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17. 予定外の出会い

「まあ! あなたは誰?」

 少女の声で、カイトは目を覚ました。

 どうやら、気を失っていたらしい。頭が重い。目が回っている。

「気持ち悪い」

「大変! きっと魔力切れね。私もこの間経験したから、辛さが分かるわ。無理に起きないで。ここに、頭をのせて?」

 少女はカイトの頭に手を触れると、そっと持ち上げて自分の膝の上に乗せた。酷い倦怠感のせいで、カイトはされるがままになっている。

「シェリル。花の蜜をちょうだい」

 少女は後ろに付き従う花びらのスカートをはいた女に命じた。女が水をすくうような形で手のひらを上に向け魔力を込めると、手のひらに少量の液体が貯まった。

「ありがとう。この子に飲ませてあげて」

 女は主に言われるがままに、カイトの口許に手を近づけた。甘い匂いがする。

「いらない」

 カイトは僅かに顔を背けて、拒否した。魔族の気配がしたからだ。すぐにでも起き上がり、魔族を倒したい。だが、体が全く言うことをきかなかった。

「大丈夫よ。シェリルの蜜は甘くて美味しいの。それに、魔力が凄く回復するのよ? 気分が良くなるわ」

 意識が朦朧としていて少女の顔は良く分からなかったが、敵意が無いことだけは分かった。カイトは少女を信じ、花の蜜に口を触れた。

「あ……」

 蜜は甘く、少しトロッとしていた。魔力切れの体に、すーっと染み込んでいくのをカイトは感じた。どうやら、魔石と同じような効果があるらしい。

「どう?」

「めっちゃ凄い!」

 カイトは飛び起きた。まだ枯渇した魔力はほとんど回復していないものの、眩暈はなくなった。

「良かった! この森は魔物が多いから、訓練にはもってこいだけど、魔力が切れるまで戦っちゃダメよ?」

 クスクスと笑いながら、少女はカイトに忠告した。「うるさいなー」と言おうとしたカイトは、少女の姿を見て絶句した。

「……」

「どうかした? まだ、具合悪い?」

 心配そうにカイトを見つめる少女は、白い肌にふわふわとした白銀の髪と琥珀の瞳を持つエルフだった。年の頃はカイトと同じか、少し上に見える。

「か」

「か?」

「可愛い!」

 カイトの顔がパアッと輝いた。近くに魔族がいることなど、どうでも良くなっていた。

「僕、カイト! 君は誰? ここはどこ?」

「え? え?」

「僕、君みたいな可愛い子見たの初めて! あ、二人目か!」

 もちろん一人目はサラの事だが、カイトは12歳の夜会以来サラとは会っていない。そのため、カイトの中のサラは子供のままなのである。目の前の美少女は、大人の領域に足を踏み入れたばかりの初々しい色気さえ感じさせた。

「か、可愛い? 私が?」

 少女は、カイトのストレートな感想に戸惑っているようだった。そんな少女に代わって、二足歩行の兎がカイトに抗議する。

「ソフィア様が二人目とはどういうことだ! ソフィア様が一番可愛いに決まってるだろ!?」

「キトまで!」

 カアッと、ソフィアは顔を赤く染めた。後ろでシェリルと呼ばれた元アウラウネの魔族が頷いている。本来であれば、勇者の気配を魔族が分からぬはずはない。しかし、今のカイトは肉体の時間を戻す魔法と蘇生魔法を同時に、しかも三人分行うという偉業をやったせいで魔力を使い果たし、普通の冒険者に見えないこともなかったのだ。カイトが『ギャプ・ラスの精』であることも影響していた。もちろん、もっと高位の魔族であれば即座に見抜けたであろうが。

「ソフィアって言うのか! 名前も可愛いね!」

 カイトが両手に拳を作り、目をキラキラさせて感動している。

「からかわないで! 精霊さんは意地悪なのね」

 ソフィアは少し頬を膨らませて、そっぽを向いた。カイトは言われた意味が分からずにキョトンとした。

「精霊さん?」

「え? 精霊さんではないの?」

「僕は……」

 勇者だ、と言おうとしてカイトは口をつぐんだ。何となく、言ってはいけない気がしたのだ。

「僕は、人間だ」

「人間!?」

 これもダメだった!? と、カイトは身を強張らせたが、満面の笑みを浮かべたソフィアから返ってきたのは意外な台詞だった。

「素敵! 私、人間のお友達も初めてよ?」

「……おともだち!?」

「ええ。だって、年も同じくらいでしょ? お互いに仲良くしたいなって思ったら、それは友達なんだって、ガイアードが教えてくれたの。キトも、シェリルもお友達なのよ」

 知らない名前が出てきたが、どのみちカイトの頭では処理しきれない。それよりも、『お友達』と言うワードが頭の中を反芻していた。目を白黒させてワナワナと震えているカイトの様子に、ソフィアは不安になった。

「仲良くしたくなかった? ごめんなさい。私、勝手に盛り上がっちゃって」

「うううううううんんん!? 違うんだ! 僕も凄く嬉しい! 僕、友達いないんだ」

「え!? そうなの? じゃあ、私がお友達第一号ね!」

 花が咲いたようにソフィアが笑った。鈴が鳴るような澄んだ声も心地よい。

「うわあああ。可愛い!」

「当たり前だ! ソフィア様だぞ! 人間!」

「うるさいな! ソフィアの友達じゃなかったら『ちょんっ』ってしてやるのに!」

「やめて二人とも! 私、可愛いって言われたことないのにっ」

「うっそだあ!」

「当たり前過ぎて誰も言わないだけですよ、ソフィア様!」

「もうっ!」

 ソフィアは身体中をピンクに染めて、シェリルの後ろに隠れた。白いフレアドレスの裾を握ってモジモジしている。その姿に、カイトの胸がキュンと熱くなった。

「と、友達って凄いね! こんな気持ち初めてだ」

 カイトは何となく泣きそうな気分になった。サラに会ったときでさえ、感じたことのない気持ちだった。本来であれば、カイトに『情』というものを教えるのはサラの役目であったが、レダコート学園ではなくリーンスレイ魔術学園を選んだことにより、その機会を失っていた。ゲームでは、14歳のカイトは勇者らしい純粋な正義感と人間らしい感情を併せ持ち、ユーティスとは良いライバルとして、パルマとは良い友として楽しい学園生活を送っていたはずだった。

 ある意味、サラの『選択』により、最も運命を変えられたのはカイトかもしれない。

「どんな気持ち?」

 ソフィアは興味津々でカイトに尋ねた。自分以外の『人』と会うのは初めてなのだ。

「分かんない! 僕、頭悪いんだ! でも、凄く嬉しくて、胸の中がギュッてなって、わーって感じ!」

「そう? 私も良く分からないわ。でも、嬉しいのは同じね! よろしくね、カイト!」

 カイト、と可愛い女の子から呼び捨てにされて、カイトの胸は完全に撃ち抜かれた。先程からソフィアの乱射が激しくて、コミュ障のカイトのハートは穴だらけだ。

「ところで、カイト。どうしてこんなところに一人でいたの? 仲間はいないの?」

「え?」

 ソフィアに指摘されて、初めてカイトはここが『月花のダンジョン』ではなく森の中であることに気が付いた。ソフィアの華やかさに気をとられていたが、改めて集中して探ってみると、森の中には障気が渦巻き、魔力の高い魔物や魔族がひしめいているのが分かった。カイトは生まれて初めて背筋が冷たくなるのを感じた。

「何、ここ……」

「ここの近くには昔アルバトロスという王国があったそうよ」

 ソフィアはにっこりと微笑んだ。ソフィアにとってここは、2年前に正式に西の塔からの外出を許されるようになってから、毎日のように魔術の特訓に通っている慣れ親しんだ森だった。


「ようこそ。『魔王の森』へ」


 それは、ゲームでは終盤に訪れるはずの最高難易度のダンジョンの名であった。

現在、石垣島のホテルで執筆中です! 台風のため、船が出ません。予定では今日は小浜島だったのに。残念!


いつも使用しているPCではなく、タブレットで打っているので疲れますが、もう一話くらい投稿できたらいいなと思っています。

しかし台風、ジャストミートです。母から「フーフーしたら飛んでいくわよ」と言われました。んな訳あるかい!(笑)

フーフー(やるんかい!)

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