18 魔王の森
「魔王の森!?」
カイトがソフィアと予定外の出会いを果たしていた頃、森の別の場所では三人の少年少女が出口を求めてさ迷っていた。サラ達である。サラ達は、『月花のダンジョン』の最下層で突如空いた穴に飲まれ、気が付くとこの森に立っていたのだ。
とっさにユーティスが張った『絶対空間』に身を寄せ、状況把握に努めていた。サラにはこの森に見覚えがあった。正確には、先程から上空を飛行する巨大な魔物に見覚えがあったのだ。
「サラ。魔王の森、とは一体?」
ユーティスとパルマが首を傾げている。
「夢で見たことがあるの」
まさか「ゲームで散々狩り散らかした思い出の場所なの!」とは言えず、サラは夢のせいにした。
「さっきから、紫色のアンデットドラゴンが飛んでるでしょ? あれは、魔王の魔力に反応して生まれた……発生した魔物なの。この『魔王の森』にしかいないわ。ここは、ダンジョンよ」
「何ですって!?」
パルマは一旦『絶対空間』から飛び出すと、直ぐに戻った。その表情は暗い。
「転移も、外への念話も使えません。ここがダンジョンだというのは本当みたいです。それにここの魔素は異常です。ここは、まだ僕達が来ていい場所じゃない」
「お前でもか!?」
ユーティスが目をみはる。ユーティスは冒険者ランクでいうとAの下くらいに相当する実力がある。サラはAの上、パルマはSランクで通用するだろう。そのパルマでさえ、厳しいと言うのだ。
サラも困惑していた。ゲームでここを最初に訪れた時は、Sランクパーティだった。個人で見ても、Sランク三名、Aランク二名の実力者揃いであったにも関わらず、開始一分で全滅した覚えがある。
ここは、魔王の国に入る前のレベル上げのためのダンジョンなのだ。
ゲーム『聖女の行進』にはレベルという概念がないため、実際には冒険者ランクを上げるために、この森に出現するS級以上の魔物や魔族を狩ってSSランクに到達することが目的となる。パルマが「まだ来ていい場所じゃない」と言ったのも当然だ。ここは本来、Sランクパーティ以上にならなければ侵入することも許されない特殊ダンジョンなのである。何故、『月花のダンジョン』からここに飛ばされたのかは分からないが、そんなことを考えている暇はない。
ユーティスの『絶対空間』がなければ、三人とも全滅は免れない。状況は最悪だ。
「サラ。何処か休める場所は見なかったかい? 一度、対策を練る必要がある」
ユーティスは敢えて明るく微笑んだ。絶体絶命の時ほど、強き王は笑っていなければならないのだ。
「待って。思い出すから」
サラは足を止め、目を閉じた。必死でゲームを回顧する。このダンジョンから抜け出す方法は、SSランクのアンデットドラゴンから入手できる特殊な魔石を使用するか、全滅するか、このまま魔王の国に侵入するか、である。これはゲームではないため全滅は避けなければならないが、SSランクの討伐など夢のまた夢である。そうなると魔王の国に行き、転移して逃げるしか道はない。
「あ!」
サラはパッと顔を上げた。
「森の中心に、セー……聖なる泉があったはずよ!」
危うくセーブポイントと言いかけて、サラは焦った。魔王の国に繋がる道は、セーブポイントの地下にあるのだ。
「聖なる泉? 聖なる泉……魔王……アルバトロス王国……カチャフ…………あ、ああ!」
一人でブツブツと呟いていたパルマの顔に、光が差した。
「『聖女の泉』ですね!」
「「聖女の泉?」」
「はい。かつてこの地に魔王が現れた際、当時の勇者と聖女のパーティが……あ、いや、その」
急にパルマの顔が曇った。ユーティスが促す。
「どうした?」
「えーと。何とか魔王を倒すんですけど、倒し方が中途半端で数年後に復活しちゃったんです。それで、責任を感じた当時の聖女クラリスが巨大な水晶に自分ごと魔王を封じたんですよ」
「え!? そんなこと出来るの!?」
サラが目を見開いた。
「クラリスのオリジナル魔法なので、同じ『聖女』でもサラさんには出来ませんから真似しないように! それに、復活したての魔王は赤ん坊で、魔力がほとんど貯まっていなかったので出来たことです。直後にその事を知ったうちのエロ親父が、せめてクラリスが安らかに眠れるようにと水晶の周りに泉を造ったのが『聖女の泉』の成り立ちです」
「リーンが造ったの!?」
ゲームではそんな裏話は存在せず、リーンも普通にこのセーブポイントを利用していた。確か、「こんなところに泉があったなんて!」とか言っていた気もする。ゲームでは実際のほんの一部分しか語られてはいないのではないか、とサラは思った。
「そんな泉があったとは……その時、勇者は何をしていたんだ?」
勇者、と聞いてカイトの顔がちらつき、ユーティスは眉をひそめた。どうも、勇者という生き物に良い印象が持てない。訊かれたパルマも苦い顔をしている。
「勇者ですか? 魔王を倒した英雄として、ちやほやされてましたよ。……詳細が聞きたいですか?」
「……いや。止めておこう」
何となく、サラに聞かせる話ではないような気がした。
「とにかく、うちの親父が大激怒しまして。勇者の力を封じてしまったので、その勇者はその後、何も出来ない只の人間になりましたとさ」
「めでたし、めでたし……って、ええええ!? リーンってそんなこと出来るの!?」
乗り突っ込みしながら、サラはリーンの過去にいちいち驚きを隠せないでいた。勇者の力を封じることが出来る、というのも驚異だが、そもそもリーンが激怒するなど想像が出来なかった。何となく、話の端々から「あれ? リーンって勇者嫌いなのかな?」と感じていたが、そんな過去があったとは。
「勇者には、録なヤツがいないのか?」
「そんなことはないんですけど。生まれたときから人間離れした力を持っているせいでしょうか。常人とは根本的に違う生き物なんで、変わった人が多かったことは確かです」
「そ、そうか」
「でも……えへへ。リーンが『聖女』のために怒ってくれたなんて、ちょっと嬉しい」
「サラ」
「サラさん……って、和んでる場合じゃないですよ! 泉の場所なら大体分かるので、早く行きましょう!」
「はい!」
「分かった。頼んだ、パルマ」
パルマの先導で、三人は『聖女の泉』を目指すことになった。
「ひゃああああああああ!」
「パルマ、泉はまだか!?」
「もうすぐです! って、サラさん足速っ!」
三人は、魔王の森を全速力で駆け抜けていた。泉を目指す途中、運悪くフェンリルの番いに出会ったのだ。『絶対空間』にいるとはいえ、フェンリルはS級の魔物である。それが、二頭。絡まれてはユーティスの魔力が持たない。三人は真顔で逃げるしかなかった。
「たぶん、そこを右です!」
パルマの指示でサラが右方向に曲がった直後、急に森が開け直径20メートルほどの丸い泉が現れた。
「着いたああ!」
サラは空気が変わるのを感じた。明らかに、森の中と泉の畔では魔素の量と質が異なっていた。フェンリル達は追ってこなかった。
「王子、『絶対空間』を解除しても大丈夫ですよ」
「分かった!」
ユーティスは『絶対空間』を解除すると、その場に倒れこんだ。障気の濃い『魔王の森』で高度な維持することは、かなりの負担であったのだ。
「ユーティス! これ飲んで!」
サラは泉の水を両手で掬うと、ユーティスの口元に運んだ。ユーティスは迷わず口に含み、目を見開いた。魔力の回復量が魔石とは格段に異なる。体の疲れも一瞬で吹き飛んだ。
「これは、聖水か!?」
「長い年月をかけて、聖女の水晶が溶け込んだ水ですからね」
「え? 聖女はどうなったの?」
「……クラリスは、水晶と共に溶けました。もちろん、魔王も。この水は、この場所にしか存在できませんが、全てを浄化する清らかな水です」
少し、パルマが寂しそうな顔をした。レダスとクラリスは仲間か……それ以上の関係だったのかも知れない、とサラは感じた。
「この場所にしか、ということは、水筒に入れても持ち運べないということか。これがあれば、あのアンデッドドラゴンも倒せそうなのに。残念だな」
ユーティスが呟いたその時、ガサッと泉の向かい側の茂みが動いた。
「え!?」
サラが息を飲んだ。
「あれえ!? 王子にパルルンに……ひょっとしてサラちゃん!?」
「カイト!?」
パルルンことパルマが反応した。ユーティスは小さく舌打ちしている。
サラは、カイトの後ろから現れたもう一人の人物から目が離せなかった。
「まあ! こんなに人がいるなんて、今日は素敵な日ね!」
白い肌。白銀の髪。琥珀の瞳。
可憐な笑顔を見せるエルフの少女は、マシロが何度もゲームで目にした『魔王』と瓜二つであった。
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先程、石垣島のコンビニに行ったら台風前なので何も無くてビックリしました。お茶だけ買いました(笑)
今日もホテルで引きこもり生活です。
お土産用に買ったサーターアンダギーを食べて過ごします。
サーターアンダギーって、何処かの大王みたいですよね?




