5. カイト
サラの誕生と時を同じくして、サイオン侯爵家に一人の赤子が産声を上げた。
カイトである。
カイトの母はサイオン侯爵当主・ラウルの実の妹だが、父親は不明であった。ラウルは溺愛する妹の子が許せなかった。レダコート国が建つ遥か昔からこの地を治める、由緒あるサイオン家の姫が、父の分からぬ子を産むなどもっての他だった。妹は泣いて命乞いをしてきたが、ラウルは生まれた子を殺すと決めていた。
せめて、妹に子供への情が湧く前に死なせてやろうと、ラウルは剣を握ったまま妹の出産に立ち会った。朝から始まった陣痛は夜まで続いた。妹は「出てきちゃだめ! 出てきちゃだめ!」と叫んでいたが、繰り返す陣痛に耐えきれず、ついに赤子を産み落とした。
その赤子を見て、誰もが息を飲んだ。
赤子は、体の内側から光り輝いていたのだ。
血と、羊水の匂いのする暗い小部屋で、光る赤子は産声を上げた。
「……勇者……?」
ぽつり、とラウルは呟いた。
レダコート国の初代国王は、勇者だった。彼は光に包まれて生まれたという。
産婆が丁寧に臍の緒を処理し、赤子をぬるま湯で洗った。
「男の子でございます」
「お、おお……」
気を失っている妹の代わりに、産婆は赤子をラウルに差し出した。
(父親の分からぬ子など、我がサイオン家には要らぬ。……だが、勇者ならば……)
ラウルは剣を捨てた。
赤子を受け取ると、しわくちゃの顔に呼びかけた。
「お前を生かしてやる。勇者よ。サイオン家に光をもたらせ」
こうしてカイトは生まれ、ラウルの養子となった。
カイトには、二人の兄と、三人の姉がいた。
何れも正妻の子供達であったが、カイトが物心がついた時には、二人の兄は不慮の事故と流行り病で亡くなっていた。カイトは養子にも関わらず、正式にサイオン家の跡取りとなった。養子とは言え、カイトの母はサイオン家の直系である。血筋的に問題がない以上、反対する者はいなかった。唯一、弟達の死に疑問を唱え、反対した一番上の姉は嫁ぎ先で不慮の事故に会い亡くなったそうだ。カイトがまだ7歳の時だ。
真実など、カイトは何も知らない。
成長するにつれ、カイトは光を放つことは無くなったが、魔術を使う時だけは全身が光に包まれた。魔術の家庭教師が、カイトには光の精霊の加護があるのだろう、とラウルに言った。勇者とは、魔王を倒す者。魔王は、闇の眷属。光の精霊に選ばれたカイトは、まさしく勇者で間違いあるまい、とラウルは笑いが止まらなかった。
大貴族サイオン侯爵家の跡取りとして、また、勇者として何不自由無く育てられたカイトは、実に伸び伸びと育った。剣術は独学だが、5歳の時にはサイオン家の騎士達では相手が出来なくなっていた。身体能力が、明らかに人間とは異なっていた。玩具の剣でワイバーンを狩ってきた時、カイトは『人間』ではなく『勇者という生き物』なのだと、ラウルは理解した。
ラウルは、護衛と監視を兼ねアラミスという女をカイトに与えた。アラミスは王家の『梟』やシェード家の『鬼』と同様に、サイオン家に尽くす『白蛇』と呼ばれる隠密集団の次期頭領候補であった。『白蛇』の頭領は、代々体内に蛇の魔物を宿すテイマーが務めている。蛇の様にしなやかで強靭な筋肉は、人間の限界を超えた動きを可能にしていた。
数人いた頭領候補の中で、唯一カイトの剣の相手を務めることが出来たのが、アラミスだった。
アラミスは騎士としてカイトに仕えることを選んだ。
それは、ラウルの思惑でもあった。
将来、王となった後もカイトの側に居られるように。
カイトは、何も知らない。
「ねえ、アラミス!」
「何ですか? カイト様」
王都にあるサイオン家の別邸で、カイトはにこやかにアラミスに話しかけた。
「この間の魔族、大したこと無かったね!」
「……そうですね」
ユーティスの誕生祭から、1週間が過ぎていた。
カイトは来週からの学園生活に向け、故郷から離れて王都での生活を始めていた。
「魔族って、初めてだったから期待してたのに、つまんないや」
「そうですね。でも、低位の魔族でしたので、ワイバーンと級は変わらないようです。中位や高位の魔族は、もっと手ごたえがあるはずですよ」
「そうなんだ? じゃあ、早く高位の魔族倒しに行こうよ!」
「……そうですね」
にっこりと微笑みながら、アラミスは常に恐怖と戦っている。
(自分の前に居るのは、化け物だ)
「わーい! 楽しみだな。あ、この間の女の子にも会えるかな? 可愛かったなあ」
無邪気に笑うこの存在が恐ろしい。
アラミスは、この間の魔族の襲撃が、カイトが誰かが張っていた結界を破ったせいだと気付いていた。無邪気に、悪びれもせず、窓を開ける様な気軽さで結界を壊し、多くの命を危険に晒した。いつかきっと、もっと大きな災いをもたらすだろう。
(勇者という名の、魔族め……!)
「そうですね。また会えるといいですね」
アラミスは、母親の様な笑顔を作った。
「うん!」
カイトは嬉しそうに笑い返した。
カイトは、何も知らない。
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気が付けば、70話を超えていました!
今回はカイト君のお話でした。
勇者はやっぱりチートでなくちゃ、と思ったら可哀そうな子になってしまいました。
がんばれ、カイト! がんばれ、アラミス!




