19. 魔族に育てられた少女の幸せな一時
「私はソフィアよ。あっちの小さい子がキトで、大きい子がシェリル」
魔王と同じ顔をした少女は、サラ達の元に近づくと百合の花のような清らかさと美しさで可憐に名乗った。
毒々しい魔王の森には似つかわしくない白銀のエルフの登場に、ユーティスとパルマも息を飲んだ。キトと呼ばれた兎の魔物とシェリルと呼ばれた花の魔族は『聖女の泉』には近づけないのか、遠巻きに様子を伺っている。
「私はオージィ。彼はパルルン。彼女はサーラだ」
ユーティスは咄嗟に機転を利かし、偽名を使った。魔族を連れた謎の美少女に、迂闊に真名を教えるわけにはいかない。カイトがサラ以外を本名で呼ばなかったことは幸いだった。パルマとサラもユーティスの意図を汲み黙っている。カイトは偽名を使ったことに気が付いていない。
「よろしくね! ふふふ」
ソフィアは少し顔を赤らめ、踊るような軽やかさでサラに接近した。ソフィアに敵意が無いことは分かる。純粋に喜んでいるのも伝わってくる。この泉に近づけることからも魔族でないことも証明されている。だが、こんな場所に普通のエルフが居るはずがない。ましてや、魔王と瓜二つなど警戒しない訳にはいかなかった。サラは固い顔で、一歩後ろに下がった。
「? 怖いの? この森は初めて? 大丈夫よ。私が外に案内してあげる」
どうやらソフィアは、サラが森の魔物達に怯えていると勘違いしてくれたようだ。ソフィアはサラの手を握った。
「ふふ。小さい手! お人形さんみたいね。さっき、カイトがね、可愛い子を見たことがあるって言ってたの。きっとサーラちゃんの事ね?」
「はは、はははは……」
サラはぎこちなく笑った。魔王と性別が異なるとはいえ、そっくりな顔で手を握られて背筋がゾワゾワとする感覚に襲われていた。サラの違和感に気付き、パルマがそっとサラの両肩に後ろから手を置いた。サラ越しに、ソフィアと正面から向き合う形だ。
「サーラさんの可愛さが分かるとは、お姉さんも御目が高い!」
「全くです。それに、貴女もずいぶん美しい。名のある貴族のご令嬢とお見受けしますが、如何でしょうか」
ユーティスは慣れた手つきで、サラの手からソフィアの手を奪った。少女の可憐な姿からは違和感を感じるほど、骨張った少年の様な手であった。
さすがにキスはしないが、イケメンオーラ全開でソフィアを見つめている。
「美しいだなんて……!」
ソフィアは頬を赤く染め、恥ずかしそうに肩をすぼめた。そのやり取りを見て、カイトが血相を変えて叫んだ。
「ああ! 王子が口説いてる! 駄目だよ! ソフィアは駄目だからね!?」
口説いている訳ではなく、道案内を頼んでよい相手かどうか見極めるための尋問だ。この馬鹿が、と頭で罵りながら、ユーティスは極上の笑みを浮かべた。
「勘違いは困るな。私達は、この美しいご令嬢と仲良くなりたいだけですよ」
「え!?」
ソフィアが大きな目を見開いてユーティスを見つめた。
「それは私と、お友逹になってくださると言うこと?」
「ええ」
「嬉しい!」
ソフィアは目に涙を浮かべて微笑んだ。その表情に、カイトを除く三人はハッとした。彼女の特殊な事情や孤独な環境が想像できたからだ。
「カイトとお友達になれただけでも、とっても嬉しかったのに。私……幸せ! ふふふ! これが幸せって気持ちなのね」
ソフィアは空いている方の手で涙を拭った。
「ソフィア、君は一体……」
「まあ、私ったら! ごめんなさい。オージィ! さっきの質問だけど、私、たぶん貴族ではないわ。自分の家のことは知らないの。両親はいないわ。お兄様はいるけど、お兄様もご存じないはずよ」
兄がいる、と聞いて、少年達は幾分安心したようだが、サラは冷や汗がこめかみを伝うのを感じた。恐らく、ソフィアと同じ顔をした少年。それは『魔王』に違いない。
「お兄さんは、今どちらに? 一緒にいるの?」
「お兄様はいつもお城にいるの。滅多にお会い出来ないけど、会うと色々お話を聴いてくださるのよ? ふふ。今度お会いしたら、カイトやオージィ達の話が出来るわね!」
ソフィアは兄を思い出し、楽しそうに笑った。
ソフィアもキトも、2年前の初めての邂逅を覚えていない。ガイアードがソフィアの心を守るために記憶を消したのだ。
ガイアードは何事もなかったかの様にソフィアに兄がいることを伝え、目を輝かすソフィアを東の塔へ連れていった。
緊張しながらも兄との再会を喜ぶソフィアと、気まずそうに視線をそらすヒュー。ヒューはほとんど話さなかったが、帰り際に一言「体は、無事か?」とソフィアに尋ねた。何のことかは分からなかったが、心配してくれているのだとソフィアは感激し、兄のことが大好きになった。
それから月に一度だけ、兄と面会が出来るようになった。ガイアードから「ソフィアが俺よりも強くなったら、自由に会わせてやろう」と言われ、毎日『魔王の森』に通っている。初めの頃は高位魔族に付き添ってもらっていたが、元々SSランク相当の両親から生まれた生粋のエルフであるソフィアは瞬く間に強くなった。今ではキトとシェリルだけを連れてお散歩がてら来ているくらいである。
そして今日、カイト達と出会ったのだ。
「さあ、暗くなる前に森を出なくちゃ。カイト、水はちゃんと飲んだ?」
「あ! まだだった!」
ソフィアに促されて、カイトは慌てて泉に口をつけた。
少し離れた場所で、サラとパルマも聖水を口に含んだ。その際、ソフィアから見えない位置で腰を屈めながらパルマが小声でサラに話しかけた。ソフィアの注意は、ユーティスが巧みな話術で逸らしてくれている。
「サラさん。恐らく、僕達がここに来たのはカイトのせいです。推測ですが、カイトも『月花のダンジョン』に居たのだと思います。たぶんそこで、ダンジョンの容量を超える勇者の力を使ったのでしょう。しかも、あのタイミングからして、サラさんがラスボスを倒した直後に。聖女と勇者の魔力が混ざって、ダンジョンに異変が起きたのだと思います。最低難易度のダンジョンから、最高難易度のダンジョンに繋がるという、最悪な形で」
「そんな……」
ゆっくり聖水を飲むふりをしながら、サラは必死で震えを抑えた。パルマはなおも続ける。
「ボブさん達が冷静に動いてくれていたら、今頃リュークおじさんやエロ親父に話が伝わっているはずです」
リューク、と聞いて、サラの不安が幾分か軽くなる。急にリュークに会いたくなった。
「さすがに、ここに居るとは思っていないでしょうが、このダンジョンを出れば気配を察して助けに来てくれるかもしれません」
「ダンジョンを出たら、直ぐに転移してシラクの町か王都に戻るんじゃないの?」
「もちろんそのつもりですが、罠の可能性もあります。ソフィアは信用できそうですが、あの魔族が侵入者を大人しく見逃すとは思えません。ダンジョンの先で高位の魔族が待ち構えていた場合、僕達では転移して逃げることは難しいでしょう」
サラは手を止め、パルマを見つめた。パルマもサラを見つめている。サラを諭す時の、真剣な眼差しと同じだった。
「ここを出たら、こんな話はもう出来ません。だから、今覚悟を決めてください」
「パルマ……嫌……」
パルマが何を言おうとしているのか、察してしまった。サラは再び体が震え出すのを止めることが出来なかった。
「嫌でも、覚悟しておいてください。魔族と闘いになった場合、僕が相手をします。サラさんは王子を連れて逃げてください。もし、王子も駄目そうな時は、サラさん一人で逃げてください」
サラは無言で激しく首を横に振った。
「サラさん。僕はレダスです。どうせまた生まれ変わりますから」
「やだ! 何でそんなこと言うの!? パルマは、パルマだよ? レダスなんて関係ない。パルマは、私の大事な友達だよ」
「……サラさん……!」
サラの告白にも似た訴えに、パルマが思わず抱き締めそうになったところで邪魔が入った。
「あーっ! パルルンがサラを泣かしてるー!!」
空気が読めない男・カイトである。
「違うの! 目にごみが入ったから、顔を洗ってたの! ほらっ!」
サラがバシャバシャと聖水を顔にかけた。
「取れたかしら!? パルルンルン!」
「はい! バッチリです! 死んだらいいと思います! あいつ!」
「えええええ!? 何で!?」
がーん、とカイトがよろめく。その様子に、クスクスとソフィアが笑った。
「皆さん。本当に仲がよろしいのね」
「「「「何で!?」」」」
「ほら! 息がピッタリ! あははは」
ソフィアは楽しそうに声を上げて笑った。どうやら、お話タイムはここまでのようだ。パルマとサラ、そしてユーティスは目を合わせると、うん、と頷いた。
「さあ! 行きましょう? この樹の根本が地下に繋がってるの」
「わーい!」
ソフィアは泉の畔にそびえる一本の大樹を指差した。サラも良く知っている魔王の国へと続く入り口である。
この先、何が待ち受けているかは分からない。
初めての友達に喜びを隠しきれない少年と、覚悟を決めた凛々しい少年達の後ろで、サラは覚悟を決められないまま、ギュッと魔法杖を握りしめた。
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色々な意味で少年達が心配です!
余談ですが、一昨日、由布島に行った際、入り口付近にある水牛の人形?を写真に撮ったところ「イボイノシシ」と親切なアプリが教えてくれました。水牛ちゃうんかい!
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陸でもないんかい!
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