13. ドラゴンテイマー
「さあ、供物を捧げよ!」
無数の蝋燭に照らされた、だだっ広い地下室で仮面の少女が巨大な祭壇を前に両手を広げていた。
その命に従い、100人近いローブ姿の老若男女が次々に祭壇へと供物を運んでいく。2メートル近い鉄の串に刺さったソレからは、少し焦げた匂いがした。
「足りないわ! これっぽっちで、あの方が満足されるとでも思っているの!?」
少女の叱責が飛ぶ。
「申し訳ありません!」
一人の男が、少女の前に跪いた。男は肩を痛めていた。
「これ以上は、我々の力では……」
「お黙り! 言い訳は聞きたくないわ!」
「ひいっ!」
少女は震える男に近づくと、男に視線を合わせるように跪き、その肩に手を添えた。
「だが、これまでの功績を認めその肩を癒してやろう」
「お、おおおお! 肩が、肩が軽い!」
男は立ち上がり、肩をぐるぐると回した。少女の治癒魔法で回復したのだ。
「おお、奇跡だ!」
「すばらしい!」
あちこちから、少女を称える声が聞こえてくる。少女はすっ、と立ち上がると、再び舎弟達に命じた。
「さあ、そろそろいいでしょう! 祭壇から離れなさい! あの方を呼びます!」
「おお、ついに!」
「伝説の!」
「まさか、この目で見られる日が来るとは!」
ざわめく舎弟達に、少女は「しっ」と人差し指を立てて口元に添えた。
しんっ、と地下室が静まり返る。少女は祭壇に近づくと、パン、パンッと両手を鳴らした。
「我が呼び声に応えよ! 古代龍!」
……ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴォォォ
祭壇の奥に描かれた巨大な魔法陣の上空に、小さな穴が空いた。バチバチと、周囲の空気が光を放っている。
その穴を割くように、中から巨大な龍が出現した。
「我を呼んだのはお前か」
龍の声に、空気が振動する。人間達は口々に何かを呟きながら跪いた。
「おお! 本当に現れたぞ!」
「何という神々しさだ!」
「これが、伝説の古代龍!!」
人々の間から畏怖の念が湧き上がる。その声を背に、少女は古代龍へ呼びかけた。
「古代龍よ、これらの供物を汝に捧げる! その代わり、我が願いに応えよ!」
少女が叫ぶと、一瞬にして供物が古代龍の口に吸い込まれた。古代龍は味わう様に目を閉じて咀嚼すると、ぺっ、と巨大な串を吐き出した。
「ふむ。美味であった。願いを言え。小さきものよ」
古代龍の問いに、少女はニヤリと笑った。
「ふふふ。古代龍よ! 脱皮した皮とか、切った爪とか抜け毛とかアゴヒゲとか……何か与え給え!」
「……何かやろう!」
少女の願いに応え、古代龍が高らかに宣言したその時、
「だーっ!! 雑っ!!」
思わず、遠巻きに様子を伺っていたローブ姿の少年が突っ込んだ。聴衆がどよめく。
ちっ、と少女が舌打ちした。
「邪魔が入ったようね!」
「いやいやいやいや! えええええ?? 何やってるんですか!? サラさん、大おじさん!」
少年……パルマはずんずんと人々を掻き分けてサラと古代龍の間に立った。
「はい! 悪ふざけはここまでです!」
「くっ! 何の権限があってそんな横暴をっ……!」
「僕はレダスです。この学園の、理事長ですが何か?」
「……ええええ!? 初耳なんだけど」
「サラさん、生徒手帳の1ページ目を読みましょう」
「……くはっ!」
「サラさん、大おじさん! 一般市民と全校生徒を巻き込んだ罰です! 正座!!」
「「はいっ!」」
パルマの般若の形相に、サラと父ドラゴンはビシッと正座した。
「全員正座!!」
「「「はいっ!」」」
その場にいた全員が大人しく正座した。
パルマは数日前、サラが定期的に学園の地下で召喚術を行っていると聞き、サラに内緒で見学に来たのだ。
学園に人気がないのを不審に思いつつも噂の地下室がある大講堂に来てみると、次から次へと串に刺さったままのバームクーヘンが地下に運び込まれていくのを目撃した。その時点で嫌な予感はしたのだが、とにかく最後まで見届けようと、パルマはフードを目深にかぶり、地下へ侵入した。
「さあ、供物を捧げよ!」
悪ノリしているサラの声を聴いて、パルマは頭を抱えた。生徒だけでなく、教師や魔物までせっせとバームクーヘンを運んでいる。声を出すわけにはいかないため、肉に見立てたバームクーヘンをオークが運んでいる姿を見た時には、「シュールすぎる!」と脳内で叫び、床を殴った。
バームクーヘンの焼き過ぎで肩を痛めたジムを魔法で治癒した時には、「そんなん、店でやれや!」と壁を殴った。
それでも、「高度な魔術と膨大な魔力を消費してまで、一体何を召喚するのだろう!」と期待して見守っていれば、現れたのは見知った腹ペコおじさんだった。
「……何か与え給え!」
「……何かやろう」
「だーっ!! 雑っ!!」
パルマは我慢の限界を超えて突っ込んだ。
話によると、サラは腹ペコおじさんのために定期的に貢物を人々から集め、代わりに古代龍から不要物をもらい、高値で販売していたのだそうだ。その売上金は、3年前の事件で家族を失った孤児の養育費や家の修繕費に当てているのだという。志は立派だ。正直、一石二鳥だと思う。しかし、不要物なら普段でも貰えるし、それを売った金でバームクーヘンを買えばいいのだ。本来、古代龍の鱗一枚で、国家予算に匹敵する額が手に入るのだ。余った金を孤児に回せばいい。
サラは一般市民や学園を巻き込んで『S会』のノリを楽しんでいるだけではないかと、パルマは思った。
「とにかく、もう学園内での召喚と、バザーは禁止ですからね!? 守らなかったら退学です! 全員ですよ!?」
「「「「はいっ!!」」」」
パルマは厳しい顔で言い残すと、レダコート学園へと帰って行った。「古代龍と姐さんを締め上げるレダス様、マジおっかねえ」、「レダス様には逆らうまい」、「レダス様最強説」と、人々に古代龍以上の畏怖の念を植え付けたことに、パルマは気付いていない。
「がはは! リーンの息子は恐ろしいなっ!」
父ドラゴンが足を伸ばし、バタンと後ろにひっくり返った。凄まじい振動が、建物を揺らした。20メートルくらいまで縮んでもらっているとはいえ、巨大なことには変わりない。
「おじさま。ごめんなさい。私のせいで怒られてしまって」
サラは申し訳なさそうに、父ドラゴンの膨れた腹に抱きついた。人々がざわめく。この1年余りで見慣れたとはいえ、古代龍を気軽に呼び出したり、抱きついたりなど、常識ではありえないのだ。サラは魔術に関してはかなり勉強していたが、魔物についてはゲームでの知識しかない。一般的な常識が完全に抜けていた。父ドラゴンにしても、「リュークの腹ペコお父さん」くらいの認識である。
「正座とやらをしたら、腹が減ったぞ。もう『ばあむくうへん』とやらはないのか?」
「ふふ。少しですが、空間魔法でとっておいた分があります。召し上がれ」
サラは微笑んで、父ドラゴンの口にバームクーヘンを投げ入れた。「うまい、うまい」と嬉しそうに食べる父ドラゴンのことを、サラは「可愛い」と思っていた。
ちなみに父ドラゴンは、先ほどパルマが言っていた意味も、何を怒っているのかも理解していない。正座したのも、隣のサラの真似をしただけだ。
「ふむ。タラよ」
「サラです」
「サラよ。いつも美味くて珍しいものをくれるお前に、礼をしよう」
父ドラゴンは、むくっと起き上がった。古代龍がサラの名を呼んだ際、人々が息を飲んだがサラは気が付かない。
「おじさま。礼ならいつも頂いてます。この魔法杖も、おじさまのアゴヒゲでしょう?」
サラはリュークから貰った魔法杖を片手に、ふふふと笑った。
「そんなのは礼とは言わん。……そうだな。何か困ったことがあれば、名を呼ぶといい。俺の名は『ジーク』だ」
ひいっ! と、観衆が戦慄した。
「分かったわ! ジークおじさま」
ぎゃあああ! と、観衆から悲鳴が上がった。
「では、俺は帰る。……おお、忘れてた。爪を置いていこう」
「ふふ! ジークおじさまも爪が伸びるの早いのね!」
「がはは! そうだ、早いのだ! ではな。サラよ」
「はい! さよなら、ジークおじさま」
サラは朗らかに笑って、ジークに手を振った。ジークは尻尾を数回振ると、何処かへ転移していった。
「ふふ。おじさま、可愛い! さて、今日もいっぱい貰ったわ……よ……?」
サラが振り返ると、100人程の魔術師達がしんっと水を打った様に静まり返り、平伏していた。何故か、魔術師ではないジムやトーマスも平伏している。
「なななななんで!?」
サラは知らなかったが、この世界では、魔物から真名を呼ばれ、魔物の真名を呼び返すことは極めて危険な行為とされている。魔物にとって真名で呼び合うことは、「魂の繋がりを持つ」という意味があり、双方の魔力に大きな乖離がある場合、魔物に魂を吸収されてしまうことがあるからだ。
古代龍を召喚できる時点で「もしや」とは思っていたが、誰もが確信に触れることを避け、悪ノリを楽しんでいた。
しかし、目の前でとんでもない『儀式』を人々は目にしてしまった。
世界最強と言われる伝説の古代龍と、友人を呼ぶような気軽さで真名を呼び合った少女。
それは、少女が古代龍と釣り合うほどの存在であることを意味していた。
『聖女』
人々は、深く、深く平伏した。
「ええええええ!? どうしたの、皆!?」
こうして、腹ペコおじさんとのひょんな会話から、サラに『舎弟』改め『信者』が生まれた。
ブックマーク、評価、感想、誤字報告等、いつもありがとうございます!
サラに、最強のペットが出来ました。
あっという間に、1年経っててすみません! 1年の間に、全校生徒と教師と魔物達が舎弟になってたみたいです。次回は、もう1年経ってる予定です。
学園生活の日常は、また番外編などで書ければと思っています。
今後ともよろしくお願いいたします!




