7. 国王ノーリス
「勇者、か」
レダコート国王ノーリスは、寝室で一人、ため息をついた。
ノーリスは、息子であるユーティスとよく似た華やかな顔立ちであるが、気苦労が絶えなかったせいか、33歳という若さにも関わらず白髪が多く、眉間には深いしわが刻まれていた。病弱だった父に代わって国王となった時、まだ18歳だった。美しく、清廉な若き王の誕生に国中が歓喜した。ノーリス自身も、新しい国作りに意欲を燃やし、希望に満ち溢れていた。
ところが、即位して2年後。レダコートから遠く離れた西の大国アルバトロスが、魔族によって滅ぼされたという噂が流れてきた。レダコートを遥かに凌ぐ軍事力を持ったアルバトロスを、一夜で滅ぼした魔族。『魔王』ではないかと、世界中が震撼した。それを裏付けるかのように、アルバトロスの都があった土地に、次々と魔族が集まっているという。
遠く離れているとはいえ、転移を使える者には距離など何の障害にもならない。ノーリスは若くして、『魔王から国を守る』という重責を担うことになった。
長い間戦争の無かったレダコート国が、アルバトロス以上の軍事力を得るにはどれほどの時間と労力が必要であろうか。ノーリスは人材育成と発掘に力を入れたものの、『魔王』どころか『魔族』にすら対抗できる希望は薄かった。
ノーリスは、自らの血筋に期待した。初代国王は、『勇者』だったのだ。
ノーリスは即位後、僅か10年もの間に5人の王子と6人の王女を得た。
しかし、『勇者』も『聖女』も現れることはなかった。
ユーティスが生まれた時の落胆と罪悪感を、ノーリスは今でも忘れることができない。
唯一の救いは、『レダスの記憶持ち』がこの時代に生まれてくれたことだったが、彼だけの力で『魔王』に対抗できるはずはなく、ノーリスの気持ちは晴れることはなかった。
幸いにして、『魔王』らしき者が動く気配はなかったものの、若く孤独な王は、いつ起こるかも分からない『魔王』との戦いを前に気が狂いそうだった。
ノーリスは本来の輝きを失い、俯いた王になっていった。
そんな時、アグロスの事件が起こった。
そこで初めてノーリスは、『聖女』が誕生していたことを知る。しかも『聖女』は、ノーリスが密かに信頼を寄せていた上位貴族の娘だった。更に、『聖女』の元には既に『大魔術師リーン』と『大賢者グラン』という伝説の戦士に加え、古代龍と闇の精霊も集っているのだという。
(しかも、ユーティスとパルマも仲間だというではないか!)
ノーリスの心に、一気に希望と情熱が蘇ってきた。即位式での歓声が胸に蘇る。
ノーリスは顔を上げた。
(俯いてはいられない。『聖女』とその仲間達を守らなければ……!)
ノーリスは、それからの2年間、生まれ変わった様に采配を振るった。驚いたことに、息子のユーティスまでもが積極的に国政に関わるようになってきた。
(何故、自分は『勇者』にこだわったのだろう)
頼もしく成長していく息子を見て、ノーティスはかつて落胆したことを後悔した。
先日、実物の『勇者』を見て、ますますその想いは強くなった。
(『勇者』には『勇者』の。『王』には『王』の戦い方がある)
2年前のノーリスであれば、『勇者』がサイオン家の跡取りと知っただけで全て投げ出していたかもしれない。国をサイオン侯爵に譲り、『勇者』に『魔王』討伐を期待するだけの存在になっていたかもしれない。
だが、今は違う。
(私は、この国の父だ。魔王からも、サイオンからも護って見せる)
「私も『聖女』の仲間に加えてもらうか?」
ノーリスは椅子から立ち上がり、ふふっ、と笑った。
その数日後、ノーリスの私室で緊急会議が開かれることとなった。
表向きは、『大魔術師リーンと大賢者グランの大ファンであるノーリスが、二人のために私的なお茶会を開いた』という設定である。ここに今、国王、宰相、『梟』の長、大魔術師、大賢者が顔を揃えている。厳重に結界を張ってあり、中を窺い知ることは出来ない。
「では、グラン殿はハノス王国の後ろに魔王軍が控えていると?」
「控えている訳ではなく、魔王軍がハノスを利用した、と言ったところでしょうな」
グランは椅子に深く腰掛けたまま、ノーリスの問いに答えた。
1週間前、王都を襲った魔族の事件は、2年前の記憶を鮮明に国民に思い出させる結果となった。ノーリスは今後の方針を立てる上で、リーンとグランに意見を求めた。ちなみに、この会議にサイオン侯爵は呼んでいない。ノーリスは、勇者の父親であり大貴族であるラウルが王位を狙っていることに早々に気が付いていた。そのため、わざわざ『お茶会』の体を装い、声を掛けないでも不自然ではない状況を用意しているのだ。
「はいはーい!」
元気よく、リーンが手を挙げた。世界一の大魔術師は、国王の前でも自由だ。
「はい、そこの脳みそ3歳児。要点を押さえて、簡潔に述べて下さい」
「厳しいっ! でも頑張るからね!」
パルマの冷たい視線に耐え、リーンは拳を握った。今日は、パルマ本体の父親も同席しているため、いつもより気合が入っている。『息子ちゃんにいいとこ見せたい』オーラがほとばしっていた。
「僕、あの後ちょっとだけ魔王の国に行ってみたんだよね」
「「「「……は?」」」」
リーン以外の四人がピタリ、と固まった。
「あ、あの後っていうのは、中位の魔族で実験した後の話で……」
「いやいやいやいや! 実験とやらも気になりますけど、何さらっと『行ってみた』とか言ってるんですか!? 敵の本拠地ですよ!? 馬鹿でしょう、あんた!」
「パルマ、口が過ぎるぞ」
「甘いです、父上! こっちの父上は勝手なイメージで神格化されてますけど、実物はただの『ゆるふわエロフ』ですからね!? 厳しくしないと、際限なく自由に生きますからね!?」
「ゆるふわっ」
「喜ばない! 褒めてませんよ! 頭のネジがゆるくて、脳みそがふわっとしているって意味ですからね!?」
「まあ、まあ、パルマ。落ち着きなさい。大魔術師様の話を聞こうではないか」
ノーリスは苦笑しながらパルマをなだめた。国王に窘めれて、流石のパルマも口をつぐんだ。
リーンの話によると、リーンは倒した中位魔族に変身して、前々から『魔王』が居ると噂のある旧アルバトロス王国に転移したそうだ。そこには『魔族』と奴隷となった人間達が暮らす歪な光景が広がっていたという。リーンが簡単な探索魔法で感知しただけでも、低位魔族が10体以上、中位が7体、上位が3体、更に『魔族』以上『魔王』未満の強者が1体、そして、まだ完全に目覚めていない『魔王』らしき気配があった。
ちなみに、探索がばれたので適当に誤魔化して帰還したそうである。
「これは……」
ノーリスは絶句した。
「想像以上に統率が取れていると、思ってもいいのだろうか」
「尋問した低位魔族の話によると、魔王軍は各地に魔族を配置し、魔族となる素質を持った者を探しているそうです。既に、低位魔族だけなら100体を超えるとか。彼らは『魔王』というより、『魔王』の側近に忠誠を誓っているそうですよ」
「100……」
パルマも息を飲んでいる。低位魔族の下には、更に無数の魔物が従っているのだろう。『魔王復活』の知らせはあったものの、全く動く気配が無かったため、まさかこれほどの規模の軍勢を集めているとは想像していなかった。
「甘く見てました」
パルマが肩を落とす。その肩に、リーンが優しく触れる。
「仕方ないよ。基本的に自由を好む魔族が『国』を作るなんて、僕にとっても初めてのことだもん。……想定外だよ」
パルマも、宰相も、グランも、あのリーンでさえ難しい顔をしている。事態はそれほど深刻なのだ。だが、不思議とノーリスは落胆していなかった。
「まだ、『魔王』は目覚めていないのだろう?」
皆の視線が、ノーリスに集まる。
「こちらも力をつければいい。『魔族』以外の生き物が、一体どれほどいると思っているのだ? 人間、エルフ、ドワーフ、巨人、小人、獣人、精霊、ドラゴン。我々は、圧倒的に数で優っているではないか」
演説しながら、ノーリスは目が覚める様な感覚を味わっていた。この2年、国内を回り貴族達に協力を呼び掛けた。冒険者とも話をした。周辺国へも密書を送り、団結を呼びかけた。だが、まだ足りない。
それはそうだ。この世界は、人間だけのものではなかったのだ。
『聖女』の仲間を思い返して、改めてノーリスは『聖女』に敬意を抱く。
「種の垣根を超え、手を取り合おうではないか! 我々には、我々の戦い方があることを『魔王』に教えてやる!」
頼もしい王の宣言に、仲間達は見つめ合い、深く頷いた。
その顔には希望が戻っていた。
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今回は、ユーティスパパに焦点を当ててみました。
リーンの実験内容についてはまたいつの日か(笑)
グランさんの尋問風景も気になります。……チュール攻めだったらどうしよう。




