9. 入学祝い
レダコート国の王都には、国立の学園が3つある。
1つは、王都の北東に位置する『レダコート学園』。貴族や裕福な庶民が通う、格式高い学園であり、今年の新入生は80名である。通常の授業に加え、選択で魔術や剣術など、将来冒険者や王宮魔術師を目指す者向けの講義もある。また、帝王学、経済、薬学、医学などの基礎を学ぶこともでき、将来の選択肢の幅が広いのが特徴である。
2つ目は、王都の南東に位置する『アテイニア学園』。貧乏貴族や平民が通う、学費の安い巨大な学園であり、今年の新入生は500名を超えた。レダコート学園よりも自由度が高く、授業内容も講義よりも実地訓練が多い。特に、現役の冒険者を呼んで様々なアウトドア術や魔物の倒し方、生活魔法を効率よく使う方法など、より実践的な内容を学べるとあり、人気が高い。ちなみに、王都の南東の半分は、この学園の敷地と言っても過言ではない。
3つ目は、王都の西に位置する『リーンスレイ魔術学園』。大魔術師リーンの名前が入っていることからも分かるように、魔術の才能があるものだけが入学を許される狭き門である。今年の新入生は16名のみである。他の2校の新入生がほとんど12歳であるのに対し、リーンスレイ魔術学園の新入生は年齢がバラバラである。魔術師は貴重であることから、6歳から入学可能であり、11歳までここで過ごし、12歳から他校に編入する生徒も少なくない。逆に、子育てがひと段落した主婦や本格的に魔術を勉強し直したい冒険者なども入学してくるため、同期の年齢差が50歳、ということも珍しい話ではない。要するに、あえて12歳でこの学園に通い始める者の方が圧倒的に少ないのだ。
魔術学園では、2年間の基礎訓練の後、冒険者と一緒にクエストをこなす授業があり、学生の内から実践を学べるため、卒業後はCランク以上から冒険者を始めることが出来、魔術師の憧れである王宮魔術師としても即採用が約束されていた。
ちなみに、制服は特殊な素材で作られたローブのみであり、ローブの下は何を着ていても自由である。ローブの色は黒、白、深緑の三色であり、入学した年で刺繍の色が異なる。今年の刺繍は真紅と金の糸が使われており、今年の一番人気は白いローブである。
「サラちゃん、息子ちゃん、王子君、入学おめでとう!」
「「「ありがとうございます!」」」
レダコート学園の入学式から2日後、武器屋にてサラとパルマ、ユーティスの入学祝いが開催されていた。三人は真新しい制服とローブに身を包んでいた。ちなみに、サラが選んだのは黒いローブだった。黒字に真紅の刺繍がリュークを連想させたからだ。リュークと並ぶと、ペアルックみたいでちょっとだけテンションが上がる。
参加者は、主賓の三人に加え、アマネ、リーン、リューク、そして、リュークによく似た美丈夫と、ユーティスによく似たイケメンの計8名である。
「ここここここ、国王様!?」
サラは大きな目が飛び出しそうな勢いで驚いた。
「ふふふ。聖女様にお会いできて光栄です」
国王ノーリスは爽やかに微笑んだ。いくら国の最高戦力が揃っているとはいえ、城下の武器屋に国王がいる違和感はとんでもない破壊力である。
「こちらこそ、光栄です! ですが、国王様がたかが入学祝いで城を抜けてもいいんですか?」
サラの常識では、第一王子がこの場に居ることすら驚きなのである。大丈夫かこの国、と心配になった。
「今日は、王ではなく一人の父親として参加している。パルマの父には申し訳ないが、宰相に仕事は任せてきたので問題ない」
あ、パルマのお父様も苦労性なんだな、とサラは思ったが口には出さなかった。
「ところで、王都でも噂の武器商人はどちらかな?」
ノーリスがここに来た理由は、息子達の入学を祝うためだけではない。『聖女』の仲間をこの目で見ておきたかったのだ。パルマの話だと、ここの主は聖女が最も信頼する仲間の一人だという。
ノーリスの問いに、既に料理を素手でかき込んでいる大男ではなく、ニコニコと猫の様な生き物と戯れていた若い男が手を挙げた。
「俺だが」
「失礼だが、古代龍だという噂は本当でしょうか」
「え!? 古代龍?」
サラが目を丸くした。リュークが半分ドラゴンなのは知っていたが、古代龍と普通のドラゴンは別次元の生き物である。サラはリュークの顔をまじまじと見つめた。
「違います」
リュークは無表情のまま、即答した。サラが胸を撫でおろし、ノーリスが「そうか」と残念そうに呟いた。
「古代龍は、あっちです」
「「「えええ!?」」」
サラと、ノーリスと、ユーティスが一斉に反応した。皆の視線を感じたのか、口いっぱいに肉とパンを頬張っていた男が顔を上げた。
「ん? 呼んだか?」
「国王が古代龍を探しているようです。父さん」
「「「父さん!?」」」
再び三人の目が飛び出した。
「いや、似てるなあとは思ってたけど! 思ってたけど! まさかの父ドラゴン!?」
色々とツッコミどころが満載過ぎて、サラは国王の御前であることを忘れていた。
「下品にパンを頬張る古代龍なんて、見たことないぞ!」
ユーティスも優雅さを忘れて突っ込んだ。
「ああ、古代龍って本当に実在したんですね!」
ノーリスは少年の様に目を輝かせて感激している。
そんな三人の様子に、リュークパパはゴクンとパンを飲み込むと、面倒くさそうに頭を掻いた。
「そんな珍しい物でもなかろう」
「「「「「珍しいわ!!」」」」」
さすがにこれにはパルマとアマネも突っ込んだ。余談であるが、パルマとアマネは父ドラゴンに食べられた経験があり、なるべく近づかないようにしている。人の姿でも、頭だけ龍化して鹿や猪を丸飲みにするという、ホラーな絵面を見てしまったせいもある。
「ふふふん! 古代エルフもいるし、古代龍もいるし、君達ラッキーだね!」
何故か、リーンが得意げに胸を張っている。
「自分が話題にならないからって、強引に話に割り込んできたエロフは置いといて、僕、サラさんに言いたいことがあったんです!」
「え!? 息子ちゃん、このタイミングで告白!?」
「違います! 何なんですか、あんたのデリカシーの無さは! そうじゃなくて、サラさん、どうしてレダコート学園じゃなくてリーンスレイ魔術学園なんですか!?」
ギュッとリーンの首を締めながら、パルマはサラに疑問をぶつけた。試験日は10日間の中で好きな日を選べたため、たまたま会えなかったのだろうと思っていたが、入学式当日のクラス分けを見て愕然としたことをパルマは訴えた。
「全くだ、サラ。君が居るとばかり思っていたから、俺は薔薇の花束を準備して通学したというのに」
ユーティスも哀しそうに長いまつ毛を伏せた。サラを守るために辛い修行にも耐えたというのに、肝心のサラが傍にいないのだ。無念、としか言いようがない。
「黙ってて、ごめんなさい!」
サラは素直に謝った。
実のところ、最後まで悩んだ。ゲームではレダコート学園を舞台に様々なイベントが発生するため、レダコート学園への入学がほぼ必須であった。しかし、余計なフラグを立てたくなかったサラは、ずっと魔術学園への入学も想定してきたのだ。
ところが、先日のパーティでティアナからライバル宣言があり、心が揺れた。やはり大貴族の娘としては、レダコート学園へ行くのが自然であろうと進路変更し、クラス分け試験にもこっそり参加した。しかし、直前になってゴルドが反対したのだ。
ゴルドは、先日の誕生祭での事件が王都の人々に再び『魔女サラ・フィナ・シェード』の名を思い出させてしまったことを危惧していた。
更に、リーンやリュークは魔族の出現が『聖女』の力に目覚めたサラと『勇者』が接近したせいではないかと考えていた。
サラの魔術学園への入学は、人の多いレダコート学園やアテイニア学園でストレスを受けながら小さく生きるより、冒険者として世界中を旅する方がサラには良いだろう、という大人達の配慮でもあった。
「私も、皆と一緒に学びたかったな……」
しょんぼりと、サラは項垂れた。レダコート学園の可愛い制服にも憧れていた。ゲームと同じ衣装を着て現れたユーティスとパルマを見て、サラは密かに気落ちしていた。
「サラ」
ユーティスはサラの手を取った。
「何処に居ても、俺の心は常に君の側にある。忘れるな」
「ひゃあああああ」
「夜会の時も可憐だったが、ローブ姿も似合っている。君は、俺の女神だ」
「ひゃあああああああ!」
サラの手に何の躊躇もなく口づけするユーティスに、アマネ以外の全員が固まった。アマネはニヤリとしている。後で絶対、シユウと『サラ様と王子ゴッコ』をやる気だ。
「君の息子ちゃん、婚約者いなかったっけ?」
「ティアナですか? うん。聖女様が相手なら婚約破棄もありですね」
「だだだだ駄目! それは絶対駄目ですから!」
勝手な話をしだしたリーンとノーリスに、サラは抗議した。ユーティスは父の発言に嬉しそうにサラと踊り始め、ティアナの鬼の形相を思い浮かべたパルマは頭を抱えた。リュークは真っ赤になったサラを心配し、父ドラゴンはバームクーヘンを丸かじりし始めた。
こうして、自由な入学祝いは、それぞれに楽しんだ後お開きとなった。
終わり際、リュークから三人にプレゼントがあった。
「これは……魔法杖?」
「凄い。こんな魔力のある杖は初めて見ました」
「ああ。相当高価な物だな」
サラ達はそれぞれに30センチほどの杖を持ち、かざしたり、握り心地を確かめたりしていた。
「材料は、古代龍のヒゲだ……アゴヒゲだが」
「「「は?」」」
サラ達は、膨れた腹を出して豪快にいびきをかいて床で寝ている大男を見た。その腹に、アマネが落書きをしている。多分、バーカとかウ〇コとか書いている。二匹のチュールもペロペロしている。腹がいっぱいの時は、喰われる危険がないのだ。
「古代龍の、ヒゲ……」
「とんでもなく貴重な材料ですよ、これ」
「でも、何でだろう」
「「「全然ありがたみを感じない」」」
三人のハモリに、リュークがガーンとショックを受け、床に手をついた。
三人の若者が、この杖のでたらめな威力を知るのはもう少し後の話である。
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