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6. 拷問とドラゴン

 外ではまだ、梟が鳴いている。

 明けやらぬ静かな王都の一角にある、ベーカリー『ジムの家』に男達の悲鳴が響いた。


「さあ、大人しく口を割れば、楽にしてあげるわ」

 女、というにはかなり若い、仮面をつけた少女が一人、後ろ手に縛られ椅子に座った二人の男を前に鞭を握っている。よく見ると細長い布を巻きつけただけの魔法杖なのだが、そこを追求してはいけない。

「ぐあああああ! 止めてくれえええ!」

 パン屋のジムが、苦悶の表情を浮かべている。

「しっかりしろ、白ブタ! くっ、卑怯だぞ!」

 トーマスがガタガタと椅子を揺らし抵抗する。二人は裸足だった。トーマスは膝の上までズボンを捲り上げられ、フサフサのすね毛が丸見えになっている。ジムはツルツルだ。

「あら、まだ抵抗する気かい? いけない子だね」

 少女は鞭を小脇に抱えると、パンッと手を叩いた。鞭は使わんのかい、とトーマスは思ったが大人なので突っ込まない。

「お前達! やっておしまい!」

 少女の呼びかけに、二匹の魔物が二人に襲い掛かった!

「にゃー」

「みゃー」

「くわあああああ! 止めろ、止めてくれえええええ!」

「やめ、やめ、やめてくれえっへっへっへ!!」

 魔物達はペロペロと囚われの男達の足の裏を舐めまくった。

 『チュール』という毛の長いマンチカンに似た魔物は、短い脚で上手に男の足にしがみつき、小さな舌で執拗に攻撃を仕掛けてくる。惨い。何という凶悪な生き物だろうか。

「卑怯だぞ! 可愛くて蹴れなっひゃっはっは! やばい! ちびる!」

 トーマスは死にそうだ。暴れすぎて、腕を縛っていたリボンが外れるが、落ちないように結び直すのがやっとだ。

「大人しく、協力者の名を言えば止めてあげるわ。坊やたち!」

 協力者、とは『S会』と共にバームクーヘンを開発した謎の人物のことである。サラはノルンでの謹慎が解けたら真っ先にその人物を探そうと決めていた。それで、この拷問である。

「ひゃひゃひゃ。ば、馬鹿いうな! 俺達を甘く見てもらっちゃ困るぜ!」

「涙目のくせに」

「うるせーよ!」

「そうだよ! いくらサラ様にでも、仲間は売れない!」

 トーマスとジムは思ったより口が堅かった。仮面の少女、サラはニヤリと笑った。

「いでよ、チュール三号」

「なっ!? もう一匹いるだと……!?」

「くそっ! いっそ、殺せ! だいたい、俺達にあの方を紹介したのは黒リューだ! 拷問なら、黒リューにしてくれ!」

 『仲間は売れない』と言った口で、さっそくジムはリュークを売り飛ばした。サラは、ふうっ、とため息をついた。

「……既に、やったわ……」

「「やったんかい!」」

 トーマスとジムは仲良く突っ込んだ。


 実際、王都に戻ってきた際、いの一番にサラは武器屋へ向かった。2年ぶりの再会に満面の笑みを浮かべて両手を広げるリュークをタックルして押し倒すと、椅子に座らせブーツを剥ぎ取った。目を丸くして頭上に「?」を浮かべるリュークに、サラは非情にもチュール五体をけしかけた。リュークは悶絶した。しかし、この拷問はリュークには逆効果だった。「おおおおおおぅ」と、小さい生き物が大好きなリュークは、目を輝かせてチュール達と転げまわった。ドラゴンの彼が、小さいモフモフにペロペロされることなど未だかつてないことだったのだ。その様子に、サラはこの上なく非情な一言を放った。

「……言わないと、止めるわよ?」

「うわあああああ! 止めるのを、止めろおおおおおおお!!」

 リュークは泣いた。さすがのサラもそれ以上は可哀そうになり、二体を残してあとは還した。

 ……リュークの名誉のために、ジムたちには内緒にしておこう。


「彼は、吐かなかったわ……最後まで」

「「最後まで……」」

 ゴクリと男達は唾を飲み込んだ。

「さあ、お前達も早く楽におなり!」

「「ひいいいいいいっ!!」」

 二人が悲鳴を上げたその時。

「あんた達うっさいよ!! いつまで仕事さぼってんの!?」

 バンッとドアを蹴り倒して現れたジムのおかみさんに怒られた。

「「「すみませんでした!」」」

 三人と三匹は勢いよく土下座した。


 結局、協力者のことは何も分からなかった。心残りではあるが、「まあ、いいか」とサラは思っている。何となくではあるが、実は目星がついているのだ。本人に確認して今の関係が壊れてしまうのが恐かった。ジム達の口が堅くて、実はホッとしている。()()()いつか、ちゃんと教えてくれるだろう。だから、今はこれ以上の詮索は止めよう、とサラは決心した。


 そのことよりも、サラには今、気がかりなことがあった。


 勇者と魔族のことである。


 ゲームでも、カイトと出会うのは12歳の夜会だ。そこは同じだった。しかし、シチュエーションが全く違っていた。カイトが本格的に勇者の力に目覚めるのは、学園に通い始めた後だったはずだ。子供の時から桁違いの強さだった、という設定はあった。しかし、低位とはいえ、魔族を一撃で葬った実力はこの時代のカイトではありえないことだった。


 そして、三体の魔族。


 何故、魔族が現れたのだろう。ゲームでは、ハノス王国が差し向けた暗殺者はロイを含めた五人のみだったはずだ。しかも、ロイが唯一の『半魔』という設定で、他の四人は暗殺者としての教育を受けただけの人間だったはずだ。


 何もかもが、違い過ぎる。


 サラは背筋がぞっとするのを感じた。

 これも、サラが動いた結果なのだろうか。「いい風に変わったことも沢山ある」と、パルマが言ってくれた。本当にそうだろうか。今はまだ表に出ていないだけで、悪い結果をもたらすことの方が、ずっと、ずっと多いのではないだろうか。

 サラは、足を止めた。両腕で、ぎゅっと自分自身を抱きしめた。震えが止まらない。

 『ジムの家』から、このままシェード家へ帰るつもりだった。だが、恐ろしい考えが頭から離れない。怖い。

(私は、このまま生きていて大丈夫なの……?)

「サラ」

 はっと、サラは顔を上げた。いつの間にか、道端にしゃがみ込んでいた。

「サラ。帰ろう」

 リュークだった。リュークはサラを抱え上げた。

「リューク……!」

 サラはリュークの首にしがみついた。

「リューク! 私、怖い。私の知らないことが、沢山起こってるの。私、きっと、自分が思ってたよりも世界を変えてしまったんだ」

 サラはガタガタと震えている。リュークは、2年前よりも大きくなったサラの背中をぽんぽんとあやす様に叩いた。

「大丈夫だ。これから先、何が起こるかなんて誰も知らないことだ。サラだけが恐がる必要はない」

 リュークは、サラをぎゅっと抱きしめた。リュークにも、この間の魔族襲来の異常さは理解できていた。魔王が完全に目覚めていない内から、既に魔族が統率のとれた動きをしている。リュークの長い人生の中でも、初めてのことだった。そしてそれはおそらく、『聖女』の目覚めが関係している。この子の生きる道は、確約されたいばらの道だ。

「大丈夫だ。俺達がついてる」

 リュークの温もりが、サラの胸に伝わる。サラはリュークに回した腕に力を入れた。

(そうだ、弱気になってる場合じゃない。私には、ゲームではいなかった仲間が沢山いる!)

「リューク」

「何だ?」

「助けて……!」

「……もちろんだ……!」


 リュークの胸は静かに燃えていた。


ブックマーク、評価、感想、誤字報告いつもありがとうございます!


久々の『S会』メンバーとのお遊び(?)でした。

マンチカンは、足の短い猫ちゃんです。

サラはいつの間にかテイムの練習をしていたようです。チュール、私も欲しい! 

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