王戦の直前に立ち塞がる強敵の名だった。
「どうかしたの? サーラちゃん」
「ううん! パルルンがもう一人いたら、迂闊にボケられないなと思って」
「無理にボケなくていいんですよ!?」
「ふふふふ! 面白いのね、皆」
どうやらサラの咄嗟の言い訳はソフィアには通じたようだ。サラはホッと胸を撫で下ろした。目の前の少女は、今のサラ達よりも遥かに強い。慎重にならなければ、とサラは気を引き締め直した。そんなサラの手をそっと握る者がいた。ユーティスだ。
「パルルンがもう一人いても、僕が君を守るから」
ユーティスはふざけている訳ではない。「ガイアードという魔族が現れても、僕が守る」という意味だと、サラは理解した。そして極自然に手を握るチャンスをユーティスが見逃さなかったのだとも思った。転移魔法は、接触した相手としか同時に飛ぶことが出来ない。襲われてから手を握っていては間に合わないかもしれないのだ。
「うん。ありがとう! 頼もしい騎士様!」
サラはユーティスの意図を汲み取り、わざとふざけてみせた。
「ああああ! 王子がまた口説いてる! 駄目だからね!? サラちゃんも駄目だからね!?」
「誰ならいいんだ、お前は」
「えぇ? パルルンとか?」
「「そっちの趣味はない!」」
ブフッとサラは吹き出した。ソフィアはお腹を抱えて笑っている。
「もう! 皆ったら面白すぎるわ。……あ、そろそろ出口よ? 階段を上ったら地上に出るから、少し眩しくなるわ。気を付けてね」
少し歩いた先には開けた空間があり、ソフィアの言った通り上に続く階段の奥に大きな扉があった。この扉の先が『魔王の国』であり、扉を跨いだ瞬間が転移魔法を使うチャンスである。ユーティスとサラは手を繋いだままだ。パルマは自然な感じを装って、カイトに近付いた。ソフィアに夢中になっているカイトが自分から転移するとは考えにくく、パルマは強制的にカイトを連れて王都に転移するつもりだった。
(どうしよう。怖い……!)
広場に足を踏み入れた所で、サラは足を止めてユーティスの手をギュッと握った。ユーティスも足を止める。ユーティスは優雅に微笑んでいるが、サラを握る手は固く、うっすらと汗をかいていた。
(ユーティスも怖いんだ。……たぶん、パルマも。どうしよう。あの扉を抜けたら死ぬかもしれない)
出来れば、覚悟が決まるまでここに留まりたい。リーン達が助けに来るまで『聖女の泉』で待っていたい。転移が上手くいかず戦闘になれば、全滅は確実なのだ。そして恐らく、扉の先に魔族が待ち構えているに違いない。
(怖い。やだ、怖い……!)
突然、言い様のない不安感がサラを襲った。心臓が早鐘を打ち、呼吸が苦しい。頭の中が真っ白になり、恐怖心だけが支配する。サラは胸を押さえながら膝をついた。サラはパニック発作を起こしていた。
「サーラ!」
ユーティスも身を屈め、サラを抱きしめた。ユーティスの声に、ハッとパルマが振り返り二人に駆け寄った。今の状態のサラに、転移魔法が使えるとは思えない。パルマは青ざめた。サラが転移出来なければ、パルマが一人だけを選んで転移するしかないのだ。そして、選ばれなかった二人は確実に死ぬ。
「サーラさん、大丈夫ですから! 落ち着いて下さい。……ああ、もう! エロ馬鹿親父を召喚出来たらいいのに」
サラの背をさすりながら、パルマが忌々しそうに愚痴った。
(召喚? ……召喚!?)
ハッと、サラの脳裏に閃いたことがあった。
「パル……」
「まあ!」
ソフィアがサラの様子に気付き、小さく悲鳴を上げた。
「ええ!? サラちゃん大丈夫!?」
しゃがみ込んだサラ達のもとへ、広場の中央辺りまで進んでいたソフィアとカイトも引き返してきた。
「どうしたの? 気分悪い? 大丈夫よ。この先は私の生まれ育ったところだから、色々案内してあげる! そうだわ! サーラちゃん具合悪そうだし、今日は泊まっていかない? ガイアードに頼んでみるわ」
「その必要はない」
突然、奥の扉が開かれ、威厳のある低い声が広場に響いた。
「……あ、ああああ……」
サラの鼓動が一層速くなる。
パルマがユーティスとサラを庇うように立ち上がった。
流石のカイトも男から発せられる禍々しい魔力に反応し、剣を抜いた。
ユーティスはサラのこめかみに優しく唇を押し当てると、サラから手を離し、立ち上がって剣を構えた。
「一秒でも長く、君を守る」
予定外の出来事であったが、瞬時に少年達は覚悟を決めた。
敵は、転移する機会を与えてはくれなかったのだ。
サラは信じられない思いで、男達を凝視していた。
褐色の肌を黒い甲冑で覆った魔王軍最強の戦士と、その後ろに立つ線の細い白い少年。
「魔王」
「「「え!?」」」
サラの絶望を含んだ呟きに、少年達は耳を疑った。
あまりにも未熟すぎる段階での、魔王戦であった。
ブックマーク、評価、感想、誤字報告等ありがとうございます!
早いもので、第2章も20話になりました。
第1章が60話かかったので、まだまだですね(笑)
何だか既にサラ達ピンチなんですが、大丈夫でしょうか。
今日は飛行機が飛びそうなので、石垣島を脱出して家に戻ります。
夜も更新出来たら良いなと思ってます!
今後ともよろしくお願いいたします。




