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15. 月花のダンジョン

「きゃあああああああああ!」

 月花のダンジョンにサラの悲鳴が響く。サラは目を覆い、ユーティスの背に抱き着いた。



 『紅の鹿』とダンジョンに潜ることを決めてから5日後、サラ達は王都からほど近い場所にあるシラクという町に来ていた。

 ここは初心者向けダンジョンとして有名な『月花のダンジョン』を訪れる冒険者のために開かれた町である。冒険者ギルドは元より、武器やアイテムを扱う店、食堂や宿屋なども充実しており、怪我をした者のために治療が行える教会も建てられている。小さいながら、活気あふれる町であった。

「わあ! 人がいっぱいいる! 可愛い町! 楽しい!」

 2日かけて王都から馬で移動したサラ達は、このシラクの街の宿屋に馬を預けてダンジョンに潜る計画を立てていた。小さなダンジョンなので、1~2日でクリアする予定である。

「何か俺達目立ってね?」

 ボブがソワソワしている。町に入ってからというもの、人々の視線が容赦なく刺さってきたのだ。皆一様にボブ達を見て、ぎょっとしている。

「んー。こんなもんじゃない? 人間とエルフとドワーフと巨人が居たら普通に目立つわよ」

「今日はサラも居るしのう!」

 ライラとホッケフが呑気に話をしていると、周囲のざわめきが一段と大きくなった。

「サラ!」

「? えええ!? ユーティス!? パルマも!」

 『紅の鹿』を取り囲む人々の輪を割って、キラキラとオーラを放つユーティスが現れた。ユーティスもパルマも、冒険者風の鎧を身に着け帯剣しており、身分を隠しているつもりだろうが周囲にはバレバレである。サラもローブを羽織って入るが、その下は似たような出で立ちであった。

「久しぶり! 夜会以外で会うなんて、2年ぶりよね? ユーティス!」

 サラは馬から飛び降りると、満面の笑みで二人に駆け寄った。公の場以外では、サラはユーティスに敬語は使わない。

「ああ、サラ! 冒険者姿も様になっている。夜会でのドレス姿も年々磨きがかかっていくが、こういうラフな格好だと一段と素材の良さが際立つな。まさに、女神……!」

 ごく自然にサラの手を取って口元に寄せるユーティスに、サラは「ふふふ!」と笑った。この2年で、社交界にもずいぶん慣れたサラは、ユーティスのおかげで手にキスをされるくらいなら耐えられる様になっていた。

「おいおいおい! うちのサラに何してんだ!」

 ボブが馬から降りてユーティスの手首を掴んだ。ボブは今、サラの実質的な保護者なのだ。サラが楽しそうにしているとはいえ、娘に馴れ馴れしく近づく男を見逃すわけにはいかなかった。……とんでもない美少年というのも気に入らなかったのだが。

「何だ、この何処にでもいそうな冒険者は」

 ユーティスが不機嫌そうにボブを睨んだ。サラが慌てて割って入る。

「ユーティス、落ち着いて! 今、私がお世話になってる『紅の鹿』のリーダーのモブおじさんよ!」

「ボブだよ! 学べや!」

「俺はユーティスだ。サラの……夫になる者だ!」

「「「「「「えええええ!?」」」」」」

 ユーティスの堂々たる宣言に、サラとボブだけでなく『紅の鹿』の他のメンバーも馬を降りて近づいてきた。何事かと町中から人が集まってくる。

「すごい、すごい! サラちゃん、こんな格好いい彼氏がいたの!?」

「ち、違います!」

「サラ、俺は君に相応しい男になるよ」

「ひえええええええ!」

「何だ、このキザ野郎は!」

「私、無理」

「良いとこのお坊ちゃんみたいじゃのぉ」

「うちのサラを、どこぞの馬の骨にやる訳にはいかないぜ!」

「馬の骨とは失敬な。俺は、第一王子だぞ」

「何馬鹿な事……」

 はは、と笑いかけてボブが固まった。

「「「「「第一王子ぃ!?」」」」」

 相変わらず息ぴったりの『紅の鹿』の絶叫がシラクの町に響いた。


「あの、そろそろ良いですか?」

「あ、パルマ! 忘れてた!」

「ひどい! まあ、いいですけど。それより、ボブさん。僕たちも一緒にダンジョンに同行してもいいでしょうか。足手まといにはなりませんよ?」

 パルマは、放置された馬達を慣れた様子で一か所に集めていた。

「まあ、大したダンジョンじゃねえからいいけどよ……です」

「良かった! で、()()()()はどうします?」

「「「「「「この人達?」」」」」」

 パルマの質問の意味が分からず、サラと『紅の鹿』は首を傾げた。その様子に、パルマはさあーっと青ざめた。

「まさか、皆さん」

 パルマは『紅の鹿』が乗ってきた()()を指さした。注目を浴びて、馬達が顔を赤らめモジモジしている。

「本気でケンタウロスを馬代わりにしてきたんですか!?」

「「「「「「………………あああああ!」」」」」」

 サラのせいで、『紅の鹿』からも一般常識が欠落していた。

「噂には聞いていたが、重症みたいだな」

 ユーティスが優雅に苦笑し、パルマは頭を抱えた。


 こうして、ユーティスとパルマを加えた『紅の鹿』一行は、ケンタウロス達を宿屋に預けると、冒険者ギルドで申請をしてからダンジョンに足を踏み入れたのだった。


 AランクパーティとAランク相当の実力を持つ少年少女の一行は、難なく最下層へと到達していた。サラの経験を積む目的もあったため、途中出現した魔物達はサラがメインとなって討伐した。

 サラは、後々特級の聖魔法を習得するために魔力を溜めている途中であり、魔術学園での2年間はひたすら「消費量の少ない初期魔法をいかに効率よく威力を高めるか」を重点的に特訓してきた。その甲斐あって、サラは初期魔法のみでA級の魔物とも対抗できるほどに成長していた。

 しかし、どれだけ実力をつけても「命を奪う」という覚悟がどうしてもできなかった。『共感と共有』の能力を持つ聖女サラにとって、魔物の多くは「話し合えば仲良くなれる」相手なのだ。

 とはいえ、そういう人の価値観を理解できる魔物ばかりではない。ましてやサラには「魔王を倒す」という目的があった。魔王軍相手に、怯む訳にはいかない。

 ここは、サラの正念場であった。

 初めは「魔物を殺す」という行為に戸惑っていたサラだったが、ダンジョンの魔物は仲間に出来ない上に、時間が経つと復活すると仲間達に説得され、何とか一人で対応できるようになった。

 サラにとって、このダンジョン攻略は非常に良い経験となっていた。


 が、思わぬ問題が起きた。


「きゃあああああああああ!」

 サラの悲鳴が響く。

「サラ、見るな!」

 ユーティスが雄々しくサラをかばう。パルマは頭を抱えた。

 目の前には牛頭・馬頭という牛の頭と馬の頭を持った人型の魔物が立ちふさがっている。Aランクだ。月花のダンジョンのラスボスである。

「何やってる、サラ! ()()()()()、気にするな!」

 ボブが叫んだ。

「だって! だって! ひいっ!」

 サラがユーティスの背に顔を埋める。

「大丈夫よ、サラちゃん! 私も最初は戸惑ったけど、()()()()は、慣れよ! おえぇ」

「そうだよ! サラ! ただの、えーっと、()()()()()と思っ………………私も無理!」

 女性陣が一斉にラスボスから目を逸らした。


 牛頭・馬頭は………………全裸だった。


「お前も、ミノタウロス飼ってるじゃねえか!」

「うちの子は下着着けてます! それにメスです!」

「人型の魔物なんざ腐るほど出てくるぞ!? いちいち反応してんじゃねえ!」

「あ、全裸のサキュバスが……」

「「「「そいつは事件だ(じゃ)!!」」」」

「うっそでーす!」

「「「てめえええええ!」」」

「さ、サラ! こんな時に冗談はよくない!」

 『紅の鹿』の男性陣が夢を砕かれサラを罵倒した。思わず反応してしまったユーティスも動揺していた。

 パルマがキレた。

「いい加減にしなさいっ! いつまで僕が押さえてないといけないんですか!?」

「「「「「「「すみませんでした!!」」」」」」」

 全員で土下座した。


 牛頭・馬頭は巨大な棍棒を振り回し一行に襲い掛かっているが、パルマのプラチナゴーレムがそれを防いでいた。この2年、死に物狂いでSS級のリュークやSSS級以上の古代龍やらエロフやらと修行してきたパルマにとって、A級の牛頭・馬頭は大した相手ではない。 

 とはいえ、後ろで繰り広げられる茶番に、流石のパルマも堪忍袋の緒が切れた。


「サラさん、魔法杖を構えて!」

「はいっ!」

「今ここには、貴方しか戦える者がいないと想像してください。後ろには、傷付き、倒れた仲間がいます。小さな子供がいるかもしれません。……それでも、あんなものが気になりますか?」

「……いいえ」

「集中してください。魔族との戦いは、もっとシビアです。遊びではないんです」

「……はい。すみませんでした」

「サラさんは、全属性の魔法を使えましたね? 聖魔法と風魔法を同時に使ったことは?」

「ありません」

「では、試しましょう。……ウィンドカッターに、聖属性を付与するイメージを持ってください」

「はい」

 ごくり、と、仲間達が固唾を呑んで見守っている。パルマは真剣だ。初めから、本気でサラを育てるつもりでついてきてくれたに違いない。

 サラは目を閉じてイメージを膨らませた。魔法杖に力を溜める。古代龍のヒゲから作った魔法杖は、術者の魔力を何倍にも増大してくれる優れものだ。

「プラチナゴーレムを解きます。牛頭、馬頭それぞれを一度で仕留めるつもりで。……準備はいいですか?」

「……はい!」

「戻れ! プラチナゴーレム! ……今です!」

 かっ! とサラは目を見開いた。

「プラチナカッター!!」

 サラは魔法杖を横に薙いだ。

 三日月状の眩い光の刃が、牛頭・馬頭の首を同時に切り離した。

 二頭のラスボスは、叫ぶ間もなく光の粒子となってダンジョンから消えた。


「す、すげえ……!」

 思わず、ボブが感嘆した。

「はは。牛頭と馬頭、一体ずつ倒すのかと思ったら、一振りで両方倒しちゃいましたね」

 パルマが呆れている。

「初期魔法でA級を2体倒すなんて……」

 ユーティスが呆然としている。守りたい相手は、自分よりも格上だった。

「私……」

 サラが、振り返った。サラは目を見開いたまま、ガタガタと震えていた。その様子に、仲間達は息を飲んだ。

「私……できた……? ちゃんとできた!? 冒険者みたいだった!?」

「「「「「「「………………ああ!!」」」」」」」

 今までにない高揚感と達成感がサラを包んでいた。サラの笑顔に、仲間達も笑顔で答え、サラを取り囲んだ。

「すげーよ、サラ!」

「天才ね、サラちゃん!」

「かっこいい、サラ姐!」

「ヤバすぎだろ、サラ」

「腰が抜けたわい。サラよ」

「サラ。君がどんどん遠くなっていく気がするよ」

「そんなことない! 皆が後ろにいるって思ったから頑張れたの!」

「「「「「「……サラ……!」」」」」

「ありがとう、皆! そして、いつも導いてくれてありがとう、パルマ!」

「いいえ、サラさん」

 サラが仲間に感謝し、パルマが笑みを返した。


 その時だった。


 ダンジョンが、ぐにゃり、と歪んだ。


「え?」

 サラの足元にポッカリと穴があいた。

「きゃあ!」

「サラ!」

「サラさん!」

 サラと、とっさにサラを掴んだユーティスとパルマを飲み込んで、穴が消えた。


「ちょっ! おい、お前らっ!!」

 ボブは三人が消えた跡をバンッと叩いた。一瞬の出来事だった。

 ボブは顔を上げた。

「俺とライラはここで待機! モーガン達は上に戻ってギルドに連絡してくれ!」

「「「「分かった!」」」」


「……サラ。無事でいろよ……!!」

 静まり返ったラスボスの間で、ボブは祈ることしか出来なかった。


ブックマークが300超えました!

ありがとうございます。嬉しいです!


サラは花も恥じらう14歳の乙女です(笑)

おかしいな。ダンジョン、真面目に攻略するつもりだったのに。

次回は真面目です。……多分。

今後ともよろしくお願いいたします!


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