8. 少年たちの誤算
〇〇デビューという言葉がある。デビューとは、公の場に新人が初めて登場することを意味するが、『高校デビュー』や『大学デビュー』あるいは『社会人デビュー』など、それまでの自分にサヨナラし、新しい環境で違った人生を狙う時にも使われる。
今ここに、明日の入学式に備え『学園デビュー』を果たそうと一人の少年が鏡を見つめていた。
安心、安全、地味な仕事がよく似合う、我らが良心パルマである。
真新しい、少し丈の長い制服が初々しい。
パルマの中身は数百年生きたレダスというハーフエルフであるが、パルマ自身は正真正銘、12歳の普通の少年である。
「パルマ様といると、落ち着きます」
「パルマ様、今日も控えめですわね」
「パルマ様、いつからいらしたの?」
と、ご令嬢達から人畜無害あるいは空気扱いされ、少年の心はやや沈んでいた。
『落ち着く』より『ドキドキする』と言って欲しいお年頃なのだ。
先日のユーティスの誕生祭でも痛感した。ご令嬢達がユーティスやロイを見つめる眼差しと、パルマに向ける眼差しが明らかに違っていた。そもそも、パルマを見て顔を赤らめ、恥じらう女子に会ったことがない。
自分でも、あの二人と比べてはいけないことくらい分かっている。
パルマが目指すべきは、『こんな私でも、頑張れば手が届くかも……!』と夢見る女子が『現実的に妄想しやすい』エドワードやアイザックだろう。
特に、年の近いアイザックは目標とするのに、ちょうどいい対象だ。
上品さと知性と優雅さを兼ね備えた好青年でありながら、服の上からでも分かる引き締まった肉体がワイルドな魅力を醸し出し、爽やかで人懐っこい表情が茶目っ気をも感じさせる、そんなナイスガイは、平民のお嬢さんから王女様に至るまでファンが多い。
パルマは鏡を見た。
(目指すは、シェード家長男、アイザック・シェードさんだ!)
まず、髪型を変えた。前髪を降ろした『お坊ちゃまヘア』から、分け目に変化をつけ毛先を遊ばせたラフな『ワイルドヘア(当社比較)』に挑戦してみた。
更に、知的さを醸し出すために眼鏡を装着し、色気を求めて制服の第一ボタンを外してみた。
(おお! 中々いいぞ!)
新しい自分にドキドキしながら、更にパルマは突き進む。
(ちょっと影がある方が、カッコいいに違いない)
パルマは少し右斜め下を向き、右手で顔を隠した。チラッと、目線を左斜め上に向け虚空を見つめた後、再び視線を戻し、ため息をつく。
(よし! 何をしたいか全く分からないけど、意味ありげに見える!)
更に、芸術センスもアピールするため、左手に竪琴を抱えた。ポロロン、と奏でてみる。
(しまった! 楽器を弾くと両手が塞がる!)
パルマは竪琴をベッドに放り投げた。
再び鏡に近づき、アイザックの表情を思い出しニカッと笑ってみたが、想像よりも難易度が高い。そこで、リーンの『ええ顔』を真似してみた。こちらは何とかなりそうだ。
(いいぞ。後はキメ台詞だ)
パルマは心の中の『ユーティスが言いそうな語録』辞典を開いた。
鏡の中の自分に右手を差し出した。
「サラ。君のいる毎日が、僕の記念日だ」
(……………………………………………………)
「うん! 無理!」
パルマは第一ボタンを留めた。
結局、パルマは少し前髪を上げただけの『学園デビュー』となった。出来る男は、無茶はしないのだ。
パルマが鏡の前で中二病と戦っていた頃、第一王子は地面に膝をつき、剣を支えにして息を切らしていた。
「何故だ! 何故勝てない!?」
ユーティスは5日前に行われた、クラス分けの為の試験を思い出していた。
国立『レダコート学園』は、貴族や裕福な平民が通う格式高い学びの家だ。学問はもちろんのこと、魔術や剣術、弓術などの授業がある。特に魔術や剣術は個人差が大きいため、入学前に試験を行い、実力ごとにクラス分けされる。
その剣術の試験で、ユーティスは一度もカイトに勝てなかったのだ。
「俺の何が足りないというのだ!?」
ユーティスの煌めくような美貌が、悔しさで歪められている。水色の髪が、汗で頬に貼りついていた。
『太陽の王』になると決意してから2年。
ユーティスは次期国王として勉学に励む一方で、剣術の修行に打ち込んだ。魔力容量は並みの魔術師程度しかなかったため、魔術よりも剣で戦う道を選んだのだ。
ユーティスは天賦の才能と非凡な努力でめきめきと上達していった。
成長期であることを自覚し、「寝ることも修行の一つだ」と自分を納得させ、毎日6時間の睡眠を確保した。また、それまで好き嫌いの激しかった食事も、栄養バランスを考え何でも食べるようにした。その甲斐あって、身長も伸び、筋肉も付いた。
また、古い武芸書や戦術の書を読み漁り、知識面も蓄えていった。
サラが見たら「東大受験しながら全国大会優勝を目指す剣道部主将か!」と突っ込みたくなりそうなストイックさで、ユーティスは華やかさからかけ離れた生活を送っていたのだ。
全てはサラのため。民のため。自分のため。
誰よりも努力したと思えるからこそ、カイトに勝てないことが悔しかった。
恥も外聞もかなぐり捨てて、何度もカイトに立ち向かった。初めは黄色い声援を送っていた令嬢達も、次第に口を紡ぎ、途中からは目を逸らしていた。みっともないのは分かっていた。だが、魔王からサラや民を守ると決めた手前、勇者ごときに負けている場合ではないのだ。
最後にカイトが手を抜いてわざと負けた時には、怒りしか湧いてこなかった。殴りかかろうとしたが、すでに体力を使い果たしており、不覚にもその場で気を失ってしまった。気を失う寸前、鬼の形相のティアナが勇者に襲い掛かっているのが見えた。
「俺は、負けない。見ていてくれ、サラ……!」
ユーティスは剣を握りしめ、剣を振り下ろした。
更にその頃。
レダコート学園からほど近いサイオン家の別邸では、カイトが癇癪を起していた。
「何で!? 何で友達ができないの!?」
カイトは実家から取り寄せた菓子折りを放り投げた。
「アラミス! 僕って嫌われ者なの!?」
カイトが暴れたため、部屋の中は物が散乱している。アラミスは部屋の隅で主の癇癪が収まるのを見守っていた。
「嫌われるも何も、まだ学園生活は始まっていませんでしょう?」
アラミスは敢えて微笑んだ。
「でも、3日も試験があって、皆楽しそうにしていたんだよ? なのに、僕にだけ誰も話しかけてこないんだ。僕が話しかけにいっても、どっか行っちゃうし……!」
それはそうでしょう、とアラミスは思ったが口には出さない。アラミスの元にも、『白蛇』から試験の様子は伝わっていた。もちろん、カイトが初日から王子を相手に無礼を働いた事も。
「カイト様は筆頭侯爵家の跡取りで、勇者でございましょう? 貴族の社会では、爵位の低い者から高い者へ声をかけることは不敬にあたります。学園では校則で『学生は皆平等』とうたってはいますが、身についた習慣は3日程度で変えられるものではありません。きっと、皆さんカイト様に話かけたくても、身分が邪魔をして出来ないでいるのですよ」
「でも、王子も、公爵家のお嬢様も僕を睨むんだ」
さっき放り投げた菓子折りは、友達と食べようとわざわざ用意したものだった。「一緒に食べよう」とユーティス達の元へ行ったが、「いらん」の一言で終わらされてしまった。
「きっと、試験でカイト様に負けたことを根に持っているのですよ。それに、『勇者』の地位は、王子より上ですもの。下の者のすることに、いちいち腹を立ててはいけませんわ」
「でも、僕は皆と友達になりたいんだ!」
それは無理でしょう、とアラミスは思ったが、それも言わない。
「大丈夫ですよ。学園生活は3年もあるのです。それに、噂の『聖女』様もいらっしゃるのでしょう? 『勇者』と『聖女』は対等ですもの。きっとお友達になれますよ」
アラミスはにっこりと微笑んだ。『聖女』のことは公にはなっていないが、既に国の上層部では周知の事実だった。
「そうか……! そうだよね!? 試験で会わなかったから、すっかり忘れてたや。アラミス、僕頑張るね!」
「はい。それでこそ、勇者です」
元気を取り戻したカイトに、アラミスは再び微笑んだ。
ちなみに、勇者カイトの筆記試験の成績は80名の生徒の内、80位だった。
勇者は、頭の中まで勇者だった。
入学式当日。
三人の少年達は、クラス分けが書かれた張り紙を見て絶句する。
規模も、深刻度も全く違う悩みを抱える三人だったが、最大の誤算は共通していた。
「「「何故、サラ(さん)が居ないんだ!?」」」
サラは、レダコート学園には入学しなかったのだ。
いつもご覧くださり、ありがとうございます!
人生において、10歳から15歳辺りが一番多感なお年頃な気がします。
あの頃、真剣に悩んでいたことが、大人になって振り返ってみると、ほんの些細なことだったり。
大人になるって、色んなものの見方が出来るようになるって事なんでしょうか?
と、いう事で、頑張れパルマ君!
大人には「ドキドキ」よりも「落ち着ける」方が需要があるかもですよ?




